挑戦と努力

 怖かった反面、あまりに胡散臭く現実味がない上に、あまりにからっと明るく笑うので、呪いについて少し突っ込んでみようと優しいお兄さんに尋ねてみた。


「呪いって宣言するだけでいいの?」


 純粋な疑問だった。


 宣言するだけで呪いがかかるなら、憎い気持ちを育てて宣言して呪い放題呪えてしまわないか?


 すると、優しいお兄さんは得意気に笑って目を閉じ、ふふんと笑うのだ。


「実はね、目が見えてないんだ。本当に見えてないんじゃなくて、見えているけれど見えていない。君たち人間とは違うものをみてとらえているんだ。僕は光を捉えられないから、代わりに人の魂をみている。君たち人の魂をね。人の魂はどれも同じで区別がつかないんだ。だから、匂いと声と名前で判別できるようにしてる。判別なんてする必要がないんだけど、ほら……呪うには判別できないといけなくて。判別したい人もいるしね」


 そう言って、私を見てから片割れの黒い炎を見た。


「呪いはね、魂単位なんだ。気持ちが魂と結びついているからね。人違いで呪いがかかるなんて、あまりにも理不尽でしょう? そんなことが起きないよう、魂と魂、名前と名前、過去と未来、いろいろなものが繋がる物なんだ。名前なんて、見た目なんて変えられてしまうけれど、魂は変わらないよ。例え二つになってもね。君たち二人とも実は僕には同じに見えているんだ。属性が違っているだけ。たとえ分かたれても君は君なんだよ」


 そういって微笑みかけられると、なんだかこそばゆくて照れ隠しにひっぱたきそうになってしまった。


「ふ、ふーん……そうなんだ」


 嬉しくて、顔が熱くなってくるように感じられて、照れくさくて……。


 そういう風に見えてるなら、二人になってても気づけないなって納得できた。納得できたけれど、なんだか少し納得しきれない。


 照れくささとむすっとしてしまうような複雑な何かが胸の内で渦巻いていて、俯いてしまっていると頭を撫でられるのを感じた。


 見上げるとうさぽんがニコニコ笑いながら撫でてくれている。


「生物の勉強の続きをしようか! 観察力を養ってもらうためにスケッチしてもらうよ! まずはうさぎさんの絵にしようか」


 うさぽんの提案に目を丸くしていると、少し嬉しそうにしながら咳払いをして説明をしてくれた。


「本の虫から聞いたんだ。夢魔の夢衣を持っているんだってね? もしかしたら二つに分かれてこっちで暮らすうちに夢魔になったのかな? で、君の状態を調べたい気持ちが止められなくてたまらないけれど、その前に……思い描いた鳥になっても上手く飛べなかったらしいね? どうしてだと思う?」


 なんだかだんだん研究者にありがちな口調になってきているのはうさぽんのスイッチが入っているということだろうか。


 そんなことを思いながら自分なりに考えてみる。考えてみるけれど……。


「飛び方を知らないから?」


 出てきた答えはこれだった。


 それを聞いたうさぽんは一つ頷いた。


「それもあるだろうね。でも本当に大事なのは、体の構造を知らないからだ。違うかな? その鳥を間近で見たことはあったかい? 羽のつき方は?」


 言われてみれば確かに間近で見たことなんてない。ましてやうろ覚えな上に下から見上げた鳥のイメージが強いしそれ以外知らないも同然だった。


 もしかすると顔も違う鳥のものとして化けていたのだろうか。だとしたらなんだか恥ずかしいな。


 顔が熱くなってくるのを感じる。まるで火がふいているかのような!


 身悶えしそうなくらい恥ずかしがっていると、うさぽんがウサギの入ったケージを取り出して見せてくれた。


 どこにケージがあったんだろう?


