第6話
「それでは、今回撮影する動画の概要を確認しますね」
水島がメガネを直しながら言うと、カレンが
「むー。なんで動画なの? 配信でいいじゃん」
「カレンさんがハルジオンさんに対して、配信に乗せられないようなことをしたときに、カットするためですよ」
そもそも、配信に乗せられないようなことをさせないで欲しい。
ハルジオンはそう思うが、話が先に進んでいく。
「それに今回は企画的に配信には向いていませんからね」
「たしか、防具のレビュー動画で良かったですよね?」
ダンジョン配信者だからと言って、全員が常にモンスターを倒してダンジョンを探索しているわけではない。
探索者向けの武器、防具、アイテムなどを紹介するレビュー系。
『スライムに洗剤をかけてみたら驚きの結果に!?』みたいな検証系。
ひたすらモンスターやダンジョンごとの特徴を説明する解説系。
など、さまざまなダンジョン関連の動画が生まれている
そして今回行うのはレビュー系。
探索者が着る防具の紹介だ。
探索者が着ている防具は見た目こそ普通の服と変わりないものも多いが、性能は全く異なっている。
ダンジョンのモンスターを倒すと落ちる魔石。
この魔石を利用した技術である、魔工学によって作られている。
服の繊維には細かく砕いた魔石が混ぜ込まれている。この魔石が特殊な魔石に反応して、強度を上げたり、温度調節機能が働いたりと、様々な機能を発揮する。
「あまり防具については詳しくないですけど、今日のために勉強してきたので大丈夫です」
昔は、防具は機能重視で見た目はあまり気にされていなかったらしい。
しかし近年では、ダンジョンで配信などの撮影を行う人が増えたため、見た目も重要視されるようになった。
と、ハルジオンは昨日の夜、ネット百科事典で見た。
「ごめんねハルちゃん。そういう名目の、ただのコスプレ動画なんだ」
「えー……」
そんなわけで、ただのコスプレ動画の撮影が始まった。
〇
これは投稿された動画と、公開直後のリアルタイムチャットの様子である。
パステル色が目立つ部屋。その真ん中に設置されたもこもことした白いソファーにカレンが座っている。
「やっほー。勇者系探索者のカレンだよー」
『キター-!』『舞ってた』『今日も楽しみです!』
「今回は防具レビュー! と言う名のコスプレ動画だよ。ただし、一人でやってもつまらないので、今回はお友達を呼んでみたよ」
『友達?』『ラブリスのだれかか?』
画面の端から緊張した様子で、一人の少女が入ってくる。
ハルジオンだ。
『誰?』『知らない人だ……』『あ、見たことあるかも』
「ほら、ハルちゃん。いつもの挨拶やって」
「お、おはるじおーん。魔法少女系探索者のハルジオンです」
「ハルちゃんは一年くらい前に、私を助けてくれた人なんだよ」
『あー、いつも言ってるやつか』『実在したのか……』『何の話?』
『カレンがデビュー前に、モンスターに襲われて死にかけてたところを助けてもらってた。その相手がハルジオンさんらしい』
『助けた人ですよってなりすましメッセ送ったら速攻でバレてブロックされたわ』
「ずーっと探してたんだけど、なんと一か月くらい前からハルちゃんが配信を始めてくれて見つけられたんだ。それで我慢できなくて、今回は呼んじゃった」
「よ、呼ばれちゃいました」
ハルジオンの緊張した様子を見て、カレンは突然抱き着く。
「もー、ハルちゃん。緊張しすぎだよ?」
そう言って、カレンはハルジオンの服の中に手を突っ込む。
そしてわさわさと、撫でまわし始めた。
「え、ちょっと、そんなとこ触ろうとしないで!?」
「じゃあ、とりあえず敬語を使わないように気を付けてみようか」
「分かった、分かったから止めて!?」
『あら~』『てぇてぇ?』
そう叫ぶハルジオンだが、カレンは止まらない。
むしろ暴走していく。
「ふふふ、慌てるハルちゃんも可愛いね。もっと可愛いところ見せてくれないかな」
そう言って、わさわさと動く手が胸元へと伸びたところで――カット編集です。
少々お待ちください。
『あれ、編集ミスってますよ?』『運営、無能』『完全版はいつ出ますか?』『ラブリスのファン辞めます』『低評価不可避』
画面が切り替わると、二人はおとなしくソファーに座っていた。
ハルジオンは赤くなって縮こまるように、カレンはにこにことしている。心なしか肌にツヤがある。
『ガチっぽい雰囲気で草』『マジで未カット版出してくれ』
「さて、話は戻って今回の企画は防具レビュー。ただし、普通に紹介してもつまらないので、今回は一人三着防具を選んで、お互いに着てもらいます」
『お互いの防具を選ぶわけか』『めっちゃきわどいの選んで欲しい』『ハルちゃんは普通に可愛いの選びそう』『カレンは何選ぶか分からんな』『カレンが選んだ、変なのをハルちゃんが着るのか……』『これ、ハルちゃん被害者なのでは?』
