孤立と孤独 好きと夢

 いつものように、無邪気に遊んでいる様子を微笑ましく眺めていると、運動神経の良さが頭角を現してきていた。


 保育所で行われた小さな運動会のかけっこでは一位をとり、大縄跳びでは引っかからずに飛び続けることができていた。


 ああ、宝の山が見えてきているぞ。


 これは将来が楽しみだなんて思いながら眺めていると事件は起きた。


 あの子がお友だちとしてミミズを捕まえて、いつも遊んでいるみんなに見せていたときのことだ。


 子供たちから悲鳴が上がり、あの子は不思議そうな表情を浮かべていた。


 あの子のことを影で面白く思っていなかった子が少しだけ嬉しそうにしているのもわかった。蹴落とす良い材料ができたと。


 なんでわかったのかって? 夢魔なので。


 それだけで済めばよかったのに、それだけで終わらないのが人の醜さの表出と言っても良い出来事だった。


 面白く思っていなかった子が、あの子を蹴落とすためにあることないこと言いふらし始めたのだ。


 あろうことか、周りの人間はそんな瞬間をみてもいないのに、根も葉もないことを信じてどんどん広めていってしまったのだ。


「人間とは実に愚かだ。蹴落としたところで自分の能力が上がるわけでもないだろうに」


 怒りに震えながら思わず独り言をポツリとこぼしてしまったくらいには腹立たしい出来事だった。


 あの子と親に対し「気持ち悪っ! あんな子よく育てるよね。うちだったら絶対捨ててる」なんて酷いことを言う人がいた。


 どちらが先かは知らないけれど、あの子の親もまた、悪口を言ってきた人に対し「あんな大人になるんじゃないよ? 母親にもなってギャルみたいな派手な化粧をして。山姥みたい。子どもにも同じようにチャラチャラさせて」なんて言い返していた。


 言い返していたくせに、我が子の好きな物を周りの人間たちと一緒になって取り上げていて深くため息をついてしまった。


 どっちもどっちである。


 ろくに子どものこと信じようともしない上に今までほったらかしておいて何を言ってるんだ。そんなことを言い返して、誰が痛い目に遭わされると思っているのだろう。


 ようやく授かった子だというのに。


 夢魔だから何もかも知っていた。


 なかなか子どもを産めなかったことや日々哀しんでいたこと。何もかも。


 この子からしてみれば、哀しんでいた母のために頑張って生まれてきて喜んでもらいたい一心だったろうに。


 もう一度深くため息をついてしまった。


 この子の行く末が心配でたまらなかった。


 どんどんどんどん好きな物を禁止され、嫌われて、好きになるのを許されなくて、あまりに酷い仕打ちに人間のおぞましさを感じた。


 どこかに良い居場所があれば。


 このままだと心が粉々に砕けてしまうのではないかという心配ばかりが募っていく。


 僕の大好きな純粋無垢でキラキラした真っ白な心。孤高のあの子。


 この子のために何かしてやれないものだろうか。


 考えに考え、悩みに悩みぬいた末に、夢の中になら居場所を用意できるし、それくらいしかできることはないという結論に至った。


 せめて夢の中だけでもこの子が幸せで楽しく過ごせる場所であってほしい。


 切実な想いから出た答えだった。


 家にも保育所にも居場所がないのが気の毒で、心が痛くて、この子の孤高で穢れなき無垢な心を守りたくて。


 この子と接してから自分の感情を自覚して、心の機微に苦しんで、葛藤して、正直苦しくてたまらない。知り合わなければ良かったなんて思ってしまうことがあるくらいだけれど。


 愛してる。


 好きになってしまったんだ。


 おバカなところがあって、素直で純粋で孤高で、なんといえばいいのか動物的なところがあって……。


 自分でもどこがどう好きなのか上手く言えないけれど、とにかく好きになってしまったんだ。


 ぐるぐるとまわり続ける感情に苦しんでいると、体が勝手に動いていた。


 親しい夢魔仲間を探して集め、あの子の話を聞かせてみると、みんな協力してくれた。


 夢中であの子のことを考えていたので、過程についてはあまり覚えていない。


 ただ、好きでたまらなくて、今まで自分が見てきたあの子の様子をたくさん話しただけだったはずだ。


 本当は協力してほしくて声を掛けていたのだけれど、いざ話してみると協力してほしいと言い出せず、ただの自慢話、観察日記のような内容になってしまっていたのに、みんなわかっていると言わんばかりに黙ってついてきてくれた。