 目を丸くしながらうさぽんを見ると、嬉しそうにはしゃいでいた。


「実はうち、月で薬剤師をしていてね。餅を作ってくれてるうさぎさんの一羽を連れてきたんだ。月にはうさぎさんがたくさんいるんだよ。もちろんこちら側のね。他にも蟹さんとか髪の長い美女やらなんやら、人が月に思い描いたいろいろな物語があって、生き物がいて楽しい場所だよ。ウサギさんは特に多いかな。今度遊びにおいで」


 ニコニコ楽しそうにしているうさぽんを見ていると心の内側がじんわりと温かくなってきた。しかしふと気になったことがある。


「遊びに行きたいけど、どうやって行くの?」


 するとうさぽんは少し得意げになって笑っていた。


「本の虫に育ててもらえばそのうちわかるよ」


 意味深な笑みに訝しんでしまっていると、うさぽんは不敵な笑みを浮かべながらうさぎのケージを置いて扉をあけた。


「さあ、でておいで」


「ふう、酔うかと思いましたよ。初めまして人間さん。月で餅つきをしています」


「うさぎがしゃべった!?」


 腰を抜かしそうになっていると、うさぎは口元をもしゃもしゃ動かしながら笑っていた。表情は変わっていないが笑っているのがわかって不思議だった。


「驚いてもらえるなんて久々です。こんなに心がくすぐったくなるのですね」


 ウサギはご機嫌そうに耳を寝かせながら床にペタンと寝そべった。


「さ、描いてみようか」


 うさぽんはまたしてもどこからか紙とペンを取り出して渡してくれた。


「うさぎをよく見て、ありのままを描いてごらん。こんなことしなくても、君は得意かもしれないけれどね。簡単な練習だと思ってやってみてくれたまえ」


 なんだか本当に博士かなにかのような口調で話しているのに違和感を覚えつつ、本来はこういう喋り方の方が得意なのかな? なんて思いながらよく見て少しずつ描き始めた。


 耳のつき方、目、鼻の動き、口元の動き、細かいところまでよく見て気づいたことがあった。


 よく絵に描かれているウサギの耳は縦に曲がったり動いているものが多いけれど、実際は違う。


 根元からクイクイと動いているし、寝かせてるときはなんだか鳥が羽をしまっているときみたいだな。


 見たままであって、答えがそうとは限らないけれど、見たまま思ったままを素直に感じ、素直に描いていく。


 ウサギの足は猫のようなまあるい足ではないし、尻尾は思ってたほど真ん丸じゃない。


 いろいろな気付きを得て、描き上げてみせると、うさぽんは満足そうに笑っていた。


「さすがだ、上出来だね。特徴をよく見て描けている。上手い下手ではなく、どういう風になっているかを見て知ってほしかったけれど、それを抜きにしても君は絵が上手いな。……おっといけない、本題はここからだ。夢魔の夢衣、見せてくれるかい?」


 うさぽんの言葉にうなずき、夢衣を水玉から取り出して見せてみると、はしゃぎながら喜んでいた!


「すごいね! それが君のできることか!!」


 おおはしゃぎで嬉しそうにしているのを見ていると、こちらも嬉しくなってくるのだった。


「そしてそれが君の夢衣か! うちらのと大して変わらないね」


 うさぽんの言葉に反応したのか、スケッチ中邪魔しないようにと思ったのか、片割れの方を見守っていた優しいお兄さんがこちらに寄ってきて話に加わった。


「もしかして夢魔になったの?」


 少しだけ心配そうにしながら私を見ていて、胸が痛い。


 黙っていると、うさぽんが興奮気味にお兄さんへ返事をしていた。


「まだわかってない状態なんだ。本の虫から聞いたところによると、この夢衣を使えていたからこの子の物で間違いないんだけどね。そうだ、動物に変身するときのお手本を見せてやってくれないか?」


 うさぽんは興奮しすぎているのか、だんだんと口調が早くなってきている。


 優しいお兄さんは快く引き受け、夢衣を取り出したけれど、それは白ではなく真っ黒に焼け焦げていた。


「そういえば使うの久々だなと思ってたけれど、あれ? どうしたんだろ……。あっ! あのときか!」


 焼け焦げていたけれど、ボロボロと崩れてなくなることはなく、ただ本当に焼けているだけらしい。お兄さんは軽く撫でたり羽織ったりし、自分の持ち物の状態を確かめるかのようにくまなく観察していた。


