第13話 ヘパイストス第三遺跡へ出発です

 集合の鐘までまだ少し時間があるため、この世界の宗教関連の知識を美砂とすり合わせた。


「まず、この世界には女神がいて、それが主神として崇められていると言っていたよな?」


「うん、女神アフロディーテだよね」


「だが、元々の主神はハスートという名前の神で、主神ハスートは邪神ボールドと戦い相打ちになった」


「そうだね。主神ハスートと女神アフロディーテ、魔神パンチローザの三神が協力し、邪神ボールドを消滅させ、邪神の眷属達もヘパイストス遺跡に封じたってことだったよ」


 ヘパイストス遺跡の封印も長い時を重ねたため、もう間もなく眷属達は消え去るだろうと言われている。遺跡はこの国にもあり、遺跡自体に入ることは容易だが、封印の間には誰も入れないようになっているとのことだ。


「それで、主神の後釜に入った女神アフロディーテが言うには、魔神パンチローザが邪神の呪いを受けてしまい悪神になっていると」

 

「うん。魔人族の信仰を得て力を増している魔神に対抗するため、女神は人間の祈りを求めていて、人間の国では朝晩の鐘の時刻に祈ることが義務付けられているって言ってた」


 魔力を求め、魔力で力が増すのか。それって人間と同じ次元上に存在していないか?


 公爵領で呉服屋の魔法少女ハゲマッチョが言ったと思われる『遺跡へ行け』という言葉も気になる。まだまだ情報が足りないな。


 真剣に考えていたのだが、魔法少女ハゲマッチョが言い放った『プンプンポヨ』を思い出し笑ってしまったので、美砂に変な目で見られてしまった。


 そんなこんなで集合時間として設定していた鐘が鳴ったので、約束通り宿屋の前に集合した。


 何事もなく全員揃ったので、シャルルの案内で冒険者オンのいる酒場へ向かった。


 酒場に付くと、冒険者らしき人間で店は大繁盛しており、なかなかに汗臭い。これでは食事の匂いなど分からないのではないだろうか。


 シャルルが店内を見回すと、カウンター席に冒険者オンがいたらしい。案内してもらうと、冒険者オンは本当に冒険しているか疑問に思うほど恰幅の良い中年男性であった。


「こんばんは、俺は熊井理と言います。冒険者のオンさんでよろしいですか?」


「いかにも、私がマーライ・オンだ。何か用かね?」


 ん?今なんて言ったこいつ。何か気になったような気もするが、話をそのまま進めることにした。


「なんでも、この辺ではあまり見かけない商人を見たとか」


 俺は冒険者オンの手元に銀貨一枚を滑らせた。


「ははは、君は若いと見えるのに情報屋の使い方が分かっているね」


 情報屋?そうかそういう働き方もあるのか。だが、冒険者の含意が広すぎではないだろうか。


「この銀貨を使ってお酒の飲み比べをしよう、もし私に勝てれば、あの黒服の商人について情報を教えようじゃないか」


「俺は未成年でね、お酒はまだ飲まないんだ。代役を立てるけど構わないか?」


「もちろんだ、私はB級冒険者マーライ・オン。人を見て勝負など決めないよ」


 コイツ!なんだと!?まさかその名前で飲み比べをするなど、正気か!?


「エドモン頼む」


「そんなに強くありませんが、やりましょう!」


「いや、多分大丈夫だ。名は体を表すと言うからな」


「良くわかりませんが、勝ちますよ!」


 居酒屋は異様な熱気に包まれていた。周囲で飲んでいた冒険者らしき人達も先ほどのやり取りを聞いていたのか、エドモンとオンを囃し立てる。

 

 マスターがため息をつきながら二人にジョッキを用意し、受け取った二人は互いにジョッキの飲み口をコツンとぶつけた。乾杯の合図であろう。

 

 ジョッキを握った二人はお互いの動きを確認するように、ゆっくりと口にジョッキを近づける。そして、互いの口にジョッキがついたことを確認したその瞬間、二人は一気に呷った。


「プハァッ!」

 

 エドモンが先に飲み終わり、冒険者オンのジョッキを見ると酒は全然減っていなかった。


「ふっ!お前さんやるじゃないか。わた、私に、あ……ちょっと待っていたまえ。マ、マスターいつもの」


「あいよ、てめーは二度と酒を飲むな」


 そう言って、マスターは冒険者オンにバケツを渡す。これから何が起きるか把握した俺たちは、バケツを持って裏に引っ込む冒険者オンの背中をなんとも言えぬ顔で見送った。


「ふぅ、待たせたね。それで?飲みすぎた次の日の対処法を知りたいんだって?」


「言ってねーし、だとしてもお前には聞かねーよ。黒い服を着た商人の場所を教えてくれ」


「そうだったね、この街の北東にあるヘパイストス第三遺跡を拠点にしている怪しい人影を見つけてね。少しつけて情報を探ったんだが、どうやらマヤクがどうの、飴の在庫がどうの、と話していたよ」


