俺の機体

 ニールさんとヴィンティアさんの死骸を、直視してしまった。

 俺は吐いた。胃の中の栄養を無駄にしてしまうのは、この世界に来て初めてのことだった。


 ↵


 俺がショックを受けたのを見て、リンピアはすぐに仮設テントを設置してくれた。

 キメラ虫の群れのボスを倒すと、しばらくのあいだ周辺のキメラ虫は大人しくなるらしい。キメラ虫は人を執拗に襲ったり統率のとれた大群を作ったりと謎の多い害虫だが、ある程度判明していることもある。デスワームを倒して群れもほぼ駆除したから、しばらくのあいだ安全であることは確かだそうだ。


 俺は丸一日のあいだ寝込んだ。神経が筋肉痛のように鈍く痛み、熱がでて頭がボーっとする。体が芯から鈍い。筋肉もズタズタだから直したいが、治癒回路を使おうしても上手く実行できなかった。何回か気を失った。

 リンピアは甲斐甲斐しく世話をしてくれた。俺の体を拭き、食事を与え、髪を撫でて眠らせてくれた。


 あのときリンピアはふたりの死体をかき分けて、何かを拾い上げていた。

 気がおかしくなったのかと思ったが、違った。凄惨なものを見て辛そうではあったが、心を痛めているわけではなかった。


「すまないジェイ、ちゃんと教えていなかったな。ふたりは助かったんだ。おまえのおかげだ」


 目が覚めて頭がハッキリしてから、黒いキューブを手にしたリンピアが説明してくれた。

 俺たちは救助に成功した。ふたりの『コア』を無事回収できたのだ。


 ↵


 この世界に生きるすべての人間は、心臓のとなりに『コア』を持つ。見た目は虹色の球体で、カプセルクリスタルに似ている。

 コアはナノメタルを循環させる第二の心臓であり、回路制御を司る第二の脳でもある。コアにはあらゆる身体情報が記録されており、脳内の長期記憶すら収集・蓄積することが確認されている。

 ここで重要なのが、コアさえあれば人間を蘇らせる技術が存在するということだ。

 貴重な蘇生装置の発掘品──とてつもなく高度な培養プールに『生きているコア』をいれると、数時間で人間を復元できる。コアには長期記憶だけが残るため死亡前の数時間の記憶を失ってしまうが、それは死亡時のトラウマを残さないという利点ともなる。

 料金はどこの街でも高額で、およそ年収の半分が飛んでいくが、命に比べれば安いものだ。

 コアは心臓や脳が停止すると数時間後に機能停止して壊れる。

 コアの破壊こそが、この世界における人間の『死』だ。


「コアガードというのは、緊急時にコアを防護する装置だ。心停止などを条件にコアを切り離して保存する……そういう機械を体内に埋め込んでおく。アーマー乗りドライバには必須の命綱だ。私達は全員、その処置をしていた」


 そういうことだったのか……よかった……。

 ふたりはリンピアの言う通り本当に生存していて──俺が想像していたカタチとは違ったが──俺たちはそれを保護することができた。やっと安心した。


「その黒いのが『ふたり』ってわけか」


 リンピアは黒曜石のようなキューブを2つ、大事そうに抱えている。コアを内包したコアガードだ。


「そうだ。この状態なら補給なしで2週間生存できる。衝撃にも強い。専用の保存機なら、さらに年単位で生存可能だ」


 そりゃすごい。この世界でいちばんSFしているかもしれない。やろうと思えば、飲まず食わずのまま何年も生きられるってことか。

 実際、そういう『仙人』のような人間たちもいるらしい。数年のうちほんの数週間だけ生き返ってまた冬眠するようにコアになったり、極端な者は長期特化した保存機で何十年もコアのまま過ごしたり。目覚めたときには一瞬で時間が経っているので、未来へ一方通行のタイムマシンとして使用している者もいるとか。

 でもコアのままだと思考もできないらしいし、不健康そうだし手も足も出ないし、怖いから俺はぜったいに御免だが。なるべく蘇生のお世話にはならないよう気をつけたい。


「じゃあ、俺もなるべく早くコアガードが欲しいな」

「そうだな。体内写真をとっておくか。処置を頼むとき、話が早くなる」


 リンピアは例のスキャナーを取り出した。便利だなソレ。


「……んん? うん?」

 リンピアが首を傾げている。どうした?