「君の片割れがいつだったか、黒く燃え上がっていた時に火を消そうとして一緒に炎に巻かれたことがあったんだ。多分その時に燃えたんだろうな。うまく姿を変えられるかどうか……」


 そんなことを言いながら夢衣を頭からかぶると、出会った時のような真っ白な姿ではなく、真っ黒な姿へと変わり、それから化けた動物は真っ黒な動物ばかりだった。


「どんな生き物になっても真っ黒にしかなれなくなっちゃったみたいだ。でもいい。使えるなら何でも」


 そんなことを言いながら、優しいお兄さんは元の姿に戻ってニコニコしていた。


 うさぽんは問題なく姿を変えれているお兄さんの様子を見て、3回ほど頷いていた。


「よしじゃあ早速うさぎに化けて手本を見せてくれたまえ」


 うさぽんはなんだかノリにのっていた。普段はツンデレなのか照れ隠しが下手なのか、可愛らしい面がよく見られていたのに、生物の話になると研究者や学者を思わさる口調の凛々しさに早変わりし、とてつもないギャップがあってなんだかとても心惹かれるのを感じられた。


 優しいお兄さんは真っ黒なウサギに化けた。


 そういえば昔、サンタさんがクリスマスプレゼントを配っている絵本があったな。


 白いウサギはプレゼントにもらったお菓子を食べてしまうと、物足りなくなって別のウサギのふりをするために全身を黒く塗りたくり、目つきもちょっと悪いように演じ、プレゼントをもらうお話。


 嘘をついちゃったせいか、体の黒いのが落ちなくなってしまって反省しながら泣いたウサギはサンタさんに素直にお話をして許してもらい、元の白い姿に戻れる話だったっけ?


 どんなお話かうろ覚えになりながら絵本のことを思い浮かべていると、うさぎに化けたお兄さんがぴょんぴょんと寄ってきて耳をぴくぴくと動かしているのだからとてつもなく癒された。


「可愛い!」


 思わず口をついて出てきた言葉だった。


 黒ウサギのお兄さんはとても可愛らしく毛づくろいし、頭と耳とを丁寧に前足でくしくしとしていた。


 その隣に、モデルをしてくれた白うさぎさんが並び、二羽そろって寄り添いながら床にぺたんと伸びて体を伏せた。


「すっごく可愛い!!!」


 思わず近寄って頭を撫でていた。


「完璧に体を把握している必要はないけれど、その生物としての長所を活かしたいのであれば、まずは造りを理解することだ。うさぎなら耳と足、可愛らしさ重視なら顔とかさ! 必要な情報を把握しておかないと、化けた時へんてこな化け物に早変わりさ。自分の思い描いた姿になれるわけだからね。そこで骨格が変だったりなにかだめな構造をしていたら上手く機能しない。さあ、次は君の番だよ!」


