5W1H

 夢の海で浮かびながら空を見つめる。


 ああ、ついに繋がった、気がついた、いろいろなこと。


 空に手を伸ばすと沈みそうになったけれど、構わず手を伸ばし続けた。


 どんどん水底へと沈んでいき、海底に背中がつく。


 現実でも同じように底まで沈んでいくのだろうかと考えていると、師匠がもう一度声を掛けてくれた。


「話したいこと、聞きたいことができたのか? 実は俺も聞きたいことがあってな……」


 夢の中ならではの、水中で呼吸ができて会話ができる非現実を楽しみながら返事をする。


「うん。師匠たちが人の権利を賭けたのはいつの話? 師匠は本当に師匠という認識であっているの? あと……私は誰? 聞きたいことって何?」


 聞きたいことをまとめてぶつけると、師匠は声をあげて笑った。


「好奇心旺盛なのは変わらないんだな。まず一つ目の質問から答えよう。確か5年程前だったか? もうすぐで6年くらい前になるはずだ。いや、もう6年前であってるのか。こちらとそちらは時間の経過が違って感じられるからな。まあ、最近の話ではない。お前のページを開くために、最近見た怖い夢がさも最近賭けられたものであるかのように話しただけだ」


「やっぱり……」


「その様子だともうほとんど開けたらしいな」


 師匠は顎に手を添えて少しだけ考え込んでいた。


「開いちゃいけないページだったんじゃないかな」


 不安になりながら聞いてみると、師匠は難しい顔をしていた。


「過去を掘り返さないこと。それでお互いいろいろなかったことにしていたんだが、なかったことにして黙ってるわけにはいかなくなったんだ。そうだろう? そこまで開けていなかったか?」


「……開けてるよ」


「……よく頑張ったな。まだ続きを書く気はあるか? 俺は知りたかったことが知れそうだからもうお前の書きたがっていた勇者の話を書いても良いとは思ってるが……その先はほとんど敵しかいないぞ。誰もお前の味方ではない。茨の道だ。それでも書くか?」


 師匠の問いかけに憂鬱な気持ちで黙って耳を傾けながら頷いた。


「書くよ。冤罪は好きじゃないから……。別にその先に何があっても良いし報われなくても良い。私は昔からずっと一人だったから、これからもそうなるだけ。死んだらそっちへ行けるんでしょう? このまま普通に生き続けたところで後悔するだけだったと思う。ページが開けて良かった。助けたい人がいるんだ。私はもう十分生きた。本当ならもっと早く死んでたかもしれなかったんだから。それに、死んだらそっちでみんなとまた暮らせるし、先輩にだって会える。だから、別に良い。別に良いんだ。作り物で偽物の押しつけがましい幸せなんかいらないよ。それに、なにあれ、なんであんな嫌がらせめちゃくちゃされたのか理解できないんだけど」


 生き延びても死んだとしてもどちらでもよかった。心から思ったこと。後悔したくもなかったから。


「……そうか。まあ……わかりあえないやつら、人の心を理解しようとせず自分たちのしたいことを正当化するやつらってのは少なからずいるもんだからな。それに、お前のページを開くためにしてたのかもしれないぞ? お前がされたら嬉しいことなんて、素直に話し合える仲になれば簡単に聞けるし理解できるはずなのにそうしようとしてもらえなかったわけだ。理解しようとしてくれないって寂しいよな。まあ、素直じゃなかったから本音を聞くのを諦められた可能性は大いにあるから、素直じゃなかった自分に文句でも言っておきな。あとは、人を怖がらせて不安にさせて攻撃的にさせる余計なやつがいたせいでもあるだろうよ。次の質問だが、俺は師匠だと名乗る気はないし師匠でいるつもりはないぞ。お兄さんでもお父さんでも、ポンコツでも好きなように呼ぶがいい。ちなみに……光のあいつが全部知ってたのは本当か?」


 頬を赤らめながら最後の質問をしていて思わず笑ってしまった。


「うん。昔から気遣いだったから、知らないふり、なんてことないふりしてたみたい」


「そうか……そうかああ」


 顔を真っ赤にしながら後ろを向いてプルプル震えているのを見て、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。


