第8話 オーバーライドの開発です
翌日、どうやら公爵とのお話しは夕食頃になるとのことで、昼間は師匠となる予定の可愛らしいウサギさんが稽古をつけてくれるらしい。
俺は、美砂やエリーズ隊長とともに訓練場に来ている。
訓練場を見回すと、中々広い運動場のようだ。広めのサッカー場くらいはあるんじゃないだろうか。
まだ師匠は来ていないようで、少し暇が出来たので雑談する。
「昨日ばったり会っちゃったんだけど、可愛らしいウサギさんなのに凄い毒舌なんだよ」
「えー、僕も会いたかったなー。トゲトゲしてるのもギャップが可愛いと思う!」
「あなた達、そんなこと言って知りませんわよ?英傑ルウ様の噂は王都にも届いていますが、とても厳しい方だそうですのよ?」
しばらくすると昨日の毒舌ウサギが来た。本当にこの人が師匠になるのだろうか。
「よう、可愛いウサギさんに用があるらしいじゃねーか。てめぇは特別に個別で修行つけてやるよ」
可愛いは褒め言葉なのに、この人は気に食わないのだろうか。とても機嫌が悪そうなので、必死に言い訳を考える。
「いえ、探してるのは可愛いウサギさんなので、あなたではないです」
「気に入った、いい根性してやがる」
あれ間違えたかな、と思ったら目の前からウサギが消え、首筋に衝撃を感じる。
その後、ズサッという音が聞こえると同時にベッドから落ちた様な衝撃があり、
「てめぇいつまで寝てやがる、さっさと起きろ!」
「イテ!ん……。えっと、ここは?」
「あん?荒野だよ。あんな狭い所じゃ戦えねーだろ」
「いや、全然ついて行けてないですけど、戦う?狭いってあの訓練所……」
起き上がりながら状況を確認しようと思ったら、またウサギが消えた。
「ぐぉぇぇ……」
腹に今まで感じたことの無い強烈な衝撃を受け、唾液が止められない。腹、腹、残ってる?穴空いてない?
「おせえ、やる気あんのか?」
「ま、待って、説め」
今度はウサギがブレたと思ったら、正面から首を掴まれている。
「てめぇ、まさか殺されねぇとでも思ってんのか?」
ブルッと、全身が総毛立つほどの恐怖を覚えた。この世界、可愛いって言っただけで殺されんの!?
もはやこのウサギの目的は関係ない、対処しなければ死ぬ、それだけだ。
考えろ、何故消える。距離は十メートル近くあったはずだが、先程のブレを鑑みるに高速で動いていると考えられる。
生身で
殺されまいとするため、必死に頭を回転させ魔力視を発動したが、その瞬間投げ飛ばされてしまった。
ジェットコースターを思い起こさせるようなGを身体に受けながら、固い地面に何度も打ち付けられ転がったが、なんとか後頭部は守れた。
勢いは止められず随分と吹き飛ばされたように感じるが、身体中が痛いおかげでなんとか意識は保てており、吹き飛ばされた方を魔力視で見る。
振り返った時には、ウサギが既に俺の頭を掴んでおり、俺を無理やり持ち上げようとしている。モゲる、首がモゲる。
「てめぇはもう死ぬ、あまりにも惨めだから遺言くらいは聞いてやるよ」
全身から汗が噴出するような感覚に襲われる。こんな所でわけも分からず、このまま殺されてたまるか。
よく見えた。コイツは筋肉や骨、内臓に至るまで魔力によってコーティングしている。身体の仕組みを
だが俺はこの世界の人間とは違って、身体の仕組みを
動物と人間では、元の筋繊維強度が違う分、同じ魔力運用では絶対に勝てないだろう。
なら俺は筋繊維、神経細胞に至るまで三十七兆個の細胞を全て魔力でコーティングしてやる。
脳が焼き切れるようでは本末転倒だ、まずは脳の強化からだな。よく分かる、シナプス、電気信号全てが強化されそうだ。脳が焼き切れないか、大丈夫だ、それももう分かる。
ただで死んでたまるかよ。
「遺言はてめぇが用意しろ!
