モノトーンの日々に色が付くまで

鳴海真央

第1話

 俺の学園生活は二年目を迎えた。

 一年生の時は、慣れていないこともあり、退屈だとか閉塞感とかは一切感じなかった。

 だが、慣れてきたのもあるのか、退屈を感じるようになり、自分の学園生活がまるで『かごに閉じ込められた鳥のようだ』という考えに至ってしまう。

 このまま卒業して、高校生活をふと思い出した時、つまらなかったんだろうな、と思い返すようになるのだろうかと考えながら、一週間ほど経ったある日の昼休み。


館野浩平たてのこうへいって君?」

「そうだけど……。そういうあなたは?」

「私は、森崎美鈴もりさきみれいっていうの。よろしくね」


 森崎美鈴、と言ったクラスメートは、俺の前にお弁当箱と水筒を持って現れた。

 肩まで切りそろえた短めの、淡い色合いの茶色の髪に、少しタレ目の茶色い瞳をしている。

 鈴谷学園すずやがくえんの女子制服を着ていて、胸部は少し膨らんでいるように見えることから、それなりに胸部質量おっぱいもあるようだ。


「どうして、森崎さんは俺に話しかけてきたんだい?」

「そうね……。興味がある、って言ったら、納得してくれるかな」

「……それで、俺を知りたいということか……」

「そういうこと。お弁当とお茶を持って、屋上に行こうよ」

「屋上?」


 森崎さんの言葉を反復するように言う俺。


「……実はさ、屋上でお弁当を食べたいな、って思ったんだけど、一人じゃあ、なんか疎外感を感じちゃってさ」

「それで俺を誘ったってわけか」

「ご明察。……ごめんね」

「いや、別に俺でよければいくらでも」


 実は、森崎さんは屋上でお弁当を食べようと思ったけど、男女で食べている、というのがあるからか、女一人ではその場の雰囲気に呑まれてしまう、みたいなのがあると思ったからだろうか。

 今日は晴れているし良いかと思い、俺は彼女と共に屋上に向かった。


「やっぱり、というか、なんというか……」


 思っていたとおりの光景が、屋上にはあった。

 男女のペアが、お弁当を食べている。

 ……確かにこの様子では、一人でお弁当を食べようとすると、なんとなく疎外感というのか、そういうのを感じてしまいそうになるな。

 森崎さんと俺は、空いているベンチに腰掛けて、お弁当を食べることにした。


「こうやってお弁当を食べていれば、私達も同じように見えるでしょ?」

「そうかもしれない」


 実際は、森崎さんに誘われている、というのがあるのだがな……。

 別にそれでもいい。彼女が誘ってくれなかったら、一人で食堂に行ってお弁当を食べていただろうから。

 お弁当を食べ終わり、水筒に入っているお茶で一服していると。


「これからも、こうやって誘ってもいいかな」

「一緒にお弁当を食べよう、っていうこと?」


 森崎さんは俺の言葉に首を縦に振って答える。


「森崎さんがいい、というのなら、俺は構わないよ」

「ありがとう。……先に教室に戻っているけど、いいかな」

「あぁ。俺も予鈴のチャイムが鳴るまでには戻るよ」


 俺が言ったあと、森崎さんは立ち上がって、出入り口に向かっていった。

 彼女が屋上を出たあと、俺はぼんやりと頭上の青空に目を向ける。

 快晴、というのは、今みたいな空のことを言うんだろうな、と思いながら。

 少しは気を紛らわすことはできたかもしれないけど、凝り固まってしまった思考を解すには至らない。


(今年も、と形容すべきか、今年こそは、と形容すべきか。……どうなることやら)


 俺はそんなことを思いながら、ベンチから立ち上がり、教室に戻っていった。


 △▼△▼△▼


 授業が終わり、家に戻ると、姉の美咲みさきが洗濯物を折りたたんでいた。


「あ。おかえり、浩平」

「うん、ただいま」


 館野美咲。鈴谷学園傘下の大学に通う俺の姉。

 大学から帰ってくると、共働きの両親に変わって、昼間の家事をしてくれている。

 昼までに帰ってこれなかったら、俺が洗濯物の折りたたみなんかの家事をすることになっているのだが、今日は姉がしてくれるようだ。


「普段着に着替えたら、お夕飯の買い出しに行ってきてくれる? 今日、お母さん達、帰りが遅くなるかもって、『Linieリーニエ』で言ってたから」

「あい、了解」


 自分の部屋に入り、学生鞄を机の上に置いて、制服から普段着に着替え、ブレザーや制服ズボンをハンガーにかける。

 カッターシャツを洗濯ネットに入れて、ハンドタオルと一緒に洗濯機の中へ放り込んだ。

 そして、買い物メモと多めにお金を財布に入れて、近所のスーパーに買い物に出かける。


(おっ……)