「……見てくれ」


 なぜかリンピアはなぜか気まずそうになり、スキャナーの画面を見せてきた。

 CTスキャン画像をリアルにしたような画像。保健室や病院で見るような人体内部……だがやたらと銀色の血管が張り巡らされている。

 胸部の心臓があるべき場所には何もなく、かわりに虹色の球体が何個もあった。頭部のほうにも球体が1つ、プリプリの脳に包まれている。


「おまえの体内には、心臓が無いそうだ」

「えっ」

「そのかわりに胸部に7つ、脳に1つ、あわせてコアが8個もあることがわかった」

「心臓……」

「ああ、コアは心臓の代わりも務めるんだ。これだけあれば十分だろう」

「まじか」

「おまえがいろいろ変なのは、これのおかげかもな」


 さすがに自分で自分にドン引きする。やりすぎだろ、マイボディ。転生して今までずっとお世話になってきたけどさあ。コア8ってなんだよ最新ゲーミングPCかよ。

 リンピアは呆れた様子で診断を続ける。


「コアガード用の識別結果は……すべて正常。よかったな、ジェイ。おまえは8コアのうち1つでも無事なら復活できるようだ……フフッ」


 驚きを通り越してしまったらしい。リンピアに真顔のまま鼻で笑われてしまった。


「……フフ……フハハ……ハハハハハハ!」


 うわ、いきなり爆笑しはじめた。ひとが感情を爆発させてるのって、はたから見てるとちょっと驚く。リンピアがこんなにストレートに笑うのを見るのは初めてかもしれない。


「アハハハ! ジェイ、おまえはメチャクチャだ! アハハハ!」


 ガバッ──とリンピアが胸に抱きついてきた。

 な、何も見えない。

 モジャモジャの髪に俺の顔面が飲み込まれている。


「ありがとう……おまえのおかげだ……本当にありがとう……」


 もう泣いているのか笑っているのかよくわからない。リンピアは激しく胸を震わせ続ける。感情がバグっているようだ。

 そうだよな……これまで大変だったよな。リンピアは俺なんかよりも何倍も苦しんだことだろう。何日もキメラ虫の群れに襲われ続けて、遭難して、何年もいっしょに過ごしてきた者たちに命をなげうたせて、独りきりで街に帰って、身を切りながら金を作ろうとして……それもすべて終わった。安堵やら達成感やらで頭が混乱しているのだろう。


「リンも、よく頑張ったな……」


 リンピアが落ち着くまで、俺たちはしばらく抱き合っていた。


 ↵


 落ち着くと、なんとなく気まずくなってしまって、お互いそそくさと身を離した。

 落ち着いてからも離れるタイミングが分からず、なんとなくただ抱き合っている時間が生まれていた。砂風の音で我に帰った。

 髪でなにも見えないから、手さぐりで肩あたりに手を置いてたつもりだけど……変なところ触ってないよな? 

 コホン、とリンピアが咳払いして切り出した。


「ジェイ、多大な成果をあげた今回の働き、ご苦労であった。ついては、褒美をとらせたいと思う」

「お、やったぜ」


 そういや俺はリンピアの雇われ部下ってかんじになってたんだった。ニールさんたちの救助は頼まれなくてもやるつもりだったが、報奨があるのは嬉しい。

 でも、今のリンピアは財布カラッポだよな? そんな余裕あるのか?


「あいにく私には持ち合わせがない。そこで、特別な贈り物を用意することにした。どうか、受け取って欲しい」


 特別な贈り物……? お金ではない……? 

