第46話 ルーレンの……

 まず、ルーレンがいつ熟したメニセルを手に入れたのか?――それは、俺が初めて調理室に訪れた時だ。



 あの日、調理室には熟したメニセルが存在していた。

 料理長はルーレンを使い、それを捨てに行かせた。


 この時に、ルーレンは毒となったメニセルを手に入れた。

 この時点ではまだ使用方法を考えていなかったと思われる。

 しかし、このメニセルという毒は、一度熟してしまえば腐っても枯れて乾燥してもその毒性は消えない代物。

 保存にはもってこいの毒。

 そのため、手に入れた時に具体的な案はなくとも、ゆっくりと使用方法を考えられる。




――中庭にて・書類


 俺はルーレンに書類を預けて中庭を通るように指示するが、彼女はすぐに姿を現さなかった。

 俺はあの時、アズールに会うことを躊躇ちゅうちょしているのだろうと思っていたが、違った。

 おそらく、あの時書類を覗き見て、彼女は知ったのだろう。

 ザディラが循環取引を行っていることに。


 ルーレン自身の才もあるだろうが、彼女には事務経験がある。そのため、書類見て看破した。

 この時の様子を思い描き、俺は歯噛みを見せる。

 封筒にはわざと封をしていなかった。アズールが覗きやすくするために……それが裏目に出た。

 封をしていれば、ルーレンが覗き込むことはできなかった。



 だが、ルーレンは書類を見ることができた。

 これにより、彼女は俺の計画を感じ取る。

 俺はザディラに近づこうとしていた。つまり、彼を利用しようとしていることはルーレンにもわかっていた。

 

 そうだというのに、封筒の内容から読み取れるのは、利用する予定のザディラを罠に嵌める情報。


 しかし、そこから彼女は想像を広げ、俺がザディラを骨抜きにして都合の良い人形に仕立てあげようとしていると読んだ。

 こんな僅かな情報で俺の動きを見破るとは……ある程度情報を共有していたとはいえ、俺の想像以上にできる子だったようだ。


 そのできる子であるルーレンは俺の計画を利用し、アズール殺害までの計画を即座に組み立てる。

 彼女はこの書類を読んだアズールが、ザディラを失脚させるだろうと先読みをした。

 そして、堕ちたザディラのプライドと屈辱を利用して、アズールの殺害を彼の手によって行わせる計画を思いつき、その後、擁立相手を失ったガラン男爵に俺が近づくことまで読んでいる。

 


