第9話 雨婚(現代ドラマ)

 最後に見た空はまだ暗く、晴れるのかどうかさえわからなかった。

 まるで私の不安がそのまま反映されたかのようだ。


「ごめんね、私のせいで」

「いや、まだ時間じゃないから大丈夫だよ」


 彼はそう言って笑った。彼は私の肩を叩き、それぞれの着替え部屋へと別れた。

 せっかくの結婚式も、私のせいで台無しになりそうな空気だ。


 私はいわゆる雨女。

 それはもう、小学生どころか幼稚園の頃から、イベントごとの時はしょっちゅう雨だった。

 何度イベントが流れたかわからない。何年か前に感染症が流行った時にイベントがことごとく中止になった、というニュースが流れたが、あれに匹敵するほどだった。雨だから流れないイベントもあったものの、それでもやっぱり外の移動時には傘が必須だった。

 家族とのお出かけは毎回雨がつきまとうし、そのせいで妹が泣き出したのは一度や二度ではなかった。

 晴れた子と書いてハルコと名付けた母を何度恨んだかわからない。そんな名前にしたから雨女になったのではなかろうか。

 とはいえこれでも感謝されたこともある。


「ハルコちゃんのおかげでマラソン大会中止になったよ!」


 そう言われたのが中学生の頃だったから、それが最後だった気がする。

 でもたいていは、あいつのせいで雨だったんじゃないか、と言われることが多かった。さすがに大学まで入ればそんなことを気にする人はいなくなった。けれども小学校からの知り合いはもういないし、高校からの知り合いももうお正月に挨拶代わりにやりとりするくらいしか繋がっていない。


 でもそれから大学に入っても、状況は変わらなかった。

 一年生全員でレクリエーションの為に行った旅行も雨だったし、いわゆる文化祭は毎年雨が降った。友人たちと出かける旅行もいつも雨。私はそつなくこなしていたつもりだったが、友人たちは気付いていたと思う。

 私は、雨女だ。


 就活の面接日も雨が降ったのは、さすがに笑えた。しかも必ず入りたかった会社の時に限って雨が降ったのだから、これはもう笑うしかなかった。

 とはいえ、なんとか希望の会社に入ってここに至る。


 会社の中で恋人ができて、三度目のデートをした時に私はこう言った。


「私、実は雨女なんだ。ごめんね」

「へー! そんな人、本当にいたんだ!」


 彼はびっくりしたように言った。


「うん、だから、雨ばっかりだったでしょう」

「そうか、なるほど。だからか」

「うん……」

「そうかあ……」


 彼はそう言って考え込んだ。もしかしたら、変に思われてこの関係が終わるのかも、とも思った。

 ところが彼は、意外なことを言った。


「そうかそうか。じゃあ、いままでは三敗か」

「……三敗って?」

「実は俺、晴れ男なんだ。いままでは雨だったからハルコの勝ち!」

「えっ? 私の勝ち?」


 晴れ男、というのも私ははじめて見た。


「おうよ。なるほどなー。どっちの天気力が強いか確かめてみないとな」


 彼はゲームが好きだったので、楽しげにそう答えた。

 私は呆気にとられたが、それからデートのたびに雨が降ると、私の勝ちなので全部奢られるということになった。晴れれば彼の勝ちだから、私がもてなす。

 いつしかそんなゲームは、私たちにとって日常になっていった。

 いつの間にかゲームをしなくなった頃、私は彼からのプロポーズを受けた。


 そうして、いまここにいる。

 結婚式の会場で、窓の無い部屋でウェディングドレスに身を包んでいる。

 気が早く泣く父を母が呆れてどこかに連れていった。妹は私の姿をカメラにおさめながら、父の様子にあきれかえっていた。

 それからも式場の人からの説明などを受けたが、私は、いま雨が降っているかどうか聞けなかった。

 雨なのか、果たして晴れているのか――。


 ドアが再びノックされると、私は部屋に入ってきた彼を見た。

 彼は私を見て、何も言わなかった。にっこりと笑うと、手を差し出して私を廊下に連れ出した。


「な、なに?」

「ほら、見てみなよ」


 最初に彼が連れてきたのは窓だった。

 晴れて――いや、雨が降っていた。


「天気雨だ」


 キツネの嫁入りだった。


「まさに雨女と晴れ男の結婚って感じだよな!」


 私はその言葉に笑った。

 笑ったはずが、泣き笑いになってしまった。


 せっかくの結婚式を、涙の雨で最初からぶち壊すことはなかったな、と私は笑った。

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