第42話

 試験がすんだら冬休みになるから、一度食事に行こう。シリルも一緒に。


 そう書かれたカレンからの手紙が追跡の小鳥となって暁の頭に止まったのは、まさにフィッシャー教授の「実用的な魔法」の発表の直前だった。


 すでにレポートは提出し、大きな階段教室で見学者自由で行われる発表はまさに興奮と熱気の渦となって、教室の温度はうっすらを汗をかくほど上昇していた。


 巨大な黒板を背に順番に披露される「実用的な魔法」の発表は時にどよめき、歓声を呼び、失笑を招いた。即ち、成功する者もいれば失敗する者もいて、順番を待つ学生は皆、その姿に我が事のように一喜一憂していた。


 暁はカレンの手紙をポケットにいれて、この試験がすんだら自分は果してどうなっているのだろうかと息苦しいほどの不安に捉われていた。


 実用的な魔法はハーブと魔法を調合しデトックスオイルを作るだとか、月の光を集めて照明をつくるといった「自然」と「魔法」の融合のようなものばかりで、暁は他の学生たちがやはり元々持っている「魔法世界」の育ちと知識、経験によって魔法を捉え、鍛錬しているのだと思い知った。


 暁は今になって自分の書いたレポートとこれからやろうとしている自分なりに考えた魔法が「正解」なのか自信がなくなり、胸がむかむかするほどの緊張に襲われていた。何度も実験したけれど、失敗したら。それよりも、教授も含めてみんながどんな反応を示すのかも暁は怖かった。


「エドワード・ロックハート」


 フィッシャー教授が名簿を手にしながら名前を読み上げた。


 皆の視線が階段教室のてっぺんを振り仰いだ。暁も反射的に後ろを振り向いた。


 満員の教室の最後列から立ち上がって、エドワードがゆっくりと前に進み出るところだった。暁はエドワードが手にしている小さな装置を見てはっとした。


 通りすぎざまにエドワードが暁にちらと視線を送り、にやりと笑うのが分かった。


「あれ、なに持ってるの?」


 周囲の学生たちがひそひそ囁き合う。エドワードの手にしているガラス製の小さなものに皆の視線が注がれていた。


 エドワードは教壇へ立つと、フィッシャー教授に会釈をした。暁はどうしたって胸が高鳴るのを止めることができなかった。


「魔法というものは古い、非効率的な力になりつつあります」


 エドワードがよく通る声で話し始めた。


「強大な魔法ほど多くのエネルギーや、カロリー、魔力を必要とする。太古の魔法を使う者が少なくなったのは個々のエネルギー不足が理由で、結局は実用的ではなくなったと考えることができます。今では強い魔力を持つ者や鍛錬した魔法使いの数も減ってきました。魔法は科学の世界に侵食されつつあるのです。よりイージーで便利な世界に。そこで僕はその科学の力を逆に魔法に取り入れることを思いつきました」


 階段教室中に驚きと好奇心に満ちたざわめきが起こった。暁は固唾を飲んでエドワードを見つめていた。


 ――あの装置。知ってる。持ってた。昔、匠が科学好きの私の為にくれたものと同じだ――。暁は不意に自分の片割れである匠のことが思い出され胸にせまるものがあった。


「あれ、なに?」


 突然肩をつつかれて驚いてそちらを見ると、いつの間にかジャネットが隣に立っていた。


「ねえ、エドワードはなにを持ってるの?」


 ジャネットはもう一度尋ねた。暁は答えた。


「ラジオメーター……」


「なにそれ?」


「ええと……簡単に言うと、光エネルギーを運動エネルギーに変換する実験器具で……」


「なんでそれが実用的な魔法と関係あるのよ?」


 暁が持っていたラジオメーターも丸いガラス玉の中に四枚の金属の羽が入ったもので、光を受けて温められた羽がくるくる回転するオブジェで、匠がくれたもので、恐らくそれは今でも鷹住の家の暁の部屋に置かれているだろう。匠が「こういうの、暁は好きだろ」と言ってプレゼントしてくれたことがはっきりと胸に蘇る。


 エドワードは袖口から杖をするっと取り出すと、空中に向けて一振りした。


 するとちょうど目線のあたりに小さな白熱灯ぐらいの光の球がぽっと現われて、教卓に置かれたラジオメーターを煌々と照らし始めた。


「このガラスの中は低真空になっていて、中の羽は片面を白と黒にそれぞれ塗ってあります。これはラジオメーターという物理の実験に使われたもので、羽が光を吸収することで温度差が生じ、膨張した気体が滞留を起こしてその反作用によって羽が回転します」


 エドワードの淀みない説明にジャネットは「なに言ってんのか全然分かんない」と呟いた。が、暁は心躍る自分を確かに感じていた。


「光のエネルギーを変換させるという点に着目し、僕はこのガラスの中の羽に魔法をかけています。光の魔力を集める魔法です。即ち、この羽が太陽光などの光エネルギーを受けて羽を回転させる時、それは光の魔力が集まり、凝縮されこのガラスの中にいっぱいになるということです。今、僕は仮にですが、自力で作りだした光をこのガラスに当てることで光を集めています。でも羽が動き出すとこの中には増幅された光の魔力が溜まっていく……。そしてそれを取り出すと……!」


 エドワードの杖がラジオメーターにそっと触れた。かと思うと、次の瞬間、階段教室の天井付近に向って花火のように光の球が飛びあがり、一瞬何も見えなくなるほどの閃光が炸裂した。


 教室中が悲鳴と歓声に包まれた。暁は驚きと、目潰しのような強烈な光に瞼をぱちぱちさせ「すごい……」と呟いた。


 隣のジャネットは手を叩いて歓声をあげ「エドワード! