第2話 ルロワ王国というようです

 ジェンダーレス。そう、ジェンダーレスだ。


 振り返っても状況が分からず、どうしても魔法少女ハゲマッチョに目がいってしまう俺は、なんとか視覚情報を咀嚼しようと試みる。


 飲み込むのに時間がかかっていると、何かザワザワしていることに気がついた。


「三人もいるぞ」

「勇者は一人のはずでは?」

「不吉だ」

「へ、変態がいるよ」


 うん、やっぱり気になるよね。耳を澄ましていたので、後ろにいる美砂の声も拾ってしまったらしい。


 どうやら手違いもあるらしいが、勇者ということは魔王を倒してくれパターンかな。それに神託か……、神の声を恒常的に聞ける世界なのか。


 西洋甲冑たちが下がったことで心に少し余裕が出来たため、俺たちの置かれた状況を色々と考えてみた。


「ようこそ異世界の勇者様方、ここはルロワ王国、余は国王のギラウト・ルロワである。まずは、皆の名前を教えてくれぬか?」


「俺は、熊井理といいます」

「僕は、東部美砂です」

九重京介ここのえきょうすけです」


 そうか、九重京介だ!クールな二枚目が大人気でファンクラブまである、うちの高校のアイドルだ!


「うむ。では、召喚させて貰った理由を端的に話そう。魔王を倒すために力を貸してもらうようほしい」


 その内容は、あまりにも想像通りだ。


 曰く、数十年前に新たな魔王が誕生し人族領への侵攻を画策している。曰く、女神アフロディーテからの神託で勇者召還を行った。


 物語としてはありきたりな設定であるため驚きはなかったが、自分たちを守るために、気になることを聞くことにした。


「いくつか質問させてもらっても?」

 

「突然呼び出されたのだ、分からないことばかりであろう、こちらの分かる範囲で答えよう」


「ではまず、魔王は勇者にしか倒せないのでしょうか?少なくとも私の感覚的には戦う力など無い気がします」


 手をグーパーし身体を少しだけ動かしながら、自分の身体に変化が無いことを確認する。


「三百年ほど前の文献では、勇者殿は戦い方を教えるとすぐに強くなったとされる。そしてしばらくで、この世界の人間では敵わないほどの強さを得たと言われている」


 勇者の必要性は誤魔化されたな、問い詰めるのは避けたほうが無難か。

 

「先程、どなたかの声で聞こえましたが、勇者は我々の内の一人なのですよね?誰が勇者なのでしょうか?」

 

「訓練を開始すれば、分かるであろう」


「勇者ではなかった場合、元の世界に帰して頂くことはできますか?」

 

「悪いが、現状手立てはない」


 予想してた通りではあるが、何をするにもまずは情報がいるな。

 

「そうですか。勇者でないと戦うのは難しいと思うのですが、我々の生活はどのよう補償してもらえますか?」


「三名とも勇者として給金も払うし、王宮に住んでもらっても構わない」

 

「それは、魔王と戦うことを拒否しても条件は変わりませんか?」

 

「できる限り、支援することは約束しよう」


 なるほど、勇者でなければ待遇は悪くなりそうだな。無一文で追い出されることなどは避けたいが……。

 

「まずはお互いのために、誰が勇者か判別しませんか?」


 ここで判明させるリスクもあるが、知らなければ先に進まないだろう。


「そうだな、我としては助かる。東部殿と九重殿は質問などはないか?」


「あの、本当に帰ることは出来ないのでしょうか?僕、家族にお別れも言えてないし、急いでたから朝行ってきますも言えてない……」


「すまない。だが、人族が未開拓の地域も多い。あくまでも今の段階では……。いや、正直難しいと言わざるを得ないと言っておこう」


「そう、ですか……」


「九重殿はよろしいか?」

 

「え……?あ、俺は……大丈夫です」


「では、この場はこれで閉めよう。こちらとしても想定外の自体でな、熊井殿の提案通り、まずは誰が勇者か見極めさせて欲しい」


 どうやら召喚者が三人いたのは向こうにとってもイレギュラーだったようで、日を改めてこの会合?を設けるらしい。


 王様の後に貴族がゾロゾロと出ていき、しばらくすると、謁見の間は俺たちと幾人かの貴族、甲冑を着た騎士が数人だけとなった。


 荘厳な空間ではあるが、人が少なくなると薄暗さが侘しさを感じさせる。広いはずなのになぜか閉塞感があり、息遣いさえ響いてきそうだ。


「宰相のデイヴィッド・ジハァーウといいます。王家からは公爵を賜っています。ジハァーウとお呼び下さい」


 国王様の隣にいた貴族男性だ。


「これから城内の訓練所へお連れします」


「はい、よろしくお願いします」

「お願いします」

「お願いします」


 ジハァーウ宰相が直々に連れて行ってくれるらしい。宰相について謁見の間から訓練所への移動を始める。


 歩きながら召喚者三名で簡単な自己紹介を行い、全員名前で呼び合うことになった。


 城を出ると、まずは左右一面に広がる大きな庭園が目に入る。そして正面には石造りの大きい階段があり、階段下には十数名の騎士が綺麗に整列している。


 下まで降りていくと、

 