 ハッ! そういうことか。あの夜の街の薄着のリンピアが思い返される。

 さっきの抱擁と、顔に押し付けられた髪と体臭が蘇る。


「ちょっとお待ちなさい。お兄ちゃん許さないわよ」

「な、だ、誰がお兄ちゃんだ!?」

「あなたね、自分の体は大切にするものよ。お礼は結構よ」

「へ、変なことを言うな! 誤解もはなはだしい! えっちめ!」


 えっ違ったか。やばい恥ずかしい。まだ平静ではなかったらしい。


「フン、お礼は結構だと……? あーあ、せっかく、おまえが寝ているあいだに、ニールたちのからニコイチで、アーマーを組み直したのになあ~~!」


 なん……だと?

 リンピアは先程までの殊勝な様子から一転、子供っぽくもったいぶりながら言った。


「あげようと思ってたんだけどなあ~、おまえのためにい~、おまえのアーマーをお~」


 ↵


 仮設テントのそばに、中型アーマーが座っていた。

 俺のアーマーだ。


 俺のアーマーだああああああああああアアアアアアアア!!!

「俺のアーマーだああああああああああアアアアアアアア!!!」

 やったああああああああああああああアアアアアアアア!!!

「やったああああああああああああああアアアアアアアア!!!」


 ニールさんとヴィンティアさんのアーマーの残骸をバラして組み合わせると、奇跡的に動作するアーマーを1機ぶん組み上げることができたらしい。体の各部位を自由に組み替えられるアーマーならではだ。

 機体のあちこちに傷欠けがあったり酸で焼けたりしているが、五体満足揃っている。

 分類としては中型二脚タイプ。アーマーとしては最もオーソドックスなものだ。やや角ばったデザインで、いかにも量産機という印象。だがそれがいい。

武装はほとんど破損していたが、一丁だけ稼働できたライフル砲を持っている。キメラ虫は沈静化したらしいから、街に帰るまではなんとかなるだろう。

 俺のアーマーだ。最下級のガイコツみたいなのではない、俺が良く知るアーマーのイメージそのままの、ちゃんとしたアーマーだ。


 うっひょおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!!

「うっひょおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「うるさい」


 パコンと背伸びしたリンピアに叩かれた。

 ごめん。


「おまえにはこれでしっかりと働いてもらうからな。キリキリはげめよ」

「サーイェッサー!」


 ↵


 よく晴れた空の下、虫の死骸だらけの荒野で仕事が始まった。


『今から始めるのは、ディグアウターの仕事の初歩の初歩、屑肉拾いだ。虫どもの肉、すべて回収するぞ。デスワームもだ。これだけ大量にあれば、戦闘モードで帰ることができる。それどころか、赤字も取り返せるかもしれん』

「虫の肉なんて必要なのか? 滅茶苦茶マズかったぞ」

『口にしたことがあるのか……ヒトには無理だろう……』

「栄養にはなった」

『……食用ではなく、燃料になるんだ』


 リンピアのダークレッド機は何かの機械を抱えてきた。地球の自販機より大きいくらいのサイズだ。広い開口部がついている。


『やむなく放棄していたのだが……無事で残っていて良かった。この抽出機があれば燃料が作れる』

「へー。虫から油を絞るのか」

『そんなところだ』


 抽出機にアーマーから動力を与えて起動。キメラ虫の死骸を詰め入れていく。リンピアはアーマーの手で虫を運んでいる。アーマーがこんな雑務をしている光景は変に感じるが、この世界では普通のことなのだろう。


 小型と中型を10匹ほど投入すると、抽出機は激しく振動しはじめた──と思いきや、ボフッと虫のカスが吐き出された。

 そして同時に、勢いよく棒状のモノが飛び出してきた。


「うわっと」

『すまん、今は受け皿がついていなかったな』

 抽出機から飛び出てきたのは、透明な四角い棒だった。1リットル紙パックのような太さで、長さは1メートル近くあり、硬く重い。

『これが燃料棒、アーマーの動力源だ。これを規格として動く機械製品も多い。……よし、透明度はまずまずだな』

「虫からこんなものができるのか」

『抽出機も発掘品だから、原理は分からぬがな。有機物ならなんでも抽出できる。丁寧に扱えよ、この抽出機ひとつで、並のアーマー一式よりも高価だぞ』

「うぇっマジか」


 ゲームでのアーマーの燃料って、そういえば知らなかったな。ナンバリングによっては激ヤバ危険物質を燃やしていたが……いや、あれはニトロ的な補助燃料だったっけ? 戦闘状態でミッションスタートするゲームだったから、機体用物資の準備作業というのは新鮮だ。

