“真実の愛”の、そのお相手は

杜野秋人

殿下のご乱心?

「私はそなたとの婚約を解消したい!」


 面と向かってわたくしにそう宣言なさったのは、我が婚約者である王太子殿下でした。

 ここ最近、何やら思い悩んでおられるご様子でしたが、やはり乱心なさったご様子ですわね。もしやと思っておりましたが、まさかこのような場で、お立場にあるまじき振る舞いをなさるとは。


 ああ、どうしましょう。

 わたくし、頭痛がして参りましたわ。

 でも一応、王太子の婚約者として、公爵家の令嬢として、最後まで全うしなくては。


「そのようなお考えに至った理由を伺っても?」

「よくぞ聞いてくれた!」


 よくぞ、ではありませんでしょう?

 どうせ、最近仲良くなさっておられる男爵家の次女と婚約を結び直したいとか仰るのでしょうね。

 ああ、ですがお生憎様。殿下はわたくしと婚姻しなければ王太子でい続けることなどできはしないのですよ?そのことはわたくしも陛下も王妃様も再三お伝えしておりましたのに、結局お分かりにならなかったのですね。


 ああ、とっても残念。

 残念王太子、いえ廃太子ですわね。はあ。


「私は真実の愛・・・・を見つけたのだ!」


 ほうら、やっぱり。

 いーい笑顔で仰いますわね、しかし。


「真実の愛、ですか」

「そうだ!」


 本当に清々しい笑顔ですわね。何だか小憎らしくなって参りましたわ。

 もちろん、顔になど出しませんけれど。


 わたくしは扇を広げて口元を隠します。


 それにしても、せめて宣言の場を選ぶことはできなかったのでしょうかこの残念廃太子は。社交シーズン最後の、王宮主催の大晩餐会とそれに伴う舞踏会の、その会場となる大広間で、今まさに始まろうとしている舞踏会のためにこの場には王国の全ての貴族たちが集っておりますのに。それだけでなく給仕役の使用人たちもおりますし、一年の労いを兼ねての官吏たちも大勢集まっていますのに。

 そのような場で、このように大声で宣言をなさった以上、もはやなかったこと・・・・・・にはできませんよ?ほら、皆様も何事かとこちらを注視してらっしゃいますし。


 せめて別室で、王家と公爵家のみの非公式の場での話し合いならいくらでも誤魔化せましたでしょうに。なぜこのような短慮を起こしたのですか。

 まあ、今さら言っても詮無いことですわね。なにしろ残念廃太子ですから。


「それで?わたくしにどのような責があると仰るおつもりですか?」


 聞かなくても分かっていますけれどね。どうせ男爵家の次女を虐めたとか何とか言って、わたくしと公爵家の有責だと仰りたいのでしょう?

 ですがこちらとて、黙って手をこまねいていたわけではありませんのよ?最近の殿下のご様子から万が一このような事になっても対応できるように、わたくしの無実の証拠は揃えておりますの。

 ですから、破滅なさるのは殿下、貴方のほうなのですよ?


「いいや、そなたに非は一切ない!責があるというのなら私の有責だ!」

「えっ?」

「そしてそなたと婚姻せねば王太子でいられぬことも分かっておる!ゆえに、私は王太子位の返上を願い出るつもりだ!」

「えっえっ?」

「さらに!このような醜聞は王家にとっても好ましからざることであると承知している!よって!私は王族からも除籍して頂こうと思う!」

「ええっ!?」


 何ですって!?

 殿下、よもやそこまで覚悟をお決めでいらしたの!?


「そ、そんなこと、こんな場で宣言なさるものではありませんわ!」

「いいや!私が皆に聞いて欲しかったのだ!」


 なんでそう短慮なのこのバカ廃太子は!!

 それならそれでもっと穏便に進めなければ、貴方に待っているのは身の破滅しかないのですよ!?本当に分かっておいでなの!?


「私は!後に続くであろう数多の同胞・・のために、この身をもって礎となろう!」

「いや仰る意味が解りませんわ!?」


 なんなのですか同胞とか礎とか!まさかこのような馬鹿げた婚約破棄をこれからも奨励なさるおつもりなのではないでしょうね!?もしもそんな事を仰るおつもりなら、我が国のみならず世界の歴史に名が刻まれてしまいますわよ悪い意味で!?

 王家の恥どころか、国家の恥ですわ!


「うむ、きっと理解されないであろうことは重々承知の上である!」

「ならば何故!?」

「それでも!誰かが勇気ある・・・・一歩・・を踏み出さねばならないのだ!世界を変えるために!」

「そんな大袈裟な話なのですの!?」


 たかが婚約破棄ですわよね!?

 本当に脳みそパーンなさったのかしら!?


「それでは紹介しよう!私の真実の愛・・・・を!」


 え、いやもういいです。

 こんな茶番、さっさと離脱して公爵邸おうちに帰りたいですわ。

 もう付き合いきれません。


 そう思って踵を返しかけたわたくしの目の端に、殿下に歩み寄るひとりの人物の姿が映ります。

 その姿を目に止め、わたくしは思わず振り返って二度見致しました。


「ええええええええええ!!??」


 そして淑女にあるまじき、叫び声を上げてしまったのです。






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