星の怒り(5)

「島さん、あんまりッスよ!」

 安藤雅司は右手にステーキを突き刺したフォーク、左手にフライドポテトを突き刺したフォークを持った状態で悲壮な声をあげた。

「のこのこ引き受けちゃって、オレ、まだ死にたくないッス!」

「はいはい、それはなんべんも聞いたって」

 彼の叫びなど馬の耳に念仏、島見はテーブルの上のどこ料理なのかわからない料理たちを見定めながら、適当な返事をする。梓に至っては二人の会話などどこ吹く風で巨大プリンにスプーンを突っ込んでいる。

 時は少し流れ、舞台はシュロス城の庭園である。一流の庭師が仕立てた、地球ではまずお目にかかれない千紫万紅が人々の目と鼻孔を楽しませ、宇宙でも指折りの料理人の手腕に大人も子どもも舌鼓を打つ。今日は終戦記念日、めでたき日に老いも若きも富めるものも貧しきものも関係ない、無礼講だ、であえであえ――地球人二人は鉄の胃袋で料理を平らげていき、風情も何もお構いなし。庭園はいつしか料理人対地球人のフードファイト会場と化し、人々はこの謎の異星人におびえた。

「あーあ、高そうなのにぃ~……」最高級食材のスープをわんこそばのように流し込んでゆく二人を見て雅司はあきれ顔。それに対して島見は、

「人の金で食う飯は美味いぞ」と的外れな回答。普段からひもじい貧乏探偵と助手は、高いものを厳粛に味わうという風情に向いていないのだった。食べられるときに食べておかなければ体がもたないのである。

 こうしておこなわれた即席大食い大会だったが、先刻たらふく食った二人は結構早めにギブアップ。対決は料理人チームの勝利、観客は感涙にむせんだ。

「あーあ、楽しかったな」

「気持ちよかったですね」

 幸せそうにたっぷんたっぷんのお腹を叩く二人は、敗者の笑みを浮かべながら雅司の元へ戻る。彼は庭の隅で所在なげに座り込んでいた。

「島さん、梓さん、よく食う気になりますね……オレなんか明日のことを思うと飯ものどを通らないッスよ」

 三人がアーサーの従者やじいやとトゥリゴノへ出発するのは明朝なのである。

「だから、大丈夫だって」

「心配しすぎですよ。百聞は一見にしかずですよ」

 梓は心なしかふっくらした頬を揺らして雅司の肩をポンポン叩く。雅司からすればここ数時間のうちに成人男性一週間分の飯を平らげたこの女子大生が自分と同じ人間だとは思えず、よってトゥリゴノで生き延びたと念を押されてもならば自分もというまでの信用に値しないのだった。もちろんその倍は食べたと思われる隣の男も同様である。

「オレ、ちょっともっかい、アーサーさんに抗議してくるッス」

 そう言ってすっくと立ち上がり、肩で風を切って城の扉へ歩いていく。待ち構えていたにこにこ顔の従者たちやじいやに捕まり、あれよあれよと城内へ連れていかれた。

「手厚い歓迎だな」島見は嬉しそうに言う。

 雅司はいいとして、今度は二人の居場所がなくなった。本能に生きる島見俊臣と宮田梓は、暇をもらったとて飯を食って排泄して寝るぐらいしか能がない。さすがに城の庭で寝るわけにもいかない。

 二人はその場にしゃがみ込み、庭の喧騒をぼんやり眺めながらふとケイトのことを思い出した。

「ケイトさん、どうしてるんでしょうね」

「学園だって言ってただろ」

「ちょっと行ってみましょうか。やることもないし、探検もしたいし。それに、三年戦争っての、すっごい『うずく』んです」

 物書きの端くれである梓は異星の情勢に興味津々だった。

「権力を振りかざしていた王家に対する奴隷一族の反逆――滾りません?」

「そういうのは中学二年のときに卒業したからなあ」

 嫌な思い出を振り落とすように島見はつぶやく。

「でも明日の冒険はそれも関係してるんでしょ? ちょっと調べてみたくありません?」

「つまりおまえ、飽きたんだな?」

「お腹いっぱいになりましたし、もうお城にいても仕方ありません」

 あっけらかんと言い放つ梓のまっすぐな目に見つめられて、島見は苦笑するしかない。しかし島見とて、中学二年生を完全に忘れたわけではなかった。

「だな。行こうか」

「行きましょう」

 心が決まった二人は意気揚々立ち上がり、門のほうへ歩いていく。その道中でばったり出くわしたのは、従者二人の前を威風堂々歩く王子だった。

「やあ、島見さん、梓さん。先ほどは見応えのあるショーを魅せていただきましたね」

 さすが一国の王子、言葉選びにも品がある。品位を葬り去った地球人たちはへらへらと頭を掻く。

「いや、それほどでも。それより王子様、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「どうなさいましたか」

「俺たち、ケイトの学園へ行こうと思うんだけどどこにあるかな?」

「シュロス中央学園ですね。そう遠くはありませんが、知らない土地で何かあるといけない。従者に送らせましょうか」

「いや、大丈夫です。観光がてらなんで」そう答えたのは梓である。

「そうですか」アーサーは微笑むと、身振り手振りを交えてシュロス中央学園への行き方を教えたが何ぶん、無鉄砲で無計画な方向音痴にはなかなか通じない。王子の笑顔の仮面がはがれる頃にようやく一から六まで理解した二人は、にっこり笑顔でお礼を言った。

「ははは、お構いなく」王子は肩で息をしている。

「それよりもお二人とも、ケイトに何か用事があるのですか」

「そういうわけじゃないんだけど……なあ?」

「ねえ?」

 二人は目を見合わせて曖昧に微笑んだ。さすがに戦争について詳しく知りたいという目的を口に出すことは憚られた。アーサーもそれ以上言及しなかった。

 梓はふと尋ねたいことがあったのを思い出す。なんのためらいもなく口を開いて、

「気になってたんですけど、ケイトさんとあなたってどういうご関係? ただの幼馴染みじゃないですよね? 恋人?」

「いえ……そのようなことは」

 この手の事情についてデリカシーの持ち合わせがない女子大生の質問に王子は頬をピンクに染める。島見は興味なさそうにそっぽを向いていたが梓はこの王子の様子に、ははーんと女の勘にほくそ笑む。アーサーは彼女のことが好きなのだ。

「彼女とは本当に、学園の幼稚部に通っていた頃からの単なる幼馴染みです」

「じゃあなんで、ただの幼馴染みをお城に住まわせてるんです?」

 本当は梓はずっと、そのことが気になって気になってしょうがなかったのである。王子は二人の顔をまっすぐ見据えているようで、真には何も見えていないような顔で、

「もう十年ほど前のことになりますか。王様……私の父が学者を集めて、トゥリゴノ突入プロジェクトを立てたのです。目的はもちろんプネマの書。中にはケイトの両親もいました。お二人はご夫婦揃って古代文字の研究者ですし、シュロス学園で教鞭を執る優秀な学者でしたから。しかし当然の帰結ですが、誰一人帰ってくるものはありませんでした。朝になって急に連絡が途絶えたので、ボンベが切れたのかなぜなのか、今となっては理由もわかりませんし、遺体を回収して弔うこともできません。父はこの無謀なプロジェクトを悔いました。そこでせめてもの罪滅ぼしにと、身寄りのないケイトを城に引き取ることにしたのです」

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