2章 自称傭兵
ヒモ傭兵
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おまえが逝って……もう1ヶ月も経つんだな、ロックフェイス。
俺はなんとかやっているよ。
おまえが残してくれた胴体と頭、あれだけは無事だったから、腕と脚だけを最下級パーツに換装したんだ。名前も変えて、機体名はシュタインにした。おまえの弟……ってことになるのかな。おまえの面影があるけど、手足はアンバランスに細くて、ブサ……愛嬌のあるやつだよ。
岩の装甲はやめたよ。あれの重さが原因だったからな。重りをつけたままでブースト機動やパンチ……酷使してダメージを蓄積させてしまった。
ごめんな、俺のせいで脚を折ってしまって。着地の衝撃をうまく和らげることができなかった。俺の責任だ。
ごめんな、手をついたひょうしに、腕も折ってしまって。着地だけじゃなくて転倒したときの制御もまだ甘かった。俺の責任だ。
この教訓を、俺は深く胸に刻む。もう二度とパーツ負荷管理をおろそかにしたりしない。
だからロックフェイス、安らかに眠ってくれ。
あと、ニールさんとヴィンティアさんにもすみませんでした。もとはといえばおふたりのアーマーだったのに、2日とたたずに壊しちゃいました。マジすんませんでした。もともと村でもいちばん古い物だったから仕方ない、とリンピアは言ってくれたけど。本当に申し訳ない。
「ジェイ、真面目くさってその墓に祈るの、やめてくれ。きのうなんて、大家のおばあちゃんが花を供えようとしてくれていた。私が断ったんだぞ、恥ずかしかった……」
リンピアに苦言を呈され、俺はしぶしぶ立ち上がった。
アーマーガレージのすぐそば、地面に刺さった木片に『ろっくふぇいすのおはか』と書かれている。地中には脚パーツの破片が眠っている。
「俺はあのときの失敗を教訓にすべく……」
「ごたくはいい。食材が安かったからまとめ買いしてきたんだ。手伝ってくれ」
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俺がこの世界に来てからもう6年以上──地上に脱出できてからはやっと1ヶ月が経った。
この世界の大地は激しく流動しているため、国というものは無く、都市や街の単位で成り立っている。その街も地面ごと常に移動している。道路なんて敷けないので車両よりも人型ロボットのアーマーがいろんな場面で活躍しているという素晴らしい世界だ。
俺のいる『大岩の街』はわりと人気のある街だ。遺跡が出てくることが多いためにディグアウターたちが集まり、商人が集まり、人が集まる。見た目はスラム街みたいに雑然としているが活気があり景気もいい。
街の外縁にずらりと並ぶアーマーガレージは、アーマーごと宿泊できる建物だ。街の外縁と岩壁を埋め尽くすほどたくさん建っている。荒野からの砂風をうける外側は薄汚れて見えるが、内部はかなり住みやすい。アーマーを格納するスペースを囲うように人間の生活空間がくっついている。アーマーから降りてすぐ休めるし、街の外へ出ていくのも楽なので、この街に稼ぎに来ているディグアウターたちがよく利用している。
ただ商店街エリアからは少し遠いので、食料などの買い出しはすこし手間だ。
「それはそこ、食料液はあっち。タンクに入れておいてくれ」
ものすごい毛量のクリーム色の髪をモフンモフンさせながら、リンピアはてきぱきとまとめ買いした食料や雑貨を整理していく。
うーん、リンピアはやっぱりあいかわらず小さい。見た目は完全に子供だ。ギリギリで中学生くらい。まだ子供扱いしてしまうことがよくある。
自称ドワーフ族の成人女性らしいのだが、俺は正直判断しかねている。子供が背伸びして頑張っているようにしか見えない。他のドワーフを街で見かけたこともないので真実は闇の中だ。
とはいえ中身はすこぶる優秀なディグアウターで、尊敬できるやつだ。高い操縦技術をもつドライバであり、ディグアウターの荒くれ者たちの中から仕事をもぎ取ってくる胆力があり、規則正しい生活を送る真面目さも持っている。
「フライドモチョチョを買ってきているぞ。手を洗ってこい」
「ヤッター」
フライドモチョチョは甘い餡やチョコを生地で包んで揚げたオヤツだ。最近ジャンク街で流行っていて、ボイルドモチョチョやローストモチョチョという類似品もある。
ガレージのすみにあるシンプルな流し台で手を洗う。鏡の中には長身のイケメンがいる。まだ見慣れない。俺の姿は前世とは全く違う。これまで長いことサバイバル生活だったので、初めて鏡を見たときはかなり驚いた。異世界転生なるものをして若返ったのかと思っていたが、全く別人の顔だったのだ。
しかも銀髪銀眼だ。それ最強格キャラにしか許されないやつだろ。髪の方は、この世界に来たばかりのときは黒かったと思うんだが。ストレスで白くなったのだろうか。
オシャレ髪、クールな顔つき、トップアスリートのような筋肉……どこのアクション俳優さん?
