転生無力伝 〜魔法の世界に転生したら、魔力0でした 代わりに超強力な生命力を使って無双する〜
永野邦男
初騒動編
第1話 転生初日
突然だが、俺は日野義政と言う。なぜいきなり自己紹介を始めたかだって?聞いてくれ、話し相手がいないんだ。
俺は転生したのだ。
覚えているのは、いつも通りに通勤ラッシュの電車から、新宿駅に降りた所まで。ご存知のように、あの駅は朝から晩まで人が大勢いる。特に通勤ラッシュの時など、各駅停車のホームですら混んでる始末だ。
だからこそ、駅全体が万全の対策を取っていた。まさかの事態なんか、起きるはずもなかったんだ。
(ダル…)
久々の外出に朝の眠気。油断していなかったとは言い切れない。
「うわあああ!!!」
突如前方から聞こえてきた叫び声に顔を上げると、目の前にスーツの背中がドアップで迫ってきていた。思考が追いつかないまま、俺の身体は背後の人を巻き込んで階段から押し流されていく。
「うぐげ…」
情けない声を上げた俺だが、その後は続かなかった。将棋倒しの要領でのしかかる人の群れに、俺の呼吸は完全に遮られてしまう。
(く、苦し…)
丁度前にいたのが、大柄な人だったのがいけなかった。見事なまでに肺から空気が締め出され、何もできない。
(な、な…)
暗転していく意識の中で、自分が何を求めたのか。それすら俺は覚えていなかった。
目が覚めた時、俺が最初に感じたのは水分だった。まだ滲む視界に飛び込んできた光景は、今も思い出せる。
「ああ、ああザラ!目を覚ましてくれたのね、ザラ!」
「ザラ、大丈夫か?!父さんが分かるか?!」
「…あ…」
「神様、神様!ああ本当にありがとうございます、ありがとうございます!」
「良かったな、リチャードよ。日頃の行いの良さじゃな」
「ありがとうございます、おん婆様…ありがとうございます…」
怖かった。恐ろしかった。
「ありがとうございます、ありがとうございます…」
「ザラ、よく頑張った。父さんはお前を誇りに思うぞ」
「…あ、あ…」
だって見知らぬ人が、号泣しているのだ。しかも金髪と茶髪。次第に良好になる視界には、更に衝撃的な光景が広がっていた。
俺が寝ていたのは、木のベットだった。しかも手製。枕元に置かれた木の桶は年季が入っていて霞んでいたし、怪しげなお香のようなものが、何個も用意されていた。
お香の近くに立つ老婆は、手を白色に光らせながら、何事か呟いていた。電球の類を使った雰囲気もなく、光は手そのものから生み出されている。
それぞれが着ている服は、工場で機械生産された代物ではなくて、どう見ても手縫いのものだ。今時博物館に行かなきゃ見られないクオリティで、歪んだ縫い目がよく目立つ。
「…こ、こ…」
「ん?なんだザラ?」
「こ、こ…」
「こ?」
「ここは、どこ?」
本当に理解できなかった。
俺には日野義政という名前があるのに、ここではザラと呼ばれる。
俺は日本人の筈なのに、ここでは西洋人に似た顔つきの人が多い。
そして何より、俺は機械文明を生きた現代人なのに、ここでは『魔法』があった。
転生かどうか、はここ最近考え始めた。周囲の慌ただしさに、考える余裕がなかった。どうやら俺、ザラは高熱を出して三日三晩目を覚まさなかったらしい。やっとこさ目覚めた一人息子に家族は狂喜していたから、問いただす暇がなかった。
何より元々家で何もしてこなかったニートの俺だ。人にモノを尋ねるのはハードルが高すぎた。
生活を通して自分が気狂いした訳でも、妄想に取り憑かれた訳でもないと判断した。何度も頬をつねり、頭を殴ってみたが、眠りから覚めた印象は皆無だ。そして導いた回答である『転生』について、現在の自分がどう思っているのか、と聞かれたらちょっと困る。
正直、転生したと理解した日から一週間ほどは楽しみが待っていた。元の世界への未練が無かった訳じゃない。やりたいゲームや漫画の新作が頭には今も残っている。何せ珍しく満員電車に揺られたのも、新作ゲームの店舗限定品を狙っていたから。
だが両親や周りの人間が使いこなす魔法の数々に、期待が膨らんだ。
(もしかして、俺は何か特別なんじゃないか?)
間違いなく日野義政という存在は、この世界では異質だ。つまり何かしら、特典があったりするのでは?と考えるのは、罪じゃないと思う。
(よくある、チートって奴とか…)
何らかの理由がなければ、俺が呼ばれたりはしないだろう。記憶には微塵も残っていないが、もしかしたら神様が俺にプレゼントしてくれたかも、と思っていた。
「魔力無しじゃな、この子」
目が覚めてから半月が経った頃、俺は村長に告げられた。最初は意味が分からなかったが、現実は本当に優しい。
ご丁寧に、両親が難なく使いこなす魔法を使った道具が作動しない事で、己の無力さを露わにしてくれたのだから。
「嘘だ…ちゃんと判定してください村長!」
「嘘ではない。調べ石が全てを語っておる。赤子用の魔石すら反応せん」
「何故…何故…」
「高熱だろうよ。詳しくは分からん、大魔法学院でも研究されておる事案だからな」
「何故…私達の息子が…」
「運が悪かった。そう思いなさい」
魔力無しは、絶望的な状況らしい。両親の嘆き悲しみように、事態の深刻さは理解できた。
転生前だって、有能だった訳じゃない。
結局生まれ変わっても、人生は変わらなかった。
第一話の閲覧、ありがとうございます。
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