エピローグ
6-01 幸せを呼ぶフクロウ
「あっ、店長? これって……」
次の日の昼間。ふくろうカフェ『
止まり木にとまり、カメラに向かって小首を傾げて、笑っているように目を細めている一羽のフクロウ。汚れのない真っ白な羽に包まれた姿は、神秘的な美しささえ感じられる。
「これね、考え直して、飾ることにしたのよ。辛い記憶だったけど、大切な仲間だから。ずっと忘れないようにね」
そばに来た店長が、思い出に浸るようにしんみりと、それでも微笑んで言った。
写真のフクロウは、カフェを見守っているようにも見える。
ふと、青葉の肩へ、一羽のフクロウが飛んできてとまった。
「あら、ゆずちゃんも、会ってみたかったのかしら? うちの一番人気だった、幸せを呼ぶフクロウ――れもんちゃんに」
店長が冗談っぽく笑顔で言い、ゆずの頭を
店は開店したばかり。らいむをはじめ、フクロウたちは木のペイントが施された壁のくぼみにとまっている。皆、怪我も疲れも見られず、元気な姿で客を待っている。
青葉と肩に乗るゆずは、改めて、れもんの写真を見る。
「れもんちゃん、きっと幸せだったんだろうね」
写真に写る穏やかな表情を前に、青葉は思わずゆずに話しかけた。
夢玉を手放したから、ゆずにはもう言葉が伝わらない。
わかっていながら、そっと翼を撫でる。
「わたしも、ゆずを幸せにさせてあげたいな」
“ありがとう、青葉さん。ぼくも、青葉さんのこと、幸せにしたい”
不意に頭の中に聞こえてきた、ゆずの声。
青葉は手を止め、その場で固まってしまう。
”あっ、でも、夢玉を手放したから、もう青葉さんには言葉が伝わらないのかな。い、今のは、またいつか、夢の中で伝えられたらいいけど……”
空耳ではない。ブツブツと呟く声まで聞こえてくる。
青葉は固まった姿勢から、首をゆずのほうへ曲げた。
「ゆずの声、なんで聞こえるの?」
“えっ、青葉さん、ぼくの声、聞こえてるの?”
互いに目を合わせて、数秒。
「“えぇーーーっ!?”」
うっかり叫んでしまった青葉は、ゆずとともに隠れるようにその場にしゃがみこんだ。
「ゆず!? 夢玉がないのに、どうして話せるの? 夢玉をとおして、わたしたちは話ができていたんじゃなかったの?」
“そ、そうだと思っていたんだけど……。そうじゃなかったのかな……? なんでだろう? ぼくもわからないよー!?”
そういえば、ひとりでらいむの夢へ行った際も、青葉たちの声が聞こえていたと、ゆずは今さら思い出した。
騒ぎ合う一人と一羽を、カウンターの奥から店長が不思議そうに見て、首を傾げる。
カランカランッ。
ドアベルの音が鳴った。
青葉はハッと立ち上がり、肩にゆずを乗せたまま、普段どおりの接客を努める。
「こんにちはー。あっ、青葉ちゃん、久し振り!」
「
やってきたのは、木ノ葉だった。
タメ口でも良いと言われたが、接客に力んだせいで、変な口調になってしまう。
木ノ葉はカウンターの奥にいる店長とも挨拶して、青葉のもとへ近づいてきた。
「木ノ葉ちゃん、また来てくれてありがとう」
正直、お気に入りのれもんがいなくなったから、もう来ないかもしれないと思っていた。来てくれたことが素直に嬉しくて、自然と感謝の言葉が出た。
「あっ、今日はどうする? また、店長と話していく?」
続けて、青葉は尋ねる。
木ノ葉はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべながら、青葉の右肩に目を向けた。
「今日は、ゆずちゃんをご指名しようかな」
青葉は目を丸く見開き、一瞬固まってしまう。
あえて、フクロウの指名は無理にさせないでおこうと気を配っていた。
木ノ葉から指名を口にするとは思っていなかった。まして、ゆずの指名なんて。
“えぇーっ!? ぼ、ぼく、指名された!?”
