第6話 殺し屋としての悪癖

――シオンの私室



 三階建ての屋敷の最上階・南東に当たる場所。


 ルーレンが部屋に入る前に室内を簡単に整理しておきたいと言ってきた。

 理由はシオンが部屋の片付けをする時間を与えずに外出を優先して、早朝から出かけたからだ。


 そんなわけで、ひとまず俺は扉の前で待機。

 扉が閉じられる前に隙間から見えた部屋を覗き見る。奥のベッドのシーツが少し乱れていた。

 ルーレンの言うとおり、シオンは早朝からバタバタと出かけたようだ。


 扉の前で数分ほど待つ。整理を終えたルーレンが扉を開ける。

 彼女は俺の身体のことを案じてしばらく一緒にいると言ってくれたが、それを断り、一人にしてくれと頼む。

 彼女は少し悩んだが夕食の時間が来たらお呼びしますと言い、一礼して立ち去った。



 早速、黒色の重厚な扉を通り、シオンの私室へ。

 扉を閉じて、鍵を掛けて部屋を見回す。


 屋敷の大きさに合わせ、部屋もまた広い。

 部屋奥に白い枠の窓があり、その近くに天蓋付きの大きなベッド。ソファにテーブル。黒い枠の窓そばには洒落た丸テーブル。そこにはシンプルなデザインの白い茶器。それらは埃一つなく掃除されている

 部屋には少女が持ってそうな人形や小物のたぐいは一つもない。



「これが十四の娘の部屋か? メイドが掃除してくれてるんだろうが、まるでモデルルームだな」


 正直、部屋に漂う化粧の香りがなければ、生きた人間の住んでいる部屋だとは到底思えなかった。

「よほどの変わり種なのかね、シオンお嬢様は。さて、そのお嬢様には悪いが家探やさがしさせてもらうぞ。そのためにルーレンを追い払ったんだからな」


 依頼である具体的な復讐相手と、シオンという少女がどんな人物だったかを知るために思考を張り巡らせつつ室内を探る。


 クローゼットを開けて閉めて、ベッドを調べ、茶器類を調べる。

 黒い枠の窓をゆっくり開けて、そろりと顔を出し、外を眺める。

 窓の外からは屋敷の中庭が見える。


 中央に噴水があり、その周りを花壇で着飾るという、べったべったな金持ちの中庭。

 視線を下へ降ろす。壁には僅かに凹凸が見られる。

 そこに手足を引っ掛ければ降りられそうだ――悪くない。いざとなったらここから逃げられる。



 さらに部屋の隅々を探索し、予想だにしなかった施設を見つける。

「ほ~、洗面所にトイレ。トイレは水洗か。おまけにシャワールームまでありやがる。凄いね、こりゃ、ちょっとしたホテルだわ。蛇口から水が出るってことはポンプのたぐいが存在するのか? 移動手段が馬車だったんで技術レベルは大したことはないと思っていたがそれなりにありそうだな」


 そんなことを考えつつ、シャワーヘッドの部分を調べたり、トイレの貯水タンクを開けて覗き込んだり、汚水を流す部分に手を突っ込みまさぐる。

 洗面所で汚れた手を洗いつつは小さなため息を漏らす。


「はぁ、何か仕掛けられてるんじゃねぇのかと思って、トイレの汚水部分まで調べちまった。あそこに爆弾を仕掛けられると座った時にドカンだからなぁ。まったく、いちいち調べる必要はないと思ってもやっちまう。強迫観念だねぇ」


 室内に何かあるのでは? 脱出路は確保できているか?