「ハルちゃん、分かった?」
「あ、うん。ボクは防具を三着選べば良いんだよね?」
『ボクっ娘?』『ボクっ娘は良いぞ』『素でボクって言ってそう。推せる……ッ!』
「それじゃあ、防具選びに行ってみよう!」
カット編集が入る。
画面には誰もいない。
「それじゃあ、まずは私のほうから出るよ!」
画面にカレンが入ってくる。
ミニの浴衣姿だ。
長い袖をふりふりと揺らしながら、はしゃいでいる。
「じゃーん! なかなか似合ってるんじゃない?」
『かわいい!』『いつもと違う感じでイイね!』
「ハルちゃん、浴衣好きなの?」
「あ、うん。母がいつも着物を着てる人だったから。なんとなく安心感があって」
『いつも着物?』『もしかして、ハルちゃんって良いとこのお嬢さんなのでは?』『そう考えると姿勢とかもピシッとしてるような』
「けっこう動きやすいし、性能も良いみたいだから。次の探索で着てみようかなー」
カット編集。
「それじゃあ、次はボクが出るね」
ハルジオンが出てくる。その恰好はスカートの丈が短めのシスター服だ。
『よかった、普通だ』『さすがに恩人に変な服は着せないか』
「かわいいー-!! シスターさん、ちょっと懺悔室に行こうか。私のイケない懺悔を――」
カット編集です。
『草』『なにを着てもらっても暴走するのでは?』『カレンちゃんマジで飛ばしてるなwww』『まぁ、ずっと言ってた恩人に会えたからな』
二人は何事もなかったように向かい合っている。
ハルジオンが口を開いた。
「これ、回復魔法を高める魔石が多くついてるんだね。回復に専念するときは着てもいいかな」
すると、カレンが自慢するように言う。
「ふふん、ハルちゃんは回復魔法だけじゃなくて、全属性の魔法が使えるんだよね?」
「うん? そうだよ。全属性使える」
『全属性!?』『全属性使いとか数えるほどしかいないはずだぞ!?』『マジでどこに隠れてたんだ!?』
そして防具紹介は続いていく。
二着目はカレンが正統派な女騎士風の服。ハルジオンが少しきわどい暗殺者風の服を着た。
そして三着目は一人ずつ着ることになったのだが……
「ちょっと、ハルちゃんどういうこと!?」
画面内に残されたハルジオンがびくりと震える。
『なんだ?』『え、ハルちゃんがやらかすの?』
画面外からゴスン、ゴスンと重い何かが落ちる音が聞こえる。
「なんでこんな防具選んだの!?」
出てきたのは鉄の塊。
甲冑風のパワードスーツに身を包んだカレンだった。
『えー……?』『路線変わりすぎだろwww』『あれ、これお互いに着て欲しい可愛い服を選ぶ企画じゃなかった?』『いや、三つ防具を選んで、お互いに着るとしか言ってなかったはず』
「うわー! かっこいい!」
ハルジオンはカレンに近寄ると、パワードスーツの表面をなでた。
体中に走る青白い線が最高にかっこいい。
「前からこのタイプの防具が気になってたんだよね! でも高いから見に行くだけでも緊張しちゃって。こんな近くで見れて嬉しいよ!」
『分かる』『かっこいいよね』『マジでビルが買えるレベルの値段だからな』『スタッフ、良くこんなの準備できたな』『でも女の子に着せるものではないだろwww』
「ぐうう、喜んでくれてるのは嬉しいけど、今日一番の喜びがこれなのはスゴイ複雑……!」
そして最後。ハルジオンが着替える番になったのだが……
「いや、カレンちゃんこそ、なんてもの選んだの!?」
「あ! ハルちゃん着替えてないじゃん! ズルいよ!」
「こんなの着れるわけないだろ!?」
そう言ってハルジオンは手を出す。
その手にはひもが握られていた。正確に言うと、ごく小さい面積の水着。
『それ防具じゃないだろwww』『えっちな漫画でしか見たことないようなもので草』『これ、マジで防具なの?』『防具の定義は素材に魔石が含まれてるかどうか。だから防具と定義できなくもない』
「確かに、動画でハルちゃんの肌を晒すべきじゃないね」
「そうだよ! だからこれは無し」
「後で、二人っきりの時に着てくれればいいから」
「……え?」
『え?』『えー……?』『俺にも見せて』
エンディングの音楽が流れ始める。
「というわけで、今回はこの辺で! また次回も見てくださいね!」
「ちょっと、着ないからね!? あ、ちょっと引っ張らないで、どこに連れてこうとしてるの!?」
カレンがハルジオンの手を引いて、画面から出て行った。
『面白かった!』『さて、ハルちゃんの配信アーカイブ見てみるか』『ハルちゃんもラブリス入らんのかな』『これは期待の新人だった』
「最後まで見てくれてありがとう! 高評価、チャンネル登録、コメントなどよろしくね!」
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