「そいつでほぼ間違いなさそうだな」


 俺は追加で銀貨を一枚、冒険者オンの手元に滑らせた。


「情報感謝する、それで良いミルクでも飲んでくれ」

 

 有益な情報を得られた俺たちは、宿屋で夕食を済ませ、その日は寝ることにした。


 翌朝、数日分の食料などを買い込み、ヘパイストス第三遺跡へ出発した。


「ほ、本当に走っていきますの?」


「ああ、人が増えたから馬車には乗り切れないし、訓練にもなるから丁度いいんだ」


「私のために、申し訳ありません」


「俺の技は身体強化だけだからね、基礎となる筋肉は鍛えておいた方が強くなるんだよ。身体強化をしながらでも少しずつは筋肉が付くみたいだし」


「でも、馬車を牽引してるのは魔物馬だし、自転車でちょっと飛ばしてるときと同じくらいのスピードだよ?それに、速度からのざっくり計算でも遺跡まで二百キロはあるよ?」


「んー、まあ大丈夫じゃないかな?長時間の身体強化でスタミナが無理そうなら、オーバーライドで先に走っていけば三十分もかからないだろうし」


「そっかあ、それだと時速四百キロ以上だねー。新幹線より速いと、向かいの馬車とか轢いちゃうんじゃないかなー」


 あれ、なんか美砂が投げやりな感じの反応だ。

 

「あなた達、無茶苦茶言ってますわね。生身の人間が馬車を轢く心配ってなんですの?」

 

「ルウ殿と対等に戦える時点でオサム殿は人間をやめています。今更気にすることではないでしょう」


「熊井様は大変お強いのですね。おや、ただ走るだけでなく、何かステップを刻まれているようですね」


「オサム殿!前!前!」


 酷い言われようだな。確かに地球でこんなことしている奴がいたら俺もツッコミを入れたと思うが、ここは魔力のある世界だぞ?魔力をしっかりと使いこなせば普通だと思うのだが。


「オサム君!前見て!」


「前?ん?」


 しまった!


 足運びの練習に集中して前を見ていなかったので、何か大きくて弾力のあるものとぶつかってしまった。


 俺が慌てて立ち止まると、ぶつかった大きなソレは十メートル程吹っ飛び上手く着地したものの、糸の切れたからくり人形のように膝から崩れ落ちた。


「お、オークを轢き殺しましたわ」


「あれはオーク、ですね。見間違いではないのでしょう」


「熊井殿は轢いた後も何が起きたか分かっていませんでしたね」


「オークって、僕はCランク魔物だって聞いたと思うけど」


「ええ、その通りですわ。ちなみにCランク魔物は、歴浅の騎士達が四人で囲んで同格と見なされています。同格ですからつまり相打ちですわ」


「私もオークはソロで討伐可能ですが、武器は必須ですし瞬殺などできません。ましてや走っていてぶつかっただけで絶命させるなど」


 あ、危ないから馬車の後ろを走ろう、そんな決意をした移動初日であった。


 本日の休憩場所に到着し、オークさん轢き殺し事件がどれほど凄いことなのか熱弁された。


 冒険者ギルドには冒険者ランクがあり、『F、D、C、B、A、S』の六段階に分けられるそうだ。魔物の強さを基準に決められたランクであるため、そのランクの魔物と同格の強さがなければ昇格はできないらしい。

 

 Cランク魔物に余裕をもって勝てるBランクパーティはとても希少で、大きい街ごとに二組程度、Aランクパーティともなれば世界に三組しかいないとのことである。


 俺の強さは、おそらく単身でBランクには相当しているであろうということだ。マーライ・オンと同じなのか?腹出てたぞ?


「冒険者ランクは偽造しても構わないのです。身分証ではありませんし、身の丈の合わない仕事を受けても自滅するのは自分ですから、基本的にメリットなどありませんがね」


 疑問が顔に出ていただろうか、エドモンが説明してくれた。

 

 それより、俺と同格と想定されるBランク魔物のオーガは、オークをソロで倒せる四名が囲んで同格になるそうだ。つまり、オーガを一体とエドモンが四人で差し違えることになる。


 どう考えても魔物の強さが優位過ぎるな。そんなことを考えていると、エリーズが補足してくれた。


「治安維持は基本的に国や領主の仕事ですから、定期的に騎士団を派遣することで魔物を減らしていますの。根絶は難しいので、冒険者ギルドでも討伐をしてくれているのですわ」


「以前、ランバート公爵領でオーガが出没ときは、盾持ちの騎士団で囲い、魔法師隊の集中砲火で倒しましたね」


 なるほど、数で殲滅するのが基本らしい。

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