第3話 隣人の子供

 ザラという少年の歴史は、酷く断片的だ。まだ八歳だし、高熱も今回が初めてではなかった。年柄年中家に居て、両親の手厚い看病を受けていた記憶しかない。


「ザラ、もう寝るの?」

「あ、いや。本読む」

「まあ。本当に本が好きなのね」

「ザラは凄いな。8歳で本が読みたいなんて…俺とは大違いだ」

「似てなくてよかった」

「母さん…」


 魔力無しで産まれた俺だが、談笑する両親を見ていると、何とも言えない気持ちになる。高熱後、以前より数段元気になった我が子を、彼らはこれでもかと溺愛していた。前は熱を出さなくても体力が無かったのだ、無理はない。俺が転生(憑依?)したお陰で、無駄に風邪を引かなかった身体も受け継いだらしかった。


「ささ、今日は何を読むの?」

「これ」

「あー、ザラ。こっちはどうかな。この本は子供には難しいから」


 魔法辞典を奥にしまうジェニファーに、俺は居た堪れなくなった。能無しとなった我が子を傷つけまいとする彼等は、我が子が別人になった事実を知ったらどうなるのだろうか。


「これね。勇者の物語よ。世界中の人が読んでいるの」

「それか?もっと別の…」

「他に無いわ」

「何で無いんだ。この前買ったじゃないか」

「貴方がお水を溢したからでしょう。折角の本がボロボロになって、修理屋のおじさまが凄く困っていた事を忘れたの?」

「あっ…」


 多分、息子を元気づけようとしているのだ。能無しの息子が生き存えるよう、せめて自分達は味方になろうと。


「じゃあそれで良いよ、母さん」

「あら、ザラは大人ね」


 同じような事態が起きたら、前世の家庭はどうだったか。よく言えば放任、悪く言えば無関心だった。多分、非難もしなければフォローもしない。

 だから楽しい家族の思い出といっても色褪せていて、思い出そうとも思えないのだ。

もしかしたら、俺も昔はこうして愛されていたのだろうか。


「じゃあ、お休みなさい」

「おやすみ」

「お休み」


 彼等はこの薄情な息子を持って、幸せなのだろうか。家族の思い出すら思い出さない、能無しの穀潰しを。



 次の日、隣のフリが誘いに来ないのを良いことに、俺はベッドに篭って本を読んでいた。この世界独特の言語に慣れる為、絵本であっても貴重な資料である。

 ザラという少年がある程度文字を覚えていてくれたお陰で、この世界特有の捻じ曲がった文字「リヨン文字」は、殆ど読めるようになった。


「あー、くそ」


 しかしご丁寧に、俺が一番読みたい本は鍵をかけて保管している。南京錠に近い構造の鍵だから、針金とかあったら上手くあげられそうだが。


「クリップとか無いんだよな…」


 昔読んだ探偵小説だと、鍵抜け用の金属の棒だの、手元にあったクリップだのを加工していた。が、この世界では都合よく落ちてもおらず、そんなモノを落とすほど我が母は手を抜く人でも無かった。


「いやここはマジで何だ。ゲームか、アニメか?」


 解決しそうにない悩みだけど、検証のしようがない。魔法さえ使えたら、突破口を見つけられるかもしれないが。


「ステータスも無かったしな…」


 誰も居ない事を確認して、恥ずかしい儀式は済ませた。見事うんともすんとも言わない。本当に恥ずかしい。


「ハァ…」


 人知れずため息を吐いた俺は、廊下に差し込む光の先を見た。玄関が空いていて、母と村の人が立ち話をしている。


「で、どうなのザラ君は」

「お宅の息子さんのお陰で、外で遊ぶようになりました」

「ねえ、うちの子も活発で。元気がありすぎて困ってるのよね」

「本当にお元気で」

「アタシちょっと見直してねぇ。まさかウチの子が、ザラ君みたいな子と遊ぶなんて、ねぇ」

「お陰様で、あの子も日の下で遊ぶ喜びを見つけたみたいです」


 隣に住むフリと我が家の関係性は、まぁ良い方なのだろう。玄関にいるフリの母親は嫌な感じもないし、父親は寡黙だが挨拶をすれば頭を下げてくれる。どうもフリの家はこの村では、中々の地位を持っているらしく、生活水準は俺たちよりも少し上だ。両親はその地位を汚さない程度の了見は持っていた。

 が、息子はどうかと言えば否だ。正直付き合いたくない部類である。別世界に来てまで、彼のような人間と付き合うのか、と思わざるを得なかった。何より名前言いにくいし、フリだのなんだの。


「あらザラ。降りていたのね」

「うん」

「さっきお隣さんとお話ししたわ。フリ君と仲良くやってるみたいで良かった」


 母親は気がついているのだろうか。息子が隣の子供を好いてはいないことを。


「まぁ、うん」

「これまでは外に出ていけなかったからね。あの子達と仲良くなれたら、村の子供達と仲良くできるわ」

「…そうだね」

「ちょっと友達が少ないかもしれないけど…徐々に増やしていけるから」

「…うん」


 翌日、俺はまたフリらと連れ添っている。嫌味が強い性格は、昨日今日で変わる筈もなかった。


「今日は探検しようぜ」

「良いねー」

「俺良いとこ知ってる!」


 少し離れてついていっていると、ヤム婆と出会う。もう何年も一人で過ごしているらしい彼女は、籠一杯に積んだ花を俺に見せてくれた。


「後でジェニファーの所に持って行くんだよ。楽しみにしてなね」

「ありがとう、ヤム婆さん」

「今日もあの子らと遊ぶのかい?」

「まぁ」

「そうかい…気をつけてな」

「うん」

「置いていかれてしまうよ。さぁ」


 走り去る俺に手を振るヤム婆の顔を、俺はよく見なかった。もしも見ていたら、この後の展開も変わっていたのだろうか。それは神のみが知る事だろう。


第三話の閲覧ありがとうございます。

ザラに何が起こるの?と思ったら評価とフォローお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る