まあこの体には助けられ続けているので文句なんて無いが。脳みそまで強く前向きになっているので生活が楽しい。
俺とリンピアは、しばらく行動を共にしている。
世間知らずとその保護者……いや、傭兵とその雇い主だ。俺はアセンブルコア主人公のような傭兵だ。俺は独立傭兵ジェイとしてリンピアに長期雇用されているのだ。
リンピアはもともと3人組のディグアウターだったが、ニールさんとヴィンティアさんが重傷を負ってしまった。この街には来て日が浅いためほかに頼れる人間はおらず、チームメンバーを失い独りになってしまった。遭難していたところを彼女に救われた俺としては、放っておくことはできない。それに俺もこの世界に来たばかりなので友人は貴重だ。
とりあえず、ニールさんたちが治るまでは協力関係を結ぶことになった。
リンピアは便利に使える人手を得て、俺はいろいろ教えてくれる雇い主を得る。ウィンウィンの関係……だと思いたい。
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オヤツを食べながら団欒タイム。
「仕事はどうだった、ジェイ?」
「うーん、ぼちぼち」
「そうか、焦らずにおまえのペースでいいんだぞ」
なんかヒモ男ニートみたいで嫌だなこの会話。しかも養ってるのは小さい女子だし。
デスワームを倒して街に帰還したあと、俺は日雇いバイトをしながら生活していた。
本当はアーマーに乗って働きたいのだが、まだ操縦が万全じゃない。動きはなめらかになったが、コクピットから操縦するのがまだ不完全だ。あまり目立ちたくないので、普通のドライバとして取り繕えるようになってからにしたい。
それに腕と脚が最下級パーツになってしまったので、それもなんとかしたい。最下級でも普通の重機くらいには動けるが……見た目も悪いのがなあ。ディグアウターの評判としても、最下級パーツの混じったアーマーは侮られて安い仕事しかもらえないらしい。
「おまえはアーキテクトとして働けばいくらでも稼げていたはずなんだ。こっちの都合に付き合わせているわけだからな。予定の額までは私だけでも稼げる」
「気にするなよ。アーキテクトってバレたら怖い人に囲われちゃうんだろ? それはゴメンだしな。俺もできる仕事するよ」
最近はリンピアが近場の短期仕事にアーマーで出掛け、俺は日雇いで街の中をうろちょろしている。なんとなく肩身が狭いが、リンピアは優しくしてくれる。ダメ男製造機だったんだな、コイツ。
俺はアーキテクトと呼ばれる回路技能持ちだった。アーマーの構成制限を超過した改造、普通ではできないアーマーのカスタムができるのだ。しかし……アーキテクトは重宝されるが、権力者によって縛られアーマーに乗って戦いに行くなど許されない身分にされるらしい。俺はお外で遊びたいのでそんなことになるのは嫌だ。この街から移動する予定があるので、リンピアにもやめて欲しいと言われた。改造は身内の個人利用だけでやっていくつもりだ。
よって俺はアーキテクトの技能もアーマーも使わない仕事をしている。
それでも俺の体は優秀なので、いくらでも高給職につける……はずだったのだが、厄介なことにその優秀さも隠さなければならなかった。
この世界にはスキャナーという普及発掘品があり、体内ナノメタルを調べておおよその回路実行力を測定することができる。だが俺がそのまま測定されるとバグった数値になって危険人物として捕縛される。なので測定時には体内ナノメタルを沈静化させておき、ショボい数値になるようにする必要がある。
しかし斡旋所でつける仕事には一定値以上のスコアが条件になることが多い。たとえば機械信号のスコアが高ければ、クレーン操縦士やフォークリフト運転手の仕事がある。だが数値が低いと誰でも出来るものしか無いのだ。
「今日のは単純な荷運びだったから、楽だったな。体を自動モードにするだけで終わった。やたら機械の残骸が運び込まれてたな」
「それは私が倒したやつかもな。護衛中に
リンピアは昨日まで護衛仕事に出ていた。この季節は近くに大きな街が流れてくるため、物流量が増え、求人も盛んになっているらしい。
ディグアウターの本業は遺跡発掘だが、アーマーを使った仕事ならわりとなんでもやる。商隊の護送はよくある仕事だ。この世界の大地は流砂や土石流だらけで道路が無いため、車両よりもアーマーのほうが運搬にむいている。キメラ虫や殺人ロボットも徘徊していて危険なため、護送依頼はつねに出ている。