 書類を覗いたルーレンは素知らぬ顔でそれをアズールへ渡す。

 その後、茶器の後片付けの際にわざと落としてメイド長から怒りを買い、備品点検に参加する時間を減らしている。

 ミスの生まれやすい状況……そういった印象を産み出した。

 そして、わざとチェックミスを犯し、催事の日に椅子が足りない状況を産み出す。

 だが、これは全く意味のない行動のはず……。




――中庭にて・ゴミ捨て


 ルーレンはマギーとの約束の時間よりも早く調理室に訪れて、大量のメニセルについて料理長に指示を請う。

 粗大ゴミと一緒に捨てるとなり、彼女はゴミの準備を終えて外へ。

 しかし、ルーレンが意図した約束の時間よりも早く調理室へ向かってきているマギーの姿を目にして、急ぎ、残りのゴミを出して外へ出る。


 その際、料理長が中庭を通らないように注意をするが、それを聞くことなく扉を閉じた。

 これに加え、マギーと料理長が顔を合わせるのを避けた。

 これらは注意を受けていたという事実を避けるため。



 マギーと合流。

 マギーは中庭を通ることを提案。

 ルーレンは反対するもマギーに押される形で了承。


 これはマギーがそう言い出すことを見越しての計算。

 この計算も料理長から注意を受けていたら潰されるかもしれない。

 だからこそ、マギーと料理長が出会うことを避けて、注意を遮断した。

 これにより、ルーレンの意思ではなくマギーに促されて渋々中庭を通り、その先にいたザディラに見咎められたという事実を生んだ。



 ザディラはマギーとルーレンを見つける。

 ルーレンは怯え、何も言えない。

 代わりにマギーがメニセルの説明を行う。

 説明を聞いたザディラは、アズールにメニセルを大量摂取させて恥をかかせることを思いつく。


 怯えて何も言えないルーレン――これは言えなかったわけじゃない、言いたくなかったからだ。

 ザディラに情報を渡したのは自分ではなく、マギーとしたいがための演技。

 これらの流れは、自分の臭いを消して、メニセルとは一切関係ない立場とするため。




――催事・犯行当日


 メニセルを仕込みたいザディラの存在。それを行わせたいルーレン。

 まずはマギーを遠ざけようとルーレンは考える。

 用意していたはずの固形燃料。これを隠すなり持ち出さないなりをしたのはルーレン。

 それにより、マギーは場所を離れることに。


 そして、次は自分。

 ルーレンは猫を見かけて、その猫が茶器を壊すかもしれないと考えて追い払うことに。

 その隙を狙ってザディラがお茶に大量のメニエルを仕込む。


 だが……この猫の存在はルーレン以外誰も見ていない。



 ルーレンはザディラにメニセルを仕込ませるために、存在しない猫を追いかけて離れた。

 その後、ザディラがメニセルを仕込んだ頃合いを見計らい戻ってくる。

 そして、何食わぬ顔でその場に立ち、本当の毒を仕込んだ。


 ザディラがポットの蓋についたメニエルを布巾でいていた彼女の姿を見ているので、おそらくこの時にポット内に毒を入れたのだろう。


 それらが終え、マギーがお湯を持ってきた。

 そのお湯をポットに注いだのは――ルーレン。

 ルーレンはマギーにポットの中身を見られるのをきらった。

 見られれば、いつものメニセルとは違うと気づかれる可能性があったからだ。




――屋敷内


 ザディラは誰もいないはずの屋敷内を通り、自室に戻ってメニセルの匂いが染みついた服を着替えるつもりだった。

 その姿をメイドのシニャに見られる。


 なぜ、シニャが居たのか?

 それはルーレンの尻拭い。


 備品点検の日にルーレンがチェックミスをしたため、催事の当日に椅子の数が足らなくなった。

 本来ならばルーレンが用意するべきだが、彼女はメニセルの匂いにまみれてそれが行えない。

 だからシニャに頼んだ。

 結果、シニャはザディラを見かけることになる……ここに大きな矛盾を感じる。



 これはアズール殺害に必要の無いこと。

 もし、この行為に必要性を求めるならば――それはマギーへ冤罪を被せないため。

 この時、シニャがザディラを見かけていなければ、最も怪しまれたマギーが第一容疑者となりそのまま殺人の罪を被せられていただろう。


 その理由は、真実がどこにあろうと、下賤げせんなメイドに罪を被せて丸く収めた方が得策だからだ。



 そうならないようにルーレンはシニャという目撃者を産み出した……しかし、彼女はここまで、自分はメニセルに一切関わらないようにしながら、全てをマギーに行わせている。


 中庭を通ることを提案したマギー。ザディラにメニセルの説明をするマギー。メニセルを磨り潰すマギー。



 ルーレンは無関係を装い、ザディラに犯行を行わせつつ、常にマギーとメニセルを関わらせて、最終的に殺人の罪を被せようとしていた。

 だというのに、同時にマギーを救う準備を行った。


 しかもこれは、偶然の要素が高いもの。

 シニャがザディラを見かけたから良いものの、僅かでも時間がズレていればシニャはザディラを目撃することなくマギーが罪に問われていた。

 

 偶然の要素に頼っている以上、ダメ元だったように感じるが……そもそも何故、マギーに罪を被せようとしながら助ける準備をしたのか?


 それにより、備品チェックのミスという目立つ要素を産み出している。

 自分の匂いをなるべく消そうとしていたはずなのに、その匂いを放つことになった。


 それもチェックミスのタイミングは、計画を思いついたと同時。

 つまり、マギーを身代わりにしようとする計画を立ち上げながら、救うという行為を同時に行っている。

 この部分については全く意味がわからない……。


 友人であるマギーを助けたかった? それならば、初めから彼女が疑われない方法を考えるべきだ……わからない。結果として、彼女を助けようとしたため、俺に感づかれる一因となった。

 つまりルーレンは…………先を続けよう。結論は最後だ。




 さて、ここまででルーレンが毒性のメニセルを隠し持っていて、それを使うことでアズールを殺害したということまでは繋がった。

 動機は不明……日頃の差別に対する恨み。というのがもっともらしいが、違う。

 彼女はアズールを殺害することにより、俺に対して良カードを与えた。

 

 もともと俺はザディラを神輿に抱えて、彼を盾に発言力を拡大して、ゼルフォビラ家に対抗していくつもりだった。

 しかしルーレンは、それ以上のものを用意した。



――それはガラン男爵。


 彼は皇国サーディアにおいて、強い発言力を持つ存在。

 当初、彼はアズールを擁立し、ゼルフォビラ家に影響力を持とうとした。

 だが、アズールは死に、彼の目的は失われる。


 その失われた目的に俺が収まった。

 まだまだアズールほどの期待は得られていないが、中央で大きな影響力を持つガラン男爵と繋がる機会を得た。

 これは落ち目のザディラを得るよりも遥かに大きい。


 つまり、ルーレンの動機は――シオンに大きな力を持たせるため、となる。


 その理由は不明。

 彼女は一体何がしたいのか?

 そもそも、彼女はシオンに対して気を掛ける理由がない。



 なぜならば、ルーレンは……シオンを崖から突き落とした可能性があるからだ!



 俺は初めからルーレンを信用に足る存在だと思っていなかった。

 だからこそ、情報を共有しつつ動向を監視していた。彼女が何を考えているのかを探るために。

 しかし、そのルーレンの思惑は見えぬまま、今日までに至った。

 

 こういった前提があったからこそ、アズールが殺害されたこの事件も早々と彼女の犯行では? と、結び付けることができた。


 ではなぜ、俺は初めからルーレンを信用していなかったのか? 


 最初の違和感は、日記帳の存在だった。

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