 うさぽんに促され、夢衣を頭からかぶって体が真っ白になるのを確かめた。


 そうして目を閉じ、うさぎを強くイメージする。スケッチしていた時に隅々まで見つめていた体のパーツは思い浮かべるのに苦労しなかった。


 それに加え、抱っこしたいと強く思っていたウサギたちを頭に思い描いた。


 黒と白の特徴的な模様をしたあのうさぎ。


 そっと目を開けてみると、見える範囲は思い描いた通りの模様と姿のウサギに変身していた。


 いつも以上に耳がよく聞こえて、うまくいったのかわからないけれど、試しにぴょこんと歩くと軽く跳んだつもりでもだいぶ前に進むことができた。


 自分の姿を見てみたくて前足で顔を触ろうとしていると、うさぽんはどこからともなく姿見を用意して置いてくれた。


 思い描いた通り、あのときのウサギの姿になれたのを見て感動せずにいられなかった。


「わあ……!」


 思わず感嘆の声をあげていると、うさぽんはすごく嬉しそうにしていた。


「これがスケッチの力だ! がはははは」


 もはやここまでくるとキャラ崩壊も良いところだった。


 思わず一緒になってがはがは笑っていると、気分が一緒に高揚して高くジャンプしてしまった。


 着地すると、足への衝撃が酷く、あまりの痛みに声をあげてしまった。


「いったあああ!」


 叫び声をあげていると、うさぽんは大笑いしていた。


「そういえば、ウサギって自分のジャンプ力の割りに体がもろいから骨折しちゃう子もいるようだよ!」


 それを聞いて頭からサッと血の気が引いた。


 恐る恐る足を動かしてみると、ちゃんと動くし痛みはない。


 それに、落ち着いて思い返してみれば、よく階段から飛び降りていたけれど、その時と比べたら大した痛みではない。


 ウサギに対してあんなに高くジャンプできるのだから、着地しても痛くないだろうという先入観が謎の安心感をもたらしていたため、不意打ちで痛みを感じたからびっくりしてより一層痛いように思い違いしていたんだろうな。


 高く跳ぶのが一気に怖くなったけれど、うさぎでいるとなんだか温かくて楽しいのだった。


 三羽並んで寄り添い、床に伏せていると、うさぽんがどこからともなくカメラを取り出し、写真を撮ってくれた。


 そのあとすぐに自分もウサギに化けて四羽並んで寝そべり、片割れの炎が激しく燃える黒い炎から青い炎へと変わり、その青い炎がろうそくの灯火レベルに小さくなり、悲し気に揺れているのを眺めた。


 なにがあったんだ?


 普段片割れのしていることに無関心だったけれど、興味深い炎の変化を見て気にならずにいられなかった。


 魂の炎を集中して見つめていると、現世とでもいうべきあちら側での様子を見ることができた。


 相手のためを想って距離を置いて、理由も知らないまま罵詈雑言を浴びせられて孤立している様子がそこには映っており、思わず悲しい気持ちになってくるとともに、怒りが湧き上がってきた。


 なんで黙ってんだ。ちったあ口利いたらどうなんだ。反論ぐらいしろ。


 苛立ちを募らせてしまっていると、思わず前足で地面をダンと打ってしまっていた。


 他の三羽がぴくっと耳と体を動かして反応し、思わず謝ろうとしたけれど謝れなかった。


 だって、何も言い返さないなんて、強気に出ないなんて、おかしいだろ。


 でも、それも無理はないと思った。


 こちら側から客観的に見て、何をどう言われているか知ってるから湧き上がる怒りだというのが理解できないわけじゃなかった。


 同じ立場で、同じように、なんて言われてるのか知らないまま過ごせば、きっと同じように孤立していったんだろうな。


 なんで人から聞いた話だけで全部決めつけられるんだよ。直接見たわけでもない癖に!!


