第5話 ランバート公爵領へ出発です

――*――

 国王の公務室にて。(国王視点)


「先程エリーズ隊長からも報告は来ていたが、今日だけでいくつ新しい魔法が出来たのだ?」


 宰相のジハァーウは改めて資料に目を通した。


「成功したのは三つですね。それ以外にも、魔法で金や海も作ろうとしていたようですが、失敗したそうです」


「そんなものを作れてたまるか!」

 

 つい、誰にともなくツッコミを入れると、ジハァーウが零す。

 

「魔法は使えないという話しですが、明らかに傑物の類ですね。それも特上ものでしょう、なんせ理解が及びません」

 

「力のない鬼才か。勇者でもなさそうだし、狙い出す輩が出るだろうな」


「伝承でも、勇者は剣に長けたと言われますが、魔法もかなり使えたそうですからね」


「ふむ。本人の意向次第だが、ランバート公爵領に逃がす手が有効か」


「英傑に守らせるのですね?」


「ああ、もちろん本人次第にはなるのだが」

――*――


 新たな魔法の考案から数日経ち、召喚初日と同じように謁見の間で話すこととなった。

 

「先ほども説明した通り、基本はこの国にいて防衛に当たって頂くことになる。どうだろうか、魔人族から国を守る戦いに、魔王討伐に協力してもらえるだろうか?」


 ベランジェ王の格式ばった話しが済み、こちらが回答する番になる。

 

「俺は協力します!」


 京介が勢いよく返事をする。


「京介君は刀が好きで、刀鍛冶の技術を持った工房で鍛冶修行したいから絶対守りたいんだって」

 

 初日との変わりように驚いていると、美砂がこっそり教えてくれた。確かにそんなようなことを聞いた気もする。


 「俺は……」


 と、少し迷いながらも答えようとした時


「熊井殿、我々は勇者が恐らく九重京介殿だと思っている。九重殿の返事を頂けたことで、熊井殿や東部殿には自由な選択肢も提示したいと思っている」


「つまり、厄介払いということで?」


「違う、違うのだ。支援はもちろん続けるが、どうであろう、ランバート公爵領へ行ってみないか?」


「ランバート公爵領、ですか?」


「我が国の英傑がおるのだが、彼女は獣人のため魔法が使えない。もしかすると熊井殿が強くなるヒントもあるのではないだろうか」


「なるほど。魔法を使えない俺が強くなるには、同じ境遇の師匠が必要ということですか」


「我らも情報は探す。だが、元の世界に帰るため人族の未開拓エリアへ赴くにも、戦う力は役に立つはずだ。彼女なら力になれると思う」


 何か思惑のようなものを感じるし、口車に乗ってしまうのも癪ではあるのだが、有効そうな一手であるのは間違いなさそうだ。


 そして思惑も、何やら罠に嵌めるためのものでなく、こちらを守ろうとするものだろう。狙われる理由は分からないが、もしや危険なのか?


「分かりました。ランバート公爵領でお世話になろうと思います」


「そうか、では後ほどランバート公爵を紹介しよう」


 少しホッとしたような態度でベランジェ王が答える。


「ぼ、僕もランバート公爵領に行きたいです!」


「美砂は王都にいた方が安全だと思うぞ?道中だって危険はあるだろうし」


「そ、そうかもしれないけど、でも、せっかく……」


 喋りながら、後半もじもじし出してしまった美砂を見て、京介がフォローに入る。

 

「こっちは剣術だって使える。オサムに魔法のコツを教わったし、回復魔法だってあるから安心だ。だから、俺は魔法を使えないオサムが心配だよ」


「そ、そうだよね!僕は回復魔法が使えるから、何かあったら回復してあげることもできるよ!」


 美砂はなぜか自分のプレゼンを始めてしまった。正直一人旅の方が気は楽なのだが、確かに


「分かった。まあそもそも俺が決めることではないんだが、一緒に行こうか」


「うん!」

 

