寝ずの番

鳴平伝八

第1話

⁡ 葬儀場で通夜を終えて、翌日の葬儀の段取りも大方整い吾妻銀次(アズマギンジ)はソファに体を預け、ため息をついていた。

親族控え室のだだっ広いフローリング。ソファにテレビ、座卓がおかれ、ダイニング側にはテーブルと椅子が四脚。隣接する和室には、棺が二つ並んでいる。通夜を終えた父の金次郎(キンジロウ)と母である与恵(クミエ)が穏やかな表情で眠っている。

数時間前まで、別室にて親族で食事会が執り行われていた。今いる部屋では日付が変わってしばらく経っても、近い身内が古い写真を眺めながら、昔話に花を咲かせていた。銀次は話に多く参加するわけではなかったが、昔の思い出が蘇り色々な感情が心の中に灯っていくのを感じた。このような場では、女性の口は止まることを知らず、数珠つなぎのように話題が溢れてくる。

「二時か……」

時刻は丑三つ時になろうとしていた。

ここ二日間、両親の突然の死でバタバタとしていた。銀次はゆっくりソファに体を預けるが、随分と久しぶりの感覚でいた。

通夜の夜は故人にろうそくを灯し、朝まで火を消さないという習わしがある。今は長時間着いたままのろうそくがあるため、その間に仮眠を取ることも少なくない。吾妻家も厳密に執り行おうというわけではなく、最低限火を着け続けられたらなという程度の考えであった。

銀次の家族構成は妻のしずく、長男の学(ガク)、長女の香(カオリ)の四人である。最初は家族も残ると言っていたが、家のこともあり、学生である子供たちには負担が大きいと判断し、銀次だけが残ることになった。

「明日は九時から葬式だから、八時には準備を……」

銀次が独り言を呟く。

棺の前に立てられたろうそくには火が灯っている。風で消えないようにその周りを透明のアクリルが囲って風よけとなっている。

その火が、風に当てられたように揺らめいた。

銀次はふと寒気を感じた。窓は閉まっており、風が吹く要素は何も無い。何も無いと分かってはいても、状況から若干の緊張、心臓の高鳴りを感じていた。

視界の端に動きを感じ和室と反対にあるダイニングに目をやる。ガラス張りの食器棚には、ご自由にお使いくださいとばかりに皿が入っていた。

銀次は目線をそらさず、立ち上がる。

「ん?なんだ?」

ガラスに反射して何かが揺れている。ダイニング側は電気を付けていないため、眉間に皺を寄せ目を凝らしながらゆっくり近ずいて行く。

そこで気づく。ガラスに反射しているのは後方。つまり和室側であり、そこで何かが動いていることに。

「……!!」

驚くと同時に、素早く振り向く。


そこには、棺から出て、和室の中を見渡す両親の姿があった。⁡

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