 優しいお兄さんも怒っている様子で前足でダンと地面を打っていた。


 それに反応して私を含めた三羽のウサギはびくっと反応し、怒りがだんだん面白おかしいものに変わってくるのが楽しかった。


 楽しかったけれど、やはり腹立たしいものは腹立たしいのだ。


 こっち側に来れたらいいのにね。


 かといって、自分が代わりにあっちへいきたいかと聞かれたら嫌だ。いや、嫌だった。


 片割れがとても興味深くて良い人に会うまではそう思っていた。




 うさぽんからの指導を終え、たまに片割れの様子を見るようになったある日のことだった。


 片割れは中学校の部活動で演劇部を選んでいた。


 どうして急に演劇を? なんて驚いていると、従兄弟が所属していたことや、自分を変えたい、変わりたいと願ってのことだと決意を話していて感心させられた。


 そこで他の誰とも違った興味深い人と仲良くなっているのを見た。


 今までずっと何しても報われず、どんなに良い人でいてもできなかった本当の友人をそこで得られていて、良かったじゃんと思わずつぶやいていた。


 眼鏡をかけていて、とても小柄だけど私たちの本体より身長がちょっぴり高くて、目が細くて笑ったらとても愛らしく、優しい顔をしている人だった。


 自分の考えをしっかり持っていて、しっかり自分の気持ちや意見を言えて、とてもキラキラして眩しい光。


 絵が上手で漫画家を目指していた人。


 ああ、なんてあったかい光なんだろうか。


 周りにいるどんな人間の魂よりもキラキラして格好良くて、なんだか胸がざわついて、何かを思い出せそうなくらい好きになれる人だった。


 片割れの積み上げてきた徳が結んだ縁だと思った。心から祝福したいくらい素晴らしい友人で先輩で立派な人。


 羨ましくて、少しで良いから口を利きたいなんて思う自分がいた。


 昔大好きだった漫画を学校にこっそり持ってきていて、真面目一直線ではなくたまに悪いことしちゃうお茶目なその先輩と、共通の『好き』を持ったその人と話がしたくてたまらなかった。


 少しだけ、少しだけで良いから……。


 懐かしい光、懐かしい温もりに引き寄せられた。


 片割れはその漫画を覚えていないらしく、尚更代わってほしい気持ちが高まっていった。


 しかし、これは片割れが頑張ってきてようやくできた友人だ。一緒にいる時間を奪うのは気が引ける。だけど、どうしてもお話がしたかった。


 我慢できなかった。記憶を手繰り寄せるように、昔諦めてしまったはずの温かさに引き寄せられるように、ほんの少しで良いから同じ時間を過ごしたくてたまらなかったんだ。


 それにはどうにかして片割れがこちらへ来れるように工夫しなければならなかった。




 他の誰でもなく、本のお姉さんに稽古をしてもらっていたときのことだ。


「片割れがこっちへ来れないのは炎のせいなんだよね?」


 まずは確認するためにお姉さんに尋ねてみると、コクリと頷いてから首を傾げていた。


「……唐突。どうしたの」


 お姉さんに話すべきではないという抵抗が頭の隅にあったけれど、他の誰に話したところで専門分野、得意分野が違うから答えはきっと出ない。


 それに、危険信号が頭の中で響いているけれど、どうしても片割れの先輩と話がしたくてたまらなくて、素直に相談するしかなかった。もちろん、片割れをこちらに呼ぶためにはなにが必要なのかだけを話した。入れ替わりたいからなんていったら、反対されるような気しかしなかったからだ。


「……そう。……危険でないとわかれば問題ない」


 お姉さんの言葉に真っ先に疑問が浮かんできた。


「それは誰にとって?」


 見るからに危険じゃない。近寄らなければ燃えることはないのに、一体だれにとって危険だというのだろうか?


 素朴で素直な疑問だった。


「……星が降れば地中から火の海が出るように、この世界の免疫のようなものが反応する」


「ふうむ?」


 よく理解できなくて首を傾げていると、本のお姉さんは空を見上げていた。


「……今日は氷の槍が降る」


 一緒になって空を見上げたけれど、そんなことちっともわからなかった。


 そこでふと、氷が降るなら強力な炎があれば味方として迎え入れてもらえるのではないか? 降っている間ならこちらへ引き入れることができるのでは? なんてことを考えていると、お姉さんはゆっくり首を左右に振った。


「……傍にいれば燃える。燃えなければ……」


「それなら、私の水であいつを覆うのはどうだろう?」


 我ながら良い考えだと思った。これならあいつはこっちへ来れるようにきっとなると思った。


 お姉さんは黙り込んで少し考えてから口を開いた。


「……やってみよう。……その前にコントロール」


 お姉さんの言うとおりだった。


 さっそく、片割れの弟を包んで火を消してしまわないような力加減と、水の形の維持をする修行に取り掛かった。


「……まずは加減、次は形の維持」


 お姉さんにその順番である理由を聞くと、加減ができないと形なんて作れないからとのことだった。


 集中していつもそればかり意識して過ごしていると、みるみるうちに上達していった。


 最初は水で何かを持ち上げるところからだった。


 頭の高さでキープできるように常に何かを水玉に入れるのではなく乗せ続け、本のお姉さん以外との修行のときにもそうし続けた。


 見る人見る人にそれは何かと聞かれたけれど、ただ修行してるのだとだけ答えた。


 キープするのが簡単になると、乗せるものを重くしたり軽くしたりばらばらにしていった。片割れがあちら側で父親の修業を受けているときのように、楽になったら自主的にどんどん難しくしていった。


 そうして次は形をキープし続ける段階へと移った。


 合羽のような形がいいだろうか?