「まとまったようであるな。では勇者の九重京介殿は王都に残り、熊井理殿と東部美砂殿はランバート公爵領へ移動することとする」


 これで無事閉会となり、その後の公爵との面会も無事に完了。次の日には公爵領へ移動することになった。


「京介君、この前は後押ししてくれてありがとう!戦いがあっても無理しないようにね!」


「分かってるよ。そっちこそ、誰に何を遠慮してるんだか知らないけど、いろいろ頑張りなよ」


「え、な、な、なにを言ってるのかにゃあ?」


「ふっ」


 京介が美砂をからかって楽しんでいる。召喚されてからそこまで日数は経っていないのだが、随分仲良くなったもんだ。やはりイケメンは一味違う。


「京介、行ってくるよ」


「ああ、いってらっしゃい」


 本日は雲一つない快晴だ。暖かい日差しが優しく広がり、柔らかな風が肌を撫でるように通り過ぎていく。


 ――王都を出て、数日経った。


「エリーズ隊長、こないだ謁見の間で聞けなかったんだけど、英傑って何?」


 公爵領への移動だが、エリーズ隊長もついて来ることになっていたようだ。なんでも魔法開発に感銘を受け、護衛メンバーに志願したらしい。


「英傑というのは、十年前の戦争で人知を超えるほどの活躍を見せた者達ですわ。三名おりますので、三英傑とも呼びますの」


「三英傑か、ランバート公爵領にいる人はこれから会えるからいいとして、他の二名はどこにいるの?」


「一人は他国ですが、もう一人は王城にいましたのよ?私のいとこなのですが、王立魔法研究所の所長をしておりますの」


「へええ、魔法研究所ということは魔法に詳しい人なのかな?人知を超えるほどの魔法ってのは気になるね」


「あまりいい噂にはなっておりませんので大きな声では言えませんが、毒ガス魔法というものを作り、沢山の魔人族を屠ったと聞きましたわ」


「毒ガスか。確かに、敵だけでなく味方や土地へのダメージもあるだろうし賛否両論だったろうね」


「いいえ、敵の魔人族にだけ絞った魔法だったのですが、その魔人族への効果があまりにも凄惨だということで禁術指定されてしまいましたの」


「対象を魔人族にだけ絞った毒ガスか。その所長は間違いなく天才だな、一体どうやって……」


「ええ、ですが気になることも」


「気になること?」


「はい。その子が言うには、森を行くお姉さんに貰った魔法を発動しただけだ、と」


「色々気になることがあるけど、魔法を貰うってのは?」


「どうやら魔石に魔法が付与されていて、魔力を込めて呪文を唱えるだけで、魔法が勝手に発動したということなんです」


「そんなことが可能なの?」


「いえ、まだ実現出来ていない技術なので、手柄を断るための方便だろうと判断されていますわ」


「まあ今まだない技術では流石に真実とは認められないだろうね。ちなみに、なんていう魔法だったの?」


「そうですわね。ええと、確か『マスタードガス』だったかと」


 マスタードガス、だと?


 硫化ジクロロジエチル、毒ガス史上一番多くの命を奪ったとされる化学兵器の王様だ。戦争オタクじゃない俺でも知ってる毒ガスだが、地球でもそれは二十世紀になってからの話だったはずだ。十五世紀前後のこの世界の人間では決して思いつくものではない。


 他にもいるのか、召喚者が。


 しかも、聞く限り人族と魔人族は同じ二足歩行の哺乳類であり、姿かたちはとても似ているという。遺伝子情報もかなり近い存在だぞ?


 どうやって化合物の効果範囲を魔人族に限定したんだ。そんなの、遺伝子レベルでそれぞれの種族を解析しきってないと無理なんじゃないのか?

 

 森を行くお姉さんか。


 魔人族に恨みはありそうだが、マスタードガスなんて言ってる時点でそいつは確実に地球人だと思うし、頭が狂ってる上に天才過ぎる。


 よっぽどの天才……。いや、まさかな。


「その森を行くお姉さんの特徴は何か聞いていないだろうか?」


「いえ、特には。そういえば十年前、その女性に出会った頃から所長は人が変わったように研究を始めましたわね。なんでも研究者の完成形たる女性を見つけた、と」


 そうか。それでも十年前ならあり得ない……か。


「ねえねえ、それって不破さんじゃないよね?」


 俺が薄っすらと思っていたことを美砂が聞いてくる。


「俺も思ったんだが、流石に違うだろ。十年前なんてあいつ八歳だし、流石にこの世界にもこれないだろ」


「それなんだけどさ、こっちに来る時間はズレがあるらしいんだよね」


「どういうことだ?」


「こないだ雑貨屋でオセロを見つけて、三百年前の勇者が作ったって言ったでしょ?」


 え?そんな話し全然聞いてなかったけど。聞いていなかったことがバレないように、一応聞いていた風に相槌をうった。


「聞いてなかったんだね……。それでね、僕はおじいちゃんが茨城県の水戸市に住んでて、オセロの発祥地だとかで知ってるんだけど、オセロっておじいちゃんが生まれた年に出来たんだって」


「つまり、三百年前の勇者は現代人?」


「うん、そうだと思う。だからもしかしたらって」


「賢音がこの世界に?あり得る、いやあり得るのか?俺たちとは別口で同時に召喚なんて、いや逆か?」


 答えの出ない思考の渦に入りかけたとき、王都から公爵領に向かう中間の村に着いた。今日は一晩泊り、食料などの調達なども行うらしい。

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