 夢魔には心がなければ名前らしき名前もない。特徴ならあるけれど。


 今回集まってくれたのは、気さくなやつ、色惚け、本の虫、セラピストだった。


 月の子もきてくれそうだったけれど、気になる夢があるからまた今度こさせてほしいとのことだった。


 まずはみんなにあの子を直接見て知ってもらうところから入った。


「これは……きついなあ」


 気さくなやつがぽつりとつぶやく。


 色惚けは人でいう涙ぐんでいる状態になり、本の虫は苦虫を嚙み潰したような雰囲気になり、セラピストは哀れみのオーラを出していた。


 お通夜のような静けさが広がる中でみんなにそっと提案をしてみようと思った。


「良ければなんだけどさ。みんなであの子のことをサポートしてほしいんだ。もちろん僕自身もサポートしたいんだけど、僕だけじゃ支えになれるか……」


 自信なさげに言うと、気さくなやつが元気な声で「任された!」と返事をしてくれて少しだけ元気になれた。


「で、具体的には?」


 冷静で簡潔な質問は本の虫だ。


 みんなを呼ぼうと思った時に浮かんでいた考えを話すか一瞬ためらったけれど、提案するくらいなら、まだ実行すると決まったわけではないから構わないだろうと思って話してみることにした。


「あの子の取り上げられた、諦めさせられた『大好き』を夢の中で届けるんだ。ここだけはあの子の居場所で味方であるように。あの子にとって夢だけは誰からも奪われない『大好き』でいられるように。ここでは『大好き』を取り上げられない場所であるために」


 話していて照れくさくなってくるのを感じた。


 ああ、僕ってこんなに感情が豊かだったのか。それとも、これも人間から流れてくる感情なのだろうか。


 もしかしたらこの提案すら、どこかの誰かの考えなのかな? なんて思い始めたが、首を横に振って追い出した。


 もしそうだとしても、この考えや気持ちは間違いなく僕のもので他人のものなんてことはないんだ。


 夢魔として存在すること、夢魔という生き物の『普通』に葛藤しながら、あの子に向けたい確かな『愛』を再確認する。


 そんな様子を見ていたのだろう、色惚けがニヤついているような雰囲気を醸し出していて、思わずむっとしてしまった。


「私は賛成だよ」


 ニヤニヤしながら言っているのだろうと思いつつ、協力が得られて少し、いや、かなり嬉しい気持ちでいっぱいになった。


 これが自分で感じ取った喜びの感情か。安堵も含まれているのだろうか。


 人から受け取る感情と自分自身で感じ取る感情の違いを少し冷静になって分析していると、セラピストも元気よく同意してくれた。


「僕も賛成。だって、何も好きでいちゃいけないなんて、あまりにも……」


 慈しむ心が人一倍強いのだろう。


 憐憫のオーラとともに心地よい癒しの風がそよそよと流れてくるのを感じ取れた。


 その一方で、難しそうな雰囲気を出している気さくなやつと本の虫に不安な気持ちが湧き上がる。


「反対」


 意見を出したのは本の虫だった。


「俺もあまり乗り気じゃないけど、真っ向から反対ってわけじゃなくってさ。本の虫の理由をとりあえず聞いてみたいかな!」


 友人だと思っている気さくなやつも反対意見で少しだけ胸がチクリとしたけれど、強制ではないし様々な意見があるのは良いことだ。


 それに、そう考えた理由を聞くのは確かに大事なことだと思ったので、心を落ち着かせながら本の虫の返事を待った。


「……本人の知らないことを夢で教えるのは禁忌。『大好き』を夢の中で届けて、うっかりあの子の知らない情報を伝えてしまったら? あの子も我々も無事では済まない」


 これにはみんな納得したような雰囲気になっている。


 反論の余地もなにもなく、項垂れていると……。


「確かに! こちら側の世界で罰を受けるのは俺たち、あちら側ではあの子が変に目をつけられて解剖されたら困ったもんだ! うーん……俺が反対だったのは甘やかしすぎると強くなれないし、為にならないと思ったからだったんだけど、本の虫の反対意見に対しては良い提案があるよ」