 テルテル坊主のような被り物を作って形を維持するのはあまりに大変で、私の実力だと現実的ではなかった。このままじゃ先輩と話してみる機会なんて作れない。


 服のように着れたらと思ったけれど、あまりに難しすぎるので三角コーン状になるような形でキープする修行を積んだ。


 疲れたけれど、どうしても話したくて、どうしても仲良くなってみたくて必死だった。


 在学中に、まだ一緒に話せる機会があるうちに間に合わせたいという焦りもあった。


 そうしてようやく、三角コーンの形に維持できるようになったとき、本のお姉さんは拍手して褒めてくれた。


「……頑張ったね」


 にんまりしながらさっそく片割れが寝静まるころに魂へ三角コーンの水を被せてみると、上手くいったようでこちら側へ遊びに来ることができていた。


 きょとんとしながら瞬きしている片割れになんて声を掛ければよいのか悩んでいると、本のお姉さんが近寄って優しく微笑んで説明してくれた。


「……ここは夢。あなたは双子。……一緒に遊ぼう」


 難しく考えすぎていた。細かく説明しないといけないなんて思っていたから、あまりにシンプルで率直な誘い方に思わず感心した。


 片割れは真に受けやすいのか、飲み込みが早いのか、頷いてニコニコしながら一緒に遊ぼうと言って大喜びだった。兄弟ができたとも言って大喜びで飛びついてきたから目が飛び出てしまいそうだった。


 その喜びようがあまりに大袈裟で、思わず顔をしかめてしまいもした。


 そんなに……友達が欲しかったのか。寂しかったのか。


 こちら側でみんなに囲まれていると、友達を欲しがっていたのをうっかり忘れてしまいそうになっていたことに気づかされた。


 片割れの弟を見ていると、寂しくて寂しくて、友達を渇望していた気持ちを思い出すことができて、心の奥底がずきずきと痛んだ。


 寂しかったな……。


 今もどこか胸にぽっかり穴が開いたような感覚が残っている。


 何かが欠けて抜け落ちて、寂しい気持ち、苦しくて辛い気持ちだけが残って、空いた穴を埋めているようなそんな不思議な感覚。


 もしかすると、片割れは私の良心で、私の空いた心の空白なのかな。


 憂鬱な気分で心が影ってぼーっとしていると、片割れが人懐っこい笑みを浮かべながらも距離をとり、顔を赤らめながら目を逸らしていた。


 ああ、わかる、わかるとも。なんたって自分自身だからな。


 離れていくのが怖いから距離を置いている。あまりに懐きすぎて嫌われるのが怖くて、嬉しい気持ちが溢れかえる気持ちに蓋をして我慢をしているんだな?


 自分と言っても、違う人生を歩んでいるから間違っているかもしれない。


 だから、たくさん話をしようと思った。


 話を聞いてもらえて嬉しそうにしていたこと、私もそうされたら嬉しいだろうなと思ったことを実践した。


 でも、自分と同じ顔と向かい合って話をするのに抵抗があったから、夢衣を被って姿を変えて話をすることにした。


 片割れは双子の兄弟がどこへ行ったのか探していたけれど、私は自分がそうだと名乗るのが恥ずかしくて隠して話をすることにした。


 最初は警戒気味だったけれど、少し話をして、よく聞いて返事をして寄り添ったらすぐにたくさん話してくれるようになった。


 話したいこと、理解を示してもらえることにかなり飢えていたようだ。


 話しているとなんだか辛くなってきた上に、こちら側で過ごしてもらっている間入れ替わってもいいか? というのに勇気が必要になってきた。


 私も一時的にあちらへ戻れば、こんな風に愛と友情に飢えてしまうのだろうか。


 それでもかまわないと思った。どうしても先輩と話してみたかったからでもあるが、こっちで少しでも過ごせば片割れのこの心の隙間が埋まってくれるのではないかという希望もあったからだ。


