第10話 フォレッドの街

「アレックス、トイレ」


「…………分かったよ」


 レイチェルは最初、あんなに騒いでいたが、四日目にはもう淡々としていた。

 人間は慣れるものらしく、順応していく。


 それはお互いのようで俺もレイチェルに対して、過度な気を使うことは無くなる。


 信用してくれているのか、トイレなどの時も目隠しを強制されることは無くなり、俺は目を瞑るだけになっていた。


 でもさ…………


「おい、レイチェル! 音の遮断はどうした!?」


「えっ? あっ、ごめん、忘れてた」


 レイチェルは少しめんどくさそうに音の遮断魔法を発動する。



「俺たちは異性なんだから、きちんと壁は作るべきだ」


 レイチェルがいい加減になってきたので、トイレが終わった後に忠告する。


「ずっと手を握っていたら、壁も何もないよ。何なら体を洗う時、お互いの足とかに触れて交互に洗うのを、めんどくさいなぁ、と思い始めているよ」


 思い始めないでくれ。


「思ったんだけどね。この状況って、小説の導入部分っぽいんだよね。魔法で手がくっついちゃった二人がね…………」


 レイチェルは楽しそうに好きな官能小説の話を始めた。


 まったく森で自決未遂をして、首から血を流しながら、泣いていた可憐な美少女はどこへ行ってしまったのか。


「さて、明日には街へ到着するな」


 適当にレイチェルの話に付き合ってから、俺は明日のことを話し始めた。


 必要な物をお互いに考える。


 移動の為の馬は絶対に必要だ。


 それに服も買いたい。

 俺は軍服、レイチェルは高価そうな防具を着ていて、お互いに目立つのでどうにかしたい。


 後は食料だな。

 レイチェルは結構、食べるみたいだから多めに買っておこう。


「さて、とりあえず、今日は寝ようか」


 初日は二人でかなり悪戦苦闘しながら、お互いの手をタオルで縛っていたがもう手慣れている。

 お互いの手を奇麗に縛って、就寝した。


 そして、次の日、俺たちはフォレッドの街へ到着する。




「こ、これにするのかい?」


「うん。駄目?」


 俺が困惑するとレイチェルは不安そうに言った。


「駄目じゃないけど、露出が多くないか?」


 現在、俺たちはフォレッドの街の服屋にいる。

 そして、レイチェルの服を選んでいるのだが、彼女が提案してきたのは太腿から下が露出する短パンと腹部が見えるくらいの丈しか上着だった。


「あっ、別にこういう服が好きなわけじゃないよ」


 少し焦りながら、レイチェルは言う。


「数日、この状態で過ごしていて、こういう服の方が良いと思ったの」


 俺はなるほど、と納得した。

 今のレイチェルに触れようとすると手か、顔か、首くらいしかない。

 不便に感じることがあるのは事実だ。


「こういう服の方がアレックスが私に触りやすいでしょ」


 うん、実に合理的だ。

 だが、その言い方はやめてくれ!


「お母さん、なんであのお姉ちゃんはお兄ちゃんに触って欲しいの」と子供が言う。

「まだ分からなくて良いのよ。あれくらいの年の子は人目を気にせず、イチャイチャしちゃうの」とその母親が言う。


 その会話が聞こえた俺とレイチェルは顔を真っ赤にした。


 そして、なぜかレイチェルが俺を睨んだ。


 これは君のせいだろ、と念じながら、俺も睨み返す。


「お客様、宜しければ、試着しますか?」と活発そうな女性の店員さんが声をかけて来てくれた。


 確かに着なければ、正確な大きさが分からないだろうが俺たちには問題がある。


「すいません。実は俺たち、魔法のちょっとしたミスで手が離れなくなってしまったんです」


 これは半分嘘ではない。

 街へ入る前、レイチェルに頼んで『接着魔法』をお互いの握っている手にかけた。

 万が一、こんな街中でレイチェルと手を放してしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。


 改めて思うが、この手は絶対に離すわけにはいかないのだ。


「あら、問題ありませんよ。恋人同士なら一つの更衣室に入ってもらって大丈夫です」


 恋人って、とんでもない誤解をされている。


「あっ、でも試着以外のことはご遠慮ください。それ以外のことは家へ帰ってからにしてください」


 店員さんはニヤニヤとしている。

 駄目だ、この人、完全に楽しんでいる。


「お母さん、試着室で服を着る以外にやることってあるの?」と先ほどの子供。

「若いとね、どこでも関係なく、燃えるものなのよ。懐かしいわ」と先ほどの母親。


 聞こえているからな!

 それにそちらのお母さん、もしかして、若い頃の実体験ですか?


「アレックス、どうする?」


 レイチェルが少し恥ずかしそうに聞いてきた。


「レ…………リサが良いなら、試着に付き合うよ」


 ちなみにレイチェルはこの街で偽名を名乗っている。

 容姿を変えているので気付く人はいないと思うが、レイチェルと名乗らない方が良いだろう。


「じゃあ、お願いします」とレイチェルが言うと店員さんが試着室に案内してくれた。


「くれぐれも試着以外のことはしないでくださいね。カーテンしかないので聞こえますよ」


 そんなに念を押さなくても大丈夫だから!


 というか、店員さんちょっと笑ってますよね?

 むしろ、何かあることを期待していますか?


 でも、ここで何かを言い返しても目立つだけだし、やめておこう。


 俺とレイチェルは試着室の中へ入った。

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