俺たちのうち今まともに動けるアーマーはリンピア1機のため、遺跡発掘に行くのは止めている。護衛なら荒野で一人きりになるということはないため、まだマシだ。
……ハア。俺が壊さなければなあ。2機いれば、遺跡発掘にでも行って稼げるのかなあ。本当に悔やまれる。俺、まだディグアウターとして働いたこと無いんだよなあ。
リンピアは腕と脚の中古パーツを買ってくれると言ったが、断った。それでは俺の機体ではなくなってしまう。それに序盤の資金繰りもアーマーの楽しさのうちだ。まあパーツすら五体満足じゃないのはさすがにキツイけど。
それにどっちみち、俺はまだアーマーを完全に操縦できるわけじゃない。俺の体には神経接続系に不具合があったためにシステムに頼らず俺の脳で完全直接制御して操縦しなければならないのだが、それにはまだいくらか時間がかかりそうなのだ。しばらくはバイトをこなしつつガレージに帰ったらアーマーをいじくる生活を送ることになりそうだ。
フライドモチョチョを食べ終わった。リンピアは小さな唇でまだモグモグモチョモチョしている。可愛らしいながらも品のある食べ方だ。いろんな所作が上品なんだよなこいつ。
美味しかったな、フライドモチョチョ。
美味しい、食事…………
「なあ、ニールさんたちの『ご飯』は大丈夫か?」
「……大丈夫だったはずだが、言われると気になるな」
リンピアがリビングスペースの一角にある『充電器』へむかった。
懐から『黒い立方体』2つを取り出し、充電器に置くと、ホッと安心する。
「89%、ぜんぜん大丈夫だ」
「そうか。ごめん、なんか心配になってさ」
「私もそうだ。……100%まで補給しておこう」
「99%がいいんじゃないか? なんか満杯すぎるのも体に悪そうな気がする」
「適当なことを言わないでくれ。なんだかそんな気がしてきた」
「リンピアも慣れてないのか、コアになった人の扱い?」
「そうだな。親しい者がこうなってしまったのは初めてだ」
リンピアが大事に持ち歩いている黒い立方体は、人間の命そのものであるコアの容れ物だ。
ニールのおっさんとヴィンティア婆ちゃんは、致命傷を負ってしまったためにコアだけになった。定期的に『充電器』でエネルギーを補給しておく必要がある。
コアさえあれば蘇生装置で元に戻れる。だが、蘇生の料金は高額だ。
リンピアと彼女に雇われた俺はその費用を稼ぐことになる──と俺は思っていたのだが、少し違った。稼ぐのは蘇生料ではなく、移動費用だと言われた。
『蘇生装置を格安で利用できる隠れ里がある』
リンピアによると、その隠れ里とやらはかなり遠い場所にあるらしい。この世界の地面はつねに流動しているため、街や村どうしも近づいたり離れたりする。今は少しでも近づく時期を待ちながら旅費を稼いでいるところだ。
「移動費用は、あとどれくらいだ?」
「まだまだだな。旅費もそうだが、不測の事態が起きたときのために余裕も欲しい。また家財道具を売り払うはめになるのは御免だからな」
「それはそうだな。俺のほうはそろそろ脚パーツが買えそうってところだ。『ちょっと良いもの』が欲しくなって困るんだよなあ」
「……本当に自分の稼いだ金だけで買うのか?」
「自分で買う。なぜなら俺は『独立傭兵』だから」
「はいはい。わかったよ」
独立傭兵。それは格好良い言葉。アセンブルコアの主人公は伝統的に傭兵だ。
俺はあくまでリンピアに雇われた傭兵。与えられた仕事は確実にこなす。だが雇い主にべったり依存はしない。仕事道具はこちらで用意する。なぜならそれが格好良いから。
……本当は住む場所まで頼るつもりはなかったんだが、長期契約の3人用ガレージが無駄になるからと言われて住むことになった。ニールさんの男部屋を使わせてもらっている。朝起きると、必ず先に起きているリンピアが『料理プリンター』で軽食を作ってくれている。
……給料は一日につき昼食一食分だ。学生のころ、昼食用の五百円玉を毎日手渡されていたことを思い出す。
……夕食は都合があう限りいっしょに食べている。調理器具があまり揃っていないので自炊よりは外食のほうが多い。リンピアのほうが飯屋に詳しいので店選びは任せていて、いろんなところに連れ回してもらっている。
……ついでに言えば服もニールさんのおさがりだ。
「フライドモチョチョ、もうひとつあるぞ。食べるか?」
「食べる」
俺は独立傭兵。孤高な一匹狼。
衣食住をすべて与えられていたとしても、俺は独立傭兵。孤高の存在。
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