「第一騎士団団長アレクシス・デュランド、参じました」


「団長自らすみませんね。話は聞いていると思いますが、訓練所で勇者殿の選定を行います」


「はっ!お任せ下さい」


 城門手前に彩られる大きな庭園、重厚でシンプルなデザインの西洋甲冑に、兜を脱いだことで太陽光に照らされた金髪が風にサラサラと揺らされる。


 景色と相まって、宰相と騎士団長の格式張ったやり取りは、まるでハリウッド映画のワンシーンのようだ。


 今までも分かっていなかった訳ではないが、改めて異世界に来たのだと理解させられた。


 そんなことを考えながら訓練所へ移動すると、俺たちと並行して騎士団も訓練をするようだ。今は素振りをしており、大きな声で数を数えながら揃って剣を振っている。

 

 時々スイングの角度などに指示が入り、全員が同じように動いている様は、とても壮観だ。


 しばらく騎士たちを見ていると、騎士団長が話し出す。


「これから、全員の力を順番に見せてもらおうと思う。既に名乗ったが、アレクシス・デュランドという。アレクシスと呼んでくれ」


「「「はい、よろしくお願いします」」」


「では準備運動で、訓練場の内周を走ってきてくれ、ついでに騎士たちの訓練風景を見ているといい」


 準備運動として訓練場の内周を走り出すと、騎士たちは二人一組で剣の打ち合いを始めた。金属の剣で撃ち合っている、コレは命懸けなのではなかろうか。


 何周か走ると、俺たちには木剣が渡された。


 俺は剣など使ったこともないが、京介は軽く素振りのようなことをしている。重心を確かめているような仕草だ。


 そして、団長から不敵な顔で言葉が発せられる。

 

「順番に、好きなように打ち込んでこい」


 美砂は苦笑いが顔に張り付いたようになってしまった。多分俺も同じような顔になっていたことだろう、そんな俺たちを見て京介が先に動いてくれる。


「よろしくお願いします」

 

「よろしく」


 お互い木剣を構えて挨拶すると、団長はなぜか構えを解く。

 

 それを見て、京介は団長へ一気に近づき、真上から剣を振り下ろす。団長はそれを見てから剣を上に構え、京介の剣を弾き返す。


 弾き返された京介は姿勢を崩されたが、すぐに持ち直し、今度は向かって左側に潜り込み、左下から切り上げるような形で攻撃を続ける。


 団長は剣を脇腹付近に盾のようにして受け止め、自身の空いている左手で京介の首元に手を伸ばす。

 

 団長の手を避けるために京介は飛び退き、距離を取って一息ついた。


「ほう」

 

 団長が感嘆の声を上げると同時に、俺と美砂は目を見合わせた。


「もう少しみたいところだが、九重殿はいいだろう」


「ありがとうございました」


 京介の出番は終わったが、気になることが盛り沢山だ。


「京介は剣道とか習ってたの?俺の知ってる剣道とは違う気がするけど。」


「俺のじーちゃんが古武道の道場をやってて、その道場の雰囲気が好きで結構入り浸ってたんだ」


「はー、これはもう京介が勇者でいいんじゃないか?」


「そうだね。僕、こんな剣とか重くて振れる自信がないよ」


 ひとしきり話しが終わると、団長に指名される。

 

「次は熊井殿でよろしいか?」


「ええ、では」


 重い腰を上げる。


 恐らくこの世界は命が簡単に失われる。病気もそうだが、治安も悪いだろうから野盗などもいると思う。俺には人を殺せるだろうか。そんなことを考えながら、人に危害を加える覚悟を腹に落とし込む。


 そして、京介と同じように剣を顔の正面に構えた。


 しかし、全然しっくりこないことに首を傾げ、落ち着く場所を探す。


 みつけた。今は右手に剣を持ち、右肩で担いでるような姿になっている。完全にヤンキー漫画のソレだ。

 

 しかし落ち着くものは仕方あるまい、と団長に挨拶する。


「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。だが、なんというかそれでいいのか?」


「ええ、分かりませんがひとまずこれでお願いします」


「分かった」


 目を閉じ深呼吸し、目を開いたとき団長に覚悟を決めた。

 

 真正面から近づき、剣の間合い近くに入ると同時に、団長の顔めがけて剣を思いっきり投げつけた。そして、そのまま一気に近づく。


「なっ!?」


 虚を付くことができ、団長は右手に持った剣を左肩の方まで振って剣を弾いた。これで、左からのなぎ払いしかしないはずだ。


 接近すると、想定通り団長は剣を左から右へなぎ払うようにしたが、俺はクラウチングスタートのような姿勢にしゃがんで避けた。頭の上辺りで『ブンッ』という素振りの音が聞こえ、ゾッとする。


 起き上がる勢いそのままに突っ込み、ボディに全力でパンチを入れようとした時、左肩辺りに物凄い衝撃を受け吹き飛ばされてしまった。

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