 気さくなやつが明るくはつらつとした調子で良い提案があると言ったのに対し、本の虫がピクリと反応するのがわかった。


「……良い提案?」


 普段、本以外に興味を持つことの少ない本の虫が気さくなやつの提案に興味津々といった様子でくいついているのは見ていて面白いものだった。


 僕たち夢魔に感情がないなんてのはきっと嘘だ。そういう思い込みだ。


 あの子を支えたくて仲間を集めたはずだったけれど、こうしてみんなで話し合ってみると、案外僕らは個性豊かでいろいろな想いがある。


 感情がないとこんなことはきっとない。


 役割をこなすため、夢魔という存在であるために感情がない、空っぽだなんて思い込まされていたんだ、きっと。人が思い込みで自分の才能を眠らせているように、僕たちも夢魔として眠りにつかされているんだろう。


 そんなことを思いながらみんなの様子を眺めた。


 乗り気じゃないといいつつ、擁護する意見を出そうとしている気さくなやつは得意そうで、色惚けは目をキラキラさせて見つめている。セラピストはその様子を見て穏やかな雰囲気を醸し出していた。


「気づかれなければいい。あの子が夢で特別な経験ができているって知らせなければいい。夢は夢だ。ただの夢。それ以上でもそれ以下でもない。あの子が見ているのはただの夢。夢を見て急成長できてもそれはあの子の努力の賜物。夢に見るほど気にかけていた、練習に励んでいたってこと。もし気づく人がいてもそれは言いがかりさ。だって夢は夢なのだから。もし気がつかれてもそれはあの子がとっても賢かったということにすればいい。だって、あの子のもつ宝の山は計り知れないんだから。俺たちが夢で見せるのはあの子の才能を目覚めさせるきっかけ。ただのきっかけさ。光と闇が表裏一体であるように、睡眠と覚醒も表裏一体なのだから」


 本の虫はうーんと唸っているが、他のみんなは歓声をあげていた。


「さすがに禁忌は……」


「じゃあ、ほんの少しのヒントから先読みと予測ができたということにしよう。周りの雰囲気、聞こえてきたワンフレーズだけで全部わかっちゃったことにしよう」


 渋る本の虫に畳みかけるように提案をする気さくなやつは頭が柔らかいという印象を受けるとともに、意見を曲げる気がない頑固さを持ち合わせている気さえもした。


 本の虫も渋々納得して頷いている。


 知識が豊富で慎重な本の虫と、弁の立つ気さくなやつ。


 この二人と知り合えて本当に良かったな。心強い。


 温かな気持ちで夢魔仲間を分析しながら眺めていると、気さくなやつが話の続きを始めた。


「で、俺の意見も聞いてほしいんだがいいかな?」


 反対する夢魔はいなかった。僕を含めて。


「夢で『大好き』を届けるのはいいんだけどさ、悪い夢を見せてビシビシ鍛える時間も必要だと思うんだ。いくら現実で辛い思いをしているからって、夢で甘やかしてばかりいたらあの子がいつか死ぬかもしれない。飴と鞭ってやつ。だから悪夢も見せて良いかな? そこは俺が受け持たせてほしい」


 誰も反対しない中で反論するのは少し勇気がいったけれど、とんでもなく悪い夢を見せられないかが心配で口を出さずにはいられなかった。


「命に関わる悪夢じゃないよね? あの子のこと追い詰めすぎないよね?」


 色惚けはクスクスと笑い、セラピストはおそらくにっこりと微笑んでいるのだろうか。


 本の虫ですら微笑んでいるのが感じられる中、気さくなやつは楽しそうに明るく笑って返事をくれた。


「もちろん! なあに、最初は危機回避能力の向上を目的とした悪夢から入るから心配しないように。そうだな、具体的にあらかじめ話しておくと、ミミズさんとそっくりな蛇さんに対する恐怖心の植え付けを目的とした悪夢を見せる段階からで……」