 

 ふと、俺はあるものを見つけた。

 デスワームはグチャグチャになっているのだが、その中に銀色の塊があるのが見えた。心臓……またはナノメタルを貯蔵した臓器だ。


「……なあ、ちょっと欲しい物があるんだけど」

『なんだ?』

「デスワームのナノメタルって、もらっていいか?」

『……なんだ? なにをするつもりだ?』

「いや、腹が減っただけだって。ちょっと流失しすぎたから、補給したいんだよ」

『そ、そうなのか』


 ナノメタルは普通ならほとんど消費されることがない。錬銀術で体外に出しても、使ったあとは体内に戻す。

 だが、強い力を使うと消失してしまう。その数時間後に大便に銀色が交じる──『死んだナノメタル』が老廃物として排出されるのだ。デスワームとの戦いでは大量に操ったナノメタルのほとんどを再吸収することができなかったし、ついさっき完全なシルバーメタリックウンチが出た。

『ナノメタルは普通は『機械の血液』として扱う。私のアーマーに補給しておきたかったのだが……いいだろう。この戦いの功労者に譲ろう』

「サンキュー」


 デスワームのナノメタルはバケツ一杯ぶんもあったが、俺はおいしく飲み干した。


「……ん?」


 なにか妙な感覚。新しい回路の気配か?


《錬銀術:表面装甲》


 なんだこれ、勝手に構築された。……このデスワームが持っていた回路?

 嫌なことを思い出す。リンピアが言っていた、アマルガム──人外の回路を求めてナノメタルとの融合を目指す危険思想家たち。これって、そいつらの目的そのものじゃないか? 大丈夫か?

 ……大丈夫かなあ。

 ……まあいいや黙っていよう。


 ↵


『というわけで、虫を運ぶためにお前にもアーマーに乗ってもらうのだが』

「待ってました」

『ロックは解除してある。その胴体コアのコクピットハッチの開き方は……』

「もう乗った」

『……速いな』


 プラモデル販売されたアーマーはだいたい買っていたし、リアルロボット系フィギュアも集めていた。ロボットの構造はなんとなくわかるのだ。

 が、コクピットに入ると少し妙な気がした。

 ……めっちゃ貧相……殺風景だ。スイッチ類がやっぱり少ない気がする。最下級アーマーのものとあまり変わりがない。ワームの胃酸で焼けたからクッションやパネルなどが一部剥がされてはいるのだが……そのせいか?


『ちょっと待て、そちらに行く』


 最下級のとは違って、ちゃんとしたセキュリティがあるのでパイロット変更作業が必要らしい。

 リンピアが開いたままのハッチから体を乗り出してきて、小さな操作盤をいじりはじめた。豊かな髪がモフンモフンと俺の眼前で跳ねる。


「ハンドルを握っていてくれ。生体認証リセット、認証切替え……よし。コア波形パターン登録よし。神経リンク接続……ん?」


 んってなんだ、不安になるぞ。


「ジェイ、ハンドルをしっかり握っていてくれ」


 言われなくてもしっかり握っているが……。ハンドルレバーには複数のボタンがあり、手のひらの当たるところには電極板のような金属部がある。電極からはビリビリと感覚があって体内ナノメタルに干渉しているらしいのだが……それになにか問題があるのか?