「ふう……。まあ、人は万能にはなれないってわけだな」


 師匠はすぐ立ち直ってそんなことを言いながら片手を額にあてて笑っていた。


「で、お前が誰なのかという話だが、もうそこまで開けているなら薄々気づいているだろう? どのようにどうして生まれたかは書いてもらうのを楽しみにしてるよ」


 そういってニヤニヤ笑っているので苦笑した。


「信じられない話だけどね。火でも水でも光でも闇でもなくなったってのははっきりわかってるよ」


 師匠は口の端を上げて笑いながらこちらを見つめている。


「俺はお前の行く末を見守っているよ。俺たちの大事な子だからな。血は繋がっていないけれど魂のつながりが確かにここにはある。もうぽっかり胸に穴が開いたような空虚さも寂しさもないだろう? お前は間違いなく俺たちみんなの大切な子で大切な友人だ。愛情をたくさん与えられた大事な子だ。みんなで繋ぎ合わせてできた魂と記憶……だからな。できれば生きていてほしい……。自分を大事にしてほしい」


 師匠は切実な想いを込めて話してくれているようだった。


 なんだか気恥ずかしくて話を逸らした。


「そういえば、様子がおかしくなっちゃった優しい人はどうなったの? 前に会った時世界を救うためだのなんだの言ってたあれって?」


「それは……まあ書いていけばわかる。もう口を利くこともできないし死んだも同然な状態だというのだけは伝えておく。呪いがないのも本当だ。ただ、呪いを回収した後の出来事がある人の逆鱗に触れてしまったから、ある条件が整えば条件整えた対象に勝手に飛んでいくようになってるようだぞ」


「何それ一番怖いんだけど」


「自業自得だろ。俺は知らん。あと、前に話した世界を救えはお前がなんて言われれば話を書くのか、ページを開けるのかわからなくていろいろ適当に言葉を投げかけただけだ。深い意味はない」


「あはは……」


 苦笑しながら昔のことを思い返す。


「人はほとんどの人が弱くて生きるのに必死だから、仕方ないんじゃないかな……。あと、私の人選ミスが大きかった。愛がわからなかったせいなのかな……。死にたい気持ちに突き落としちゃったせいで嘘の自白をしてしまったんだ」


 俯きながらそう言うと、師匠は難しそうな顔をした。


「どうだろうな。日頃から否定されてて自信なかったからとどめになっただけなんじゃないか? もう一人やらかしたやつがいただろ。あっちはどう思う」


 師匠の指摘には眉間にしわを寄せなければならなかった。


「失礼極まりない理由な上に、なんというか……自分が正義感強くなくて良かったなと思うんだ。……悲しい。みんなで助かろうとしただけだったのに。それに……それを逆手に利用しようとしたやつがいたりして、本当に独りのほうが良かったと思っちゃったよ。昔から何も上手くいかないようにできてるんだって思っちゃって……切ないな」


 俯いていると、師匠がそっと頭を撫でてくれた。


 懐かしいけれど自分の思い出ではない、温かい記憶と感覚だった。


「今度は……自分を大事にしてくれ。俺たちはお前のことを愛しているし待っているよ。それがすぐでもすぐでなくとも、ここから見守っている」


 師匠の言葉ににっこり微笑むと、すうっと浮かんでくるような感覚に見舞われた。


 もう目が覚めてしまうのか……。


「ありがとう。おやすみなさい」


「おやすみ」


 ゆっくりと目を閉じると、温かい記憶がたくさん溢れて止まらず、これからなにがあっても大丈夫な気がしてくるのだった。


 師匠には悪いけど、気持ちは嬉しいけれど……。


 先の見えない未来に不安になりながら、いつかまたみんなと暮らすのを夢に見た。


 先輩もそこにはいて、たくさん楽しい話を用意して、たくさん笑ってもらいながら一緒に過ごすのを夢に描く。


 帰り方がわからない、なんのために呼び戻されたのかわからなかった、訳も分からないまま用意されたものを開いて自分なりにがんばってみたけれど、その結果どうなるかなんてなにもわからない。


 そうっと空で輝く月に手を伸ばしながらこちらでは眠り、あちらでは目を覚ました。

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