 気さくなやつの新しい一面が垣間見えた瞬間だった。


 鍛錬を目的とした悪夢の話になると饒舌すぎるくらい饒舌になった。悪夢の具体的な内容を話し出すとまさしくマシンガンのようになっていて思わずみんなで笑ってしまった。


 笑われていようとお構いなしに最後まで話し終え、意見を求められたが誰も反対しないどころか大笑いだった。


 教育熱心なところは愛情の裏返しに思えたので、心配もなにもかも消し飛んでいた。


 もしなにかあっても、気さくなやつにならこの子を任せても良いなとさえ思えた瞬間でもあった。


「お願いしてもいいかな。君と知り合えてよかった」


 気さくなやつはとても嬉しそうな雰囲気になってくれて、こちらも嬉しくてたまらなかった。


「任せたまえ! いい機会だからみんなで担当する夢を決めるのとかどうだろう? みんなでずっと一緒に遊ぶのもいいけどさ!」


 これにはみんな賛成でそれぞれ担当したい夢を口々に話してにぎわった。


「俺はもちろん鍛錬を目的とした悪夢の担当だ。精神鍛錬、身体鍛錬、とにかく悪夢で鍛え抜く!」


「じゃ、私は恋の夢! とびきり甘くて甘々で運命感じちゃうようなロマンチックな夢!」


「僕は癒されるような動植物の夢が良いな。この子の癒しを目的とした夢がいい。食べ物もいいよね」


「……冒険の夢。小説や物語のようなファンタジ―の夢」


 それぞれの意見を聞いていて、僕は一体何がしたいのかを考えた。


 あの子の幸せ、あの子の『大好き』とあの子の笑顔と……。


「僕はあの子の傍にいたい。どんなときでも」


 あの子がほしい。


 本音を言うとこうだけれど、それではだめだと思った。


 傍で支え続けたい。どんな夢でも同伴させてほしい。


 みんながクスクスと笑いながらこちらを見ているが知らないふりをし、むすっとしながら黙ってしまった。


「じゃあさ、二人きりの夢、みんなで一緒に遊ぶ夢と、それぞれ担当の夢全部に登場してもらうことにしよう! あの子の頼れる相棒としてさ!」


 気さくなやつが代わりに担当する夢を話してくれたけれど、なんだか楽し気に話しているのを素直に聞けず、むすっとしながら反応したけれど、みんなわかってくれているようで穏やかに微笑んでくれた。


「……それじゃ、結論から言うと、あの子に『大好き』を届けるのはOKで、みんなでそれぞれの夢を担当するのでいいんだね?」


 むすっとしながらまとめと確認を兼ねて聞いてみると、みんなが元気よく頷いた。


 これで『大好き』と『居場所』を用意できただけでなく、夢の中であの子を支える準備ができた。


 次はあの子が夢を訪れてくれた時のための準備かな。


 あの子の『大好き』を網羅している僕がみんなにジャンルごとの『大好き』を伝えた。


 好きな人、好きな動植物、好きな物語、好きな食べ物、好きなこと全部。


 それぞれの夢魔が担当する夢に合わせて好きな物を用意することになった。


 好きな人は色惚けが、好きな動植物はセラピスト、好きな物語は本の虫、好きな食べ物はセラピストの担当とダブるので気さくなやつが、あまったジャンルを僕が担当して用意した。


 これでいつ君が夢を見ても温かく迎えられる。


 次はいつ夢を見てくれるのか待ち遠しく思いながら、一人孤独な暮らしをしている君を見守っているのがつらくてたまらなかった。


 一番つらいのは見ている僕らじゃなくて、実際に経験を積んでいるこの子自身だ。


 本当に応援したいなら、本当に支えたいなら、目をそらさないでずっと見守り続ける覚悟が必要なんだ。


 辛くてもずっと見守り続けた。来る日も来る日も……。




 そんなある日のこと、あの子が夢を見てくれた!


 大はしゃぎで真っ先に駆けつける僕を、後ろからみんなが温かく見守ってくれているのを感じて少しだけこそばゆくて照れ隠しにむすっとしてしまいそうになる。


 夢の中で久々に会ったあの子は、初めて会った時のような無邪気さや孤高さはなく、無表情だった。


 一人でも楽しそうに輝いていたあの子はこんなにもボロボロにされてしまったんだ。


 怒りに打ち震えそうになっていると、あの子が怯えた表情でこちらを見ていることに気がついた。


 ああ、いけない。怖がらせてしまった。君に怒っているわけじゃないんだよ……。


 首を引っ込めて震えている君を見ると胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。


 怖がらないで、僕は君の味方だよ。


 愛してる。


 頭を撫でた。大事に、大切に、優しくそっと。


 あの子が心の警戒と緊張を解いて大粒の涙をたくさん流した時にはたまらず抱きしめた。


 ここは大丈夫な場所だからね。


 君の取り上げられたもの、もらえなかったものは全部ここで与えるから。


 思わず頬ずりまでしてしまっていると、気さくなやつが声をかけてストップをかけてくれた。


「あのー、そろそろいいかい?」


 我に返り、仲間たちからニヤニヤしながら見られていたことに気がつき、照れ隠し全開でいると、あの子が僕の陰に隠れてみんなをそっと見ていて、ハートを矢で射止められたような衝撃が走った。