全力で殴り飛ばすと、ウサギは勢いよく飛んでいく。
ははっ、すげえ威力だ。
ウサギは五十メートルほど先の岩山にぶつかり、岩山が欠けたと思ったら、蹴り返してこちらに飛んでくる。
こちらに向かって飛んでくるウサギが、今度はよく見える。身体も思い通りに反応することが分かる。
全力で地面を蹴り、空中のウサギにドロップキックをぶち込むが、吹き飛ばしながらも両手で受け止められた。足を掴まれて、着地と同時に岩山へ叩きつけられる。
数回叩きつけられ、大地が破壊されるような音が耳に響くが大した痛みは感じていないことに気づき、足を掴んでいるウサギの手を叩き払う。
素人ながらに手、足と連続で攻撃を繋げる。どうやら速度はこちらが速い分、技術の拙さは補えているようだが、どうにも上手く捌かれてしまう。
一度離れて仕切り直すと、何故か分からないが身体の感覚がこれで最後だと告げている。冷静になり、両の足でしっかり地面の感触を確かめた。
全力を出すって楽しいんだな。もっと、いや……。
振り返り、全力を出させてくれたウサギを見ると、ニヤッと口が裂けそうに笑っており凶悪な顔をしている。
正面から全速で突っ込み、右ストレートを入れにいく。くそウサギは避けもせず未だニタニタしている。
イラつく顔をそのままぶっ飛ばそうと思った時、ウサギの右耳が俺の顎にクロスカウンターを合わせてきた。
その耳、使えるのかよ…………。
――*――
英傑ルウ(ウサギ獣人)の回想。
「おい、てめぇ誰だ?」
なんだこの女、一体いつからここにいやがる。屋敷の警備はどうした?
「愛らしい見た目でその口調はいただけないね」
「知っていると思うが、ここはランバート公爵邸だ。侵入者は排除する」
「君には幾つかお願いしたいことがある」
ふざけた野郎だ、手刀で首をはねて即殺だな。
『ガキンッ!』
なっ!なんって硬さだ。なんだこれは、鋼鉄?いやそんなもんじゃない。
「なんだい。君はウサギだと思ったら猿だったのかい、会話をする知能もないのはとても残念なことだよ」
「てめぇ」
「それにしても、その程度の力ではダメだったかな。まあいいや、君は脳筋そうだしダメ元だけど言うだけ言っておくよ」
「お前はナニモンだ?」
「いいかい?今から約十年後だが、ここにとてもとてもカッコイイ男の子が現れる。この世界では珍しい黒髪黒目だからすぐに分かるだろうさ」
「おい、聞け!てめぇの方が会話になってねえだろうが!」
「その男の子を、君が君の思いつく最短で鍛えなさい。そうしないと、ここに住む猿たちは一瞬で燃え尽きることになるよ」
くっ、なんっつー殺気だ。そんで、もういねーし。なんだったんだありゃ、黒髪黒目だと?伝承の勇者のことか?
――あの出来事からちょうど十年
カッコイイかどうかは知らんが間違いない、黒髪黒目、コイツだ。
なんだ?全然弱っちぃじゃねーか。あのバケモノが何に期待したんだかしらねーが、このまま死ぬんじゃねえのか?
「遺言はてめぇが用意しろ!
いつつつ、人族のくせに身体強化だと?結局コイツもか。凶悪な顔して笑ってやがるぜ、そんなに楽しいか?殺し合いがよ。
これで、最後だ!
――*――
「知らない天井だ」
「オサム君!いつか異世界で言ってみたいシリーズを先に越されたのは悔しいけど、心配したよ!」
「美砂。俺は……。はっ!くそウサギはどこだ!?」
「ここだ」
「てめぇ!イテテ……」
「一つ言っておく。お前はやべぇ女に目をつけられている。こっちの都合もあっからな、最速で強くしてやる。女、治せ」
「あ?何言って」
「私の名前は美砂です!『ヒール』」
「よし、行くぞ。美砂もついてこい」
「はい!」
「え、まっ、え?意味分からないの俺だけ?」
また、さっきの荒野にやってきた。夢のような出来事だったけど、この破壊後は覚えている。
「そろそろ説明してくれないか?」
「こっちだって知らん、てめぇが変な女に目付けられてっから悪ぃんだよ」
「だから、それを教えてくれ。そもそも俺はこの世界にきたばかりだし、恨みを買うようなこともしていない。本当に俺の話しか?」
「まぁそれでやる気出すなら説明してやる。十年前にイカれた女が現れた。十年後に来る黒髪黒目の男を最短で鍛えないと、街の人間を燃やすってよ」
「黒髪黒目の男ってのは珍しいのか?」
「少なくともこの300年間では、伝承の勇者だけだな」
「俺か京介で確定だな」
「僕もそう思う、それに多分……」
「勇者が召喚されることは十年前から知られていたのか?」
「女神様の信託が下ったのが数ヶ月前だ、十年先の勇者召喚なんて、女神様だって知らねえだろうよ」
「じゃあ、その女はなんなんだよ」
「だから言ってんだろ、やべぇ女とお前の問題に巻き込まれてんのはコッチなんだよ!迷惑かけねぇでさっさと強くなれ」
「全くもって納得いかないが、事情は分かった。何をすればいい?」
「古今東西、鍛え方なんてのはそう変わらん。自分より強いヤツと徹底的に戦えばいい。それに、圧倒的な暴力があれば大抵のことは解決するもんだ」
うへぇ、夢に出てきそう。また凶悪な顔してやがるぜ。
「それじゃあ、お手柔らかに」
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