 自分が好きなゲームのおまけ付きのお菓子が売っていたので、何個かそれをカゴに入れて精算しに行った。

 買い出しから家に戻って、お菓子の分だけ抜き出して、自分の部屋に置いておいた。

 こうして、俺の日常は過ぎていく。

 細々とした楽しい時間、というのはあるが、その時間は積み重なることはないから、結局は退屈な日々にしかならないのだ……。


 △▼△▼△▼


 森崎さんと初めて屋上でお弁当を食べてから二日後。

 先に屋上で待ってて、と彼女に言われたので、屋上で待つことにした俺。


「お待たせ」

「そんなに待ってないよ。……隣の女の子は?」

「私の友達の望月結花もちづきゆいか

「はじめまして。よろしくね、館野君」


 望月結花という女の子は、森崎さんよりはスタイルがいいらしく、胸部の膨らみがかなりわかりやすく見えた。

 森崎さんと比べたら若干ツリ目だが、きつい印象はない。キレイな茶色の瞳をして、肩まで伸ばした黒髪のセミロングをしている。


「あぁ、よろしく。望月さん」


 俺は森崎さんと望月さんに挟まれるような形でベンチに腰掛けることになってしまう。……これが両手に華ってヤツか。

 だが、これでは俺が邪魔になっているのでは……?

 そう思っていたが、森崎さんも望月さんも、むしろ俺を挟んでみたかったらしいことは、彼女達の表情でわかった。


「フフッ」

「んもう、美鈴ったら……」


 森崎さんに文句を言うのかと思ったら、それほど怒っていないらしい。


「――あれ?」

「どうしたんですか、森崎さん?」


 俺のお弁当箱を見た森崎さんがなにかに気がついたように、言葉を発した。


「館野君のお弁当って、誰に作ってもらってるの?」

「姉なんですけど……。それがなにか……」

「あぁ、お姉さんなんだ。……よくわかってるなぁって思って」


 どういう発言だよ。俺は思った。

 食にあまり関心がないせいで、食べれるもので、お腹を満たせればそれでいいと思っているからか、お弁当の中身を気にしたことはなかった。

 森崎さんに言われて、お弁当箱の中身に興味を持って見てみると、左側には白米。右側には揚げ物と野菜。

 おそらく、冷凍食品の惣菜だろう。それでも十分食べれるものであることには間違いない。


「どうよくわかってるなぁなのか、発言の意図が不明よ、美鈴」

「あぁ、ごめんごめん。館野君のお弁当の中身をよく見るんだけど、こう、バランスが取れているという感じがするのよね」

「えーと、主食と主菜のバランスがどうとかこうとか、っていうこと?」


 望月さんの言葉に肯定の意を示す森崎さん。


「その意図で言っているなら、そう言わないと、相手にうまく伝わらないわよ」

「あはは……」

「笑ってごまかそうとするんじゃあ、ないっ」


 森崎さんが見せた苦笑いの表情に、望月さんは濃い作風の漫画のキャラクターのような発言をする。


「………。森崎さんと望月さんが揃うと、こんなコントみたいなお喋りをしながら、なんですか?」


 気になったことを二人に俺。


「まあ……。そんな感じかな……」

「だいたい、美鈴がボケて私が突っ込む、感じになってるかもしれないわ」


 やっぱり、コントみたいなんだ。でも、これはこれでちょっと楽しいかも。

 ――こうして、森崎さんと望月さんと俺の楽しいお昼の時間は過ぎていく……。

 この日常が俺の、凝り固まった自縛の考えが解けていく、すべての始まりでもあった。


 △▼△▼△▼


 放課後、私は幼なじみの結花-ユイに呼ばれて、話をしていた。


「どうして私も巻き込んだの?」

「結花も私以外だとひとりで食べてることがあるでしょ? だったら、いいんじゃないかなってさ」

「相変わらず、おせっかいなのね、美鈴」


 ユイにどう言われようと、私はおせっかいを焼くことをやめない。やめるつもりもない。


「まあ、美鈴のおせっかいは今に始まったことじゃないからいいけど……」

「でしょ?」

「そこは肯定するのね……」


 言いながら、ユイはため息をつく。


「美鈴はそれでいいの? 他のクラスメイトと関わりを持たなくても」

「……いいの。どうせ、級友あいつらは異性と仲良くするほうが楽しいでしょうし。

 それに私はギラついている男の子より、斜に構えている、というのかしらね、男の子のほうが好きだから」


 冷めた表情になる私。

 今のクラスになって一週間ぐらいしか経ってないけど、漂う空気感……と形容したらいいのかしら。

 そういう雰囲気なのではと、私は感じ取っていた。


「そういう理由なんだ」

「そういう理由。館野君に話しかけた理由もそこにあるの。……ユイはどう思う?」

「館野君の話? それともさっき言った美鈴の態度について?」

「館野君の話」

「うん。悪くないと思うよ」

「じゃあ、毎日誘おうか、館野君を」


 ユイにそう提案すると、彼女は肯定してくれた。

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