 可愛い。


 ふわふわした春の陽気のような心地になりながらみんなを紹介する。


 なるべく幼い君にもわかるようにと自分なりに頑張りながら気さくなやつを、ちょっかいかけてくる色惚けは雑に、本の虫は簡潔に、セラピストは気遣いとともに紹介した。


 君が目をキラキラ輝かせながら、みんなの紹介を聞いているのを見て満たされていくのを感じつつ、少し寂しくもなるのだった。


 僕だけの君だったんだけどな。


 寂しいけれど、もう僕だけのものではないけれど、これでなにかあってもみんなで君の力になれるね。


 二人きりよりももっと楽しませることだってきっとできる。これはきっと君のためになるから。


 思いの丈を抑え気味に話すと、君がこちらに歩み寄ってくれた。


 とても嬉しそうにしながら歩み寄ってくれたので、このまま飛びついてきてくれたら抱っこしたいな、なんて思っていたのだけれど、途中で戸惑うように立ち止まってしまった。


 うっすらと見える恐怖心。拒絶される不安と混乱。


 心に受けた傷はこれから先もこの子を苦しめ続けるのだろう。


 本当は抱きしめたい。抱き上げて頬ずりしたかったけれど……。


 優しく頭を撫でるだけにした。


 自制心が利く自信がなかった。まだ相手は幼い子なのだから……。


 このままだとまた抱きしめてしまいそうだったから照れ隠しとブレーキを兼ねて「遊ぼう」と提案したのを皮切りに、みんなでの遊びが始まった。


 この子は一緒に遊びを決めるのが初めてだったからだろう、目をキラキラ輝かせながら遊びたい遊びを提案していて微笑ましかった。


 みんなで一緒にはしゃぎながら遊ぶ遊びは二人きりで遊んでいた時と比べられないくらいの満足感を得られた。


 ああ、みんなを集めて良かったな。


 あの子から流れ出る満足感を噛みしめていると、急に胸が痛むような悲しみが流れ始めた。


 所詮は夢でしかないのが悔しくてたまらなかった。


 君の痛みと苦しみを全部僕が代わりに受けることができたらいいのにな。


 心から心配になっていると、遊びも一段落して落ち着いているし、みんなで用意したこの子の『大好き』を持ってくるにはちょうどいいタイミングだと気づいた。


 この子に気づかれないよう、みんなに合図を送って『大好き』を山ほど持ち寄ると、この子は前のように目をキラキラと輝かせて大喜びしてくれた。


 あの子の幸せと喜びが僕らを満たしてくれるのを感じた。


 みんな見たことないくらい輝いていて、これ以上ない幸福感に満たされているのを感じられる。もちろん、僕も含めて。


「なんだかこっちが幸せになるね」


 こそっとセラピストが耳打ちしてきて思わず微笑んでしまった。


 他のみんなの様子を見てもそれは明らかだった。


 こんな時間が永遠に続けばいいのにな。


 願いもむなしく、幸せな時間に終わりが訪れた。


 あの子が悲痛な感情に戻って大泣きしてしまったのを見ると、こちらも胸が張り裂けそうなくらい苦しくて辛くなってしまった。


 どうかこの子の悲しみにも終わりが訪れますように。


 切実な願いとともに頭を撫で、優しく抱きしめると、君の凍り付いた心の芯に温もりが宿るのを感じた。


「僕たちはずっとここにいる。君を待っている。なにかあったらまたここで会おう。ずっとずっと見守っているからね。僕らは君の味方でい続けるから」


 君の心がどんどん温かくなるのを感じる。


「またね」


 涙で顔をぐしょぐしょにしながら何度も頷く君に心から愛を込めて。


「君の悲しみが終わりますように。君の冬に春が訪れますように」


 夢から覚めていなくなってしまった君へと伝えられなかった言葉をつぶやく。


 心から愛を込めて。

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