青葉よりも驚いているのは、ゆず。
肩の上で、バタバタと翼を羽ばたかせる。
“ど、どうしよう!? ぼくの指名なんて、青葉さん以来初めてだよ!?”
「えっ!? ゆずちゃん、もしかして嫌がってる?」
「い、いや、これは、すごく嬉しがってるんだと思う!」
肩の上で踊るように飛び跳ねているゆずを見て、木ノ葉は心配するが、青葉が弁解しておく。
「触っていい?」と声をかけ、そっと、木ノ葉の手がゆずの頭を撫でた。
「この前にゆずちゃんを触ったあと、なんだかすっごく癒されてね。れもんちゃんも好きだったけど、今度はゆずちゃんにまた会いたいなと思って来たんだよ」
落ち着きを取り戻したゆずに、木ノ葉は優しく教えてくれた。
けれども、なにかを思い出したように手を止め、青葉を見る。
「あっ、でも、人気者のゆずちゃんを、私が独り占めしてもいいのかな?」
「人気者……?」
思いがけない言葉に、一人と一羽は首を傾げる。
その時、ドアベルのけたたましい音が店内に響いた。
「ふくろうカフェ『dream owl』ってここですか!? あの、幸せを呼ぶフクロウとメイド店員がいるっていう……っ!」
入ってきた客は、一人、二人、三人、四人五人六人……!?
次々と雪崩のように人が店内に押し寄せ、青葉とゆずのもとへ詰めかける。
「あっ、肩に乗せてるフクロウ! あなたが幸せを呼ぶメイド店員さんですね!?」
「今日はメイド服じゃないんですか? でもカフェの制服も可愛い!」
「肩に乗ってるフクロウもすごく可愛い!」
「あの、いっしょに写真を撮ってもらっていいですか!?」
「サインください!」
「握手してください!」
取り囲まれた青葉とゆずは、なにが起きているかわからず頭の中が真っ白だ。
状況をつかめない青葉を助けようと、隣の木ノ葉がつんつんと肩を
「青葉ちゃん、これ見て?」
差し出されたスマホの画面を見る。SNSが開かれていて、そこに、ショッピングモールの前でチラシを見せながら立つ自分の写真が載っている。肩にはゆずもいっしょだ。
そういえば、チラシ配りをしている時、何度か「写真を撮っていいですか?」と声を掛けられたことがある。店の宣伝になればと、チラシを見せながら写真を撮ってもらっていた。
「この店員と肩に乗るフクロウの写真を待ち受けにすると、幸せが舞い降りるって噂があるみたい。告白に成功したとか、コンテストに受賞したとか、宝くじが当たったって人もいるらしいよ」
SNSの写真の下には、見たこともないほどの「いいね」が付き、拡散されている。まさか、地道なチラシ配りが、こんな話題になっていたとは……。
「ゆ、ゆず、夢の中で、なにかした?」
“う、ううん。青葉さん、昼間になにかした?”
「ううん。わたしも、なにも……」
店の中はすでに客でぎゅうぎゅうだ。ふたりは見たこともない来客数に、いまだ頭が真っ白なまま。
壁にとまっているフクロウたちは、どうなることかと面白そうに見ているだけ。
「は~い! みなさん、順番よ~! 整理券を渡すから、順番に待っててね~! 他のフクロウちゃんもいるから、ゆっくり見ていって~!」
カウンターの奥からやってきた店長が、てきぱきと客の整理を始めた。まるでこうなることをわかっていたように、整理券まで用意している。
青葉と目が合い、目の横でビシッとピースサインを送る店長。メイド服を着せてチラシ配りに行かせたのは、作戦通りだったのだろうか。
「“えぇーーーっ!?”」
青葉とゆずの驚愕と歓喜の入り混じった悲鳴が、満員御礼の店内に響いたのだった。
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