「もし良ければ、君の体をしばらく貸してくれないかい? 一週間くらいで良いんだ。どうだろう?」


 たくさん話をし、心の距離を寄せてからの提案だった。


「うん! いいよ! いつも優しくしてくれてありがとう。でも、あっちは辛いよ? しんどいよ? 嫌な目に遭わないか心配だな……」


 優しくて心配症なんだね。


 そんな心配はいらないというのに。隠しているから知らなくて当然なのだけれど、私は君で、強いのだから。


「心配には及ばないよ。で、入れ替わってたり様子がおかしいと変だろう? だから、記憶を共有したいんだけど、どうかな?」


 勉強の内容がわからないと困るし、ただ入れ替わるだけだとボロが出すぎて大問題だろうと思ったからだ。


 黙って聞いていたらしく、いなくなったと思っていた本のお姉さんがちょうどよい魔法があると言ってページを開いてみせてくれた。


「……記憶の書物化」


 中学生になった片割れはよく本を読むようになっていたから、目をキラキラ輝かせながらその魔法を見つめていた。


 どんな物語が読めるのか楽しみで仕方がないようだった。


 私は私で、知られたくないようなことが読まれるのに少しだけ抵抗があったけれど、あまりにも興味深そうにしてくれているから渋るわけにはいかなかった。


 真っ白でまっさらな本を抱きかかえ、しばらくの間思い出に浸りながら眠っていると書籍化される魔法だった。


 発動させるための条件は、私と片割れで違っていて興味深くて面白い物だった。


 私の場合は先輩に会うために頑張った内容……水のコントロール修行をもう一度すること。


 片割れの方は演劇でやっている発声練習や滑舌をよくするトレーニングを10回することだった。


 その間本は持ちっぱなしな上に、過去からの記憶を一生懸命手繰っていなければならないという、最終的な方法は簡単そうに書かれているか、発動させるための条件が難しくて厄介で意地悪さを感じさせるものだった。


 そうしてふと、魔法は自然とのなんたらじゃなかったっけ? という疑問が浮かんで質問してみることにした。こうした質問ができるのは、片割れがいてくれたおかげだと感謝した。


「……これも属性。記憶は生物、生物も人。生体魔法」


 そういう魔法もあるんだと、確かに人も生物で自然の一部だと納得していると、本のお姉さんは少し難しそうな顔をしていた。


「……自然から外れつつあるけれど、辛うじて自然」


 なるほど、付け加える説明に頭を悩ませてたのか。


 たくさん納得していると、片割れは一生懸命発声練習と滑舌のトレーニングを始めていた。


 それを見て負けじと、私も今までしてきた修行をおさらいした。


 なぜ片割れが10回で私が1回なのかを、条件を達成するために取り組もうとしてようやく気付かされた。


 片割れがあちら側へ戻ってしまわないよう、被せている水を維持したままもう一度同じ修行をしなければいけないからだった。


 大変なんてもんじゃなかった。


 片割れへの条件が優しくて甘いように思えるくらいにはきっつい条件だった。


 その間記憶を手繰らないといけないし、頭の中がごちゃごちゃになってパンクしそうだった。


 しかし、片割れは片割れで大変だろう。暗唱しているのだから、あっちも頭がごちゃごちゃになりそうなんじゃないか?


 とにかく今は自分のことに集中。


 ただひたすら魔法の条件をかなえるために、兄弟そろって奇妙な修練を積み、記憶の書籍化を果たしてお互い交換した。


 大変だった! 頭が痛すぎてどうにかしそうなくらいだ。


 内容に目を通し終えると、お互い笑顔でタッチし、お互いの武運を祈って入れ替わった。


 ようやくあの人とお話ができることを期待しながら、久々にあちら側で目を覚ました。


 どう話してどう過ごそうか、いったいどうやって何から話すのか、不器用なりにいろいろ考えて悩みながら、放課後の部活動を楽しみに、片割れの生活習慣をまねして過ごす一週間の始まりだった。

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