「神経リンクチェック」


 ビィーーー、という甲高い電子音が響く。

 耳をざわつかせる不快なサウンド。エラーや警告を示す音だ。


「MNT同調」

 ビィーーー

「ドメイン形成」

 ビィーーー


 リンピアはしばらくのあいだ辛抱強く操作していたが、ついに手を止める。

 気の毒そうに俺を見た。


「言いにくいのだが、ジェイ……」


 とんでもなく嫌な予感がした。

 ヴィンティア婆さんにアーマーの操縦を教えてもらったとき、操縦は誰でも簡単にできるものだという言い方をされた。あの壁外の街にもアーマーとそれに乗る人間は大勢いた。俺が殴り倒したクソ男たちですらアーマーを乗りこなしているらしかった。

 それなのに俺は最下級アーマーを全く操縦できなかった。大量のナノメタルを飲んでいて脳の処理能力が高められている俺が、だ。 

 そしてリンピアから宣告がなされた。


「おまえには、アーマーを操縦するための因子に欠陥がある。ドライバになるのは、諦めた方がいい」


 それは俺にとって死刑宣告に等しかった。


 ↵


 :archivesystem//jjjjjjjjj:-error-


 ↵


 ハッ。

 一分間、俺は気を失っていた。どうやら脳内編集回路が働いたらしい。 

 実は最下級アーマーを操縦できなかったときからうすうす気がついていた。が、それは俺にとって致命的な情報であったため、脳内フィルターが働いて思考しないようにしていた。俺は地下ぐらしのとき、悲惨な生活に耐えるためにいつの間にか脳内編集回路を構築していた。記憶や感情をあるていど誤魔化すことが出来るのだ。

 アーマーを操縦できないというのは、陰惨な地底生活以上に、大きな衝撃だった。

「俺はアーマーを……操縦、できない……?」

「……そうだ。残念だ」

 リンピアは気を失っている俺を待っていてくれたらしい。

 俺はまだ動揺している。

「そんな、馬鹿な……いや、少しなら動かせてたよな? すぐ転んだけど、脚は動いて……」

「それはアクセルペダルを押しただけだな。バランスを取るためにはMNT……運動神経接続が必要だ」

 アクセルを踏み込んで壁に激突したのを、運転したとは言えない。

 人型ロボットという複雑な機構を、ハンドルレバーとペダルくらいで動かせるわけがなかった。2足歩行は車と同じようにはいかない、バランスを崩せばすぐに転んでしまう。それを解決するのが運動神経接続システム。

 アーマーはパイロットとの神経接続によってはじめて、まともに動く。 


「ジェイ、おまえには……それができない」

「いや……俺は諦めないぞ。補助輪だ……バランスがとれないなら脚を増やせば……そうだ、四脚や戦車タイプのアーマーがあるんじゃないのか!?」


 ゲームではアーマーの脚部パーツには様々な形状があったはずだ。

 だがリンピアは首を振った。


「確かに安定的な脚部パーツは存在するが……問題は解決しない。神経接続しないと精密な動作はできないんだ」

「そんな……いや、訓練すればなんとかならないのか!?」


 地球には神経接続システムなんて無かったが、それでも自分の体のように動かせる凄腕のパイロットはいた。カーレーサーや戦闘機パイロット……クレーンや油圧ショベルならもっとロボットに近い機械だ。たくさん訓練すれば同じように……


「たしかに作業用重機レベルまではなんとかなるかもしれない」

「なら……」

「だが問題はまだある。神経接続ができないから、視覚共有もドメイン形成もできない……コクピットが不完全になるんだ。このコクピットから、どうやって外を見るんだ?」

「……無いのか、ディスプレイが」


 そうだ。コクピットの違和感はそれだった。スイッチが少なすぎ、そしてディスプレイすら無い。

 機体のカメラと視覚神経を共有する……それがこの世界の普通のアーマーなのか。

「そ、それでも……」

「別のカメラを外付けしてディスプレイを引っ張ってくる、か? ……だが最後の問題がある。おまえには、戦闘モードを使用することができない」


 リンピアは冷酷に告げた。それは武士の情けだった。もはや慈悲すら感じるまでに情け容赦無く、俺の退路を断ち切った。


「コクピットにはドライバを助け守るための機能がある──ドメイン形成だ。戦闘モードを起動すると、コクピットは空間から隔離され、別次元へ偏位する。内部はドライバの深層意識を読み取って変形・最適化され、同時に危険なGや衝撃を緩和する」


