第23話 レイチェルの部屋

「そういえば、レイチェル、っていうのは正体を隠す為の名前だった、ってことだよね?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、これからはレリアーナと呼んだ方が良いよね?」


 俺の言葉にレイチェルは少し悩んでから、

「アレックスはどっちで呼びたい?」

と質問を返して来た。


「どっちでもいいのかい?」


「うん、アレックスの呼びたい方で良いよ」


「俺は…………レイチェルって呼びたいかな。今までの呼び方を変えるのは違和感があるし、レリアーナって名前はいかにも王族みたいで呼ぶのが恐れ多いっていうか……その……」


 俺が申し訳なさそうに言うとレイチェルは笑った。


「うん、良いよ。実を言うと今からアレックスにレリアーナって呼ばれる方が違和感があるかな、って思っていたの。安心して、レイチェルも私の立派な名前だから」


「ありがとう……レイチェル」


「お礼を言われるようなことなんてないよ。…………さてと今日はもう寝ようかな」


 レイチェルは欠伸をした。


「えっ、ここで寝るのかい?」


「そうだよ」


「でも、万が一、手が離れたら……」


 今までは繋いだ手が離れた時のことを考えて、人のいない場所で野宿をしていた。


「あっ、それは大丈夫。街でこれを買ったの」


 レイチェルは何かの魔法薬を取り出した。

 そういえば、街をぶらついていた時に何かを買っていたっけ。


「これをお互いの手に塗って、手を繋いだら、十二時間は何があっても離れないよ。紐とかタオルで縛るよりも負担が少ないし、安全でしょ」


 センドの街にはそんなものまであるのか。


「じゃあ、それを塗って、今日は寝ようか。でも、寝れるかな。こんな豪華なベッドでさ。それに明日、君のお父様に謁見するって思うと緊張する」


「そんなに気負いしなくて大丈夫だよ。周りの人たちから、お父様は親しみやすいって言われているから」


「そう言われてね……」


 やっぱり緊張はしてしまう。


「魔法薬はもう塗っちゃっていいかな?」


「うん、お願いするよ」


 しかし、問題が発生した。


 魔法薬の蓋が上手く開かない。


 俺とレイチェルはお互いに自由になっている手で、協力して蓋を開けようと努力する。


「外れた。…………!」


 レイチェルが蓋を落として、転がり、ベッドの下へ入ってしまう。


「俺が取るよ」と言い、ベッドの下へ手を伸ばした。


「うん、お願い…………あっ!」 


 レイチェルは何かを思い出し、「ちょっと待って!」と言って、いきなり俺の手を引っ張った。


「お、おい!?」


 その時、俺は咄嗟に何を掴んだ。


 それをベッドの下から引き抜く。

 それは蓋じゃない。

 本だった。


「…………」

「…………」


 それを見て俺たちは硬直する。


 方や、見られたくないモノを見られてしまい、方や、その本の衝撃的なタイトルに唖然としてだ。


「『女勇者、囚われ、快楽拷問の末、堕ちる』…………。えっと…………女勇者様、このような願望があるのですか?」


「名前で呼んで! 敬語はやめて! 距離を取らないで!」


 レイチェルは顔を真っ赤にしながら、訴える。


「んっ?」


 なんかもう一冊、見えるな。


「待って、アレックス!」


 レイチェルの制止を無視して、本を手に取った。


「『亡国の姫、侵略者に調教されて快楽堕ちする』。…………あの、姫様?」


「姫様は本当にやめて! 怒るよ!」


「いやさ、君が官能小説を読んでいるのは分かっていたけど、こういうジャンルが好きだったとはね」


「違うから! 私自身にこんな願望があるわけじゃないから! ちょっとタイトルで気になって買っただけなの!」


 レイチェルは順調に墓穴を掘る。


「なるほど、『このタイトルが気になった』というレイチェルの趣味についてちょっと話し合おうか?」


「うっ…………! 嵌められた!」


 別に俺は嵌めてない。

 いつものようにレイチェルが自爆しただけだ。


「こういう展開の小説を読みたいと思った、と?」


「やめて! ここぞとばかりに責めないで! 私が王族だって知って、少し緊張していたアレックスはどこに行ったの!?」


「こんな衝撃的なタイトルの小説を見たら、やっぱり君は君なんだって、思って緊張は無くなったよ。なんだか、明日の謁見も何とかなる気がしてきたし、今日は良く寝れそうだ。ありがとう、レイチェル」


「うぅぅ……そんな感謝、全然嬉しくない……」


 レイチェルは少し涙目になる。

 彼女のおかげ? でどうやら俺はこれからもレイチェルに対して、今まで通りの接し方が出来そうだ。


「と、とにかく、その二冊はベッドの下にしまっておいて!」


 レイチェルは言いながら、本を奪ってベッドの下へ投げ込んだ。


 そんな雑な収納をしていたから、こんな恥ずかしい目に遭ったんじゃないだろうか?


 その後、レイチェルはベッドの下から魔法薬の蓋を見つける。


「魔法薬を塗って、今日はもう寝るよ!」


 俺にこれ以上、攻められたくないようだった。


 魔法薬を塗ると本当に手が離れなくなる。

 それに紐とかで縛った時の圧迫感がないから、快適だ。


 ベッドはふかふかだし、今日は良く寝れそうだ。


「…………レイチェル、今日は川が近くにないから、しない方が良いよ」


「私だって、ちゃんと…………す、少しは我慢を出来るよ!」


 一文の中で意志の弱さが伺えるなぁ。


 その後、少し雑談をして、いつの間に寝ていた。

 

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