 そんなことを考えて無駄な行動をとってしまった。

 一流の殺し屋なら何が無駄で無駄じゃないか判断してこんなことしないだろうが、二流の俺としてはやらずにはいられない。


 手を洗い終えて、ソファの椅子ではなく山の部分に尻を置く。

「ふむ、『それ』らしいものはないな……」



 『それ』らしいもの――俺はとあるモノを探していた。

 そのモノとは――シオンの依頼の言葉の中にあった。



――うん、道具の効果はばっちり――



 つまり、何かの道具を使い、異世界の俺と接触コンタクトを図った。

 その道具を探していたのだが、それらしいモノは見当たらない。

 代わりにとんでもない道具を見つけたが、それはまた後にしよう。

 俺はとんでもない道具をソファに投げ捨てて、代わりに机の上にあったペンを取る。


「もし、道具とやらが何気ない形をしていたらわからんな。例えばこのペンや消しゴムとかな」

 さすがにそこまで何気ない道具ではないとは思うが……ペンを指先で回す。

 ペンの名前は鉛筆。


「鉛筆がある世界か。地球だと鉛筆っていつからあるんだっけか? ま、どうでもいいか。それよりもまだ気になることがある」


 気になること――これもまたシオンが依頼してきた時の場面。

 それは彼女の言葉の雰囲気と態度。


『うん、道具の効果はばっちり』

『え……あ、今のは冗談だったんですね!? 気が付きませんでした』

『本当ですか!? ありがとうございます!! では、契約成立ですね!!』



 とてもじゃないが、家族から虐待を受け、いじめられた末に命を絶ってまで復讐を依頼してきた少女の雰囲気とは思えない。


「道具とやらに絶大な信頼があっての安心感? いやいや、命を懸けての依頼だぞ。あそこまで軽い態度を取れるか? それとも何か確証めいたものがあったのか? あったとしても、虐待を苦に自殺した少女の雰囲気じゃない……わからん」


 

 シオンという存在の中身が見えない。

 今のところ、家族仲が不和で、能力はエリート貴族に見合うものではない少女……そんな彼女をより一層知るべく、俺は机の引き出しへ顔を向けた。


 右の引き出し。上から三段目。そこには鍵が掛かっていた。

 だが、そこを開けるための鍵が存在しない。


家探やさがしで見つけることができると思ったが、どこにも見当たらねぇ。どこに鍵を隠したんだ~、シオンお嬢様よ~」


 と、ぼやきつつ、室内にあったシオンのメイクボックスからヘアピンを取り、そいつを加工して机のカギを開けることにする。


「単純な鍵っぽいから、ここをこうして、くいっと回すと」



――カチャリ


 鍵穴は音を響かせて白旗を上げた。

 その音に俺は満面の笑みを見せて、引き出しを開く。


「ほ~、こいつは……日記帳か?」


 茶色の革製の表紙に包まれたノートが引き出しの右隅にピタリとつけられ置いてあった。

 こいつを読めば、より深くシオンのことを知ることができる。

 良識に照らし合わせればとんでもないプライバシーの侵害だが、俺は裏世界に生きる殺し屋。 

 良識はすでに殺している。


「悪いな、シオン。復讐相手を確定するためにも情報が欲しいんだ。恨むなら投げっぱなしの依頼をした自分を恨んでくれよ」



 そう、言い訳を漏らして日記帳を開く。

 文字を目にして、奇妙な感覚を味わう。


「知らない文字。だけど、読める。それに知らない文字のはずなのに頭の中で思い浮かべることもできる。ふふ、これなら読み書きに不自由しないな。そういや言葉も、普通にこちらの言語で喋ってるな。これはシオンの脳みそのおかげか? なんにせよ、助かる」


 文字の読み書きや言語を学ぶ必要はないというのはありがたい。

 俺は日記帳に記された文字を指先で撫でて、文字の感触を味わう。



「ほ~、悪くない。良い指先の感覚だ。筆圧の微妙な違いがわかる。どうやらシオンは俺と同じで、指先の感覚が鋭いようだな」


 俺は指先の感覚に自信があった。

 僅かな凹凸。微妙な振動を感じ取れる。

 もっとも、これらの才能が生かせる場はそうあるわけじゃないが。

 だが、先ほど見せた鍵開けのようなところで用いるには非常に役に立つ。

 指先を通して、微妙な違いを嗅ぎ分け、正解を導き出すには。

 

 俺は繊細な指先で文字を撫でながら、文字から伝わるシオンの心の声を聞いた。

 その声が、壊れゆく少女の姿を届けてくる。

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