 コクピットの異空間化……ものすごい技術だ。コクピットが殺風景に感じたのは、『素』の状態だったからか。有人機動兵器が抱えるとされる操縦者ダメージの問題も同時に、かなり高度な方法で解決されているようだ。

 とてもすごい……だが、それを使うには……


「ドメイン形成は、コクピットをナノメタルで満たすことで発動する。アーマーと接続できないままでは戦闘モードを起動しても、銀のなかで溺死するだけだ」

 再びの、絶望の宣告だった。

「ジェイ……アーマー乗りドライバになるのは、諦めろ」


 そんな……

 お、俺は……俺は……


「い、嫌だあああああ! 認めん! 認めんぞおおおおお!」

「うわっ だだをこね始めた!」


 認めんぞ! ここまできて、ここまできてアーマーに乗れないなんてことがあるか!

 せっかくこんな素晴らしい世界なのに! なんのためにこんなところまで来たんだ!

 生まれ変わって、地底生活を生き抜いて、奇跡的に地上に出られて、いろいろあって俺専用のアーマーまで貰えたのに……

 ここまできて、アーマーを操縦できないなんて!

 ありえん、有り得ない!

 認められるか、こんな! こんなことが!!


「リン、戦闘モードだ!!」

「はあ!?」

「戦闘モードを起動してくれ! 俺はあきらめない! 俺ならできる! 信じろ!」

「いやだからだな、チェックした結果それができないと……」

「それは数分前までの俺の話だ! これからの俺は違う! この8コアボディに不可能は無い! 乗りこなしてみせる! システム、戦闘モード起動ううううう!」

「……はあ」


 リンピアは諦めて操作を始めた。うるさい警告音が響く。機械音声の警告をすべて無視して操作を続ける。


「権限代理、強制実行。システム戦闘モード起動」


 機体が唸りを上げ、ハッチが閉まり始めた。リンピアは心配そうな視線を残して退出していった。

 ドバドバと液体音。ナノメタルが後方から注入されてきた。

 足元から冷たい銀の水面が迫る。

 できるはずだ。俺の体を信じろ。機械信号回路を使いこなす俺の処理能力を信じろ。


「俺は、俺は必ずアーマぅぼぼぼぼぼぼぼぼ」

 

 ナノメタルに溺れるのは、水に溺れるのとはわけが違った。

 まず重い。

 そして視界がゼロだ。

 水よりも重いので浮力が強く、想定外に体が浮き上がる。手探りしてハンドルレバーを握りなおすのにも一苦労。思わず目を開いても完全な暗闇で、目に染みる痛みに混乱。自分のもがく音すら重い。

 しかもビリビリする。ナノメタルすべてに強い回路が走っているらしく、感覚を狂わせてくる。そのせいで俺自身の体内回路すら乱れる。

 アーマーのシステムを読み取って適応してやろうとしていたのだが、それどころではなかった。

 その結果……


 ↵


「うごごごごぼぼぼぼぼ」

「生きているか? しっかりしろ」


 俺は全身銀まみれになって地面に転がっていた。

 リンピアもナノメタルで汚れた姿だ。溺れて気絶した俺を引っ張り出してくれたらしい。


「まったく、溺れながら5分も粘るとは。だがこれでよくわかっただろう。適正因子の欠落を、努力で補うことは不可能だ。……運が悪かったな」


 慰めるようにリンピアは現実を語った。

 人間にはアーマーと接続するための回路因子が先天的に備わっている。が、その因子が欠けている者も稀に居る。

 メインシステム──回路処理をつかさどるコア機能の欠落。例のスキャナーで表示される項目のことだ。100%完全なメインシステムを備えた人間はひとりもいないのだという。誰にでも得意不得意があり、そして努力で覆すことのできない先天的な苦手分野──不可能分野がある。

 俺にとっての不可能は、よりによってアーマーを操縦することだった。


「……人間、本当にやりたい事というのは、できないものなのかもな」


 妙にしんみりしたリンピアの様子が印象に残った。


「うごごごごごごごご」


 俺は絶望のどん底を味わいながら、地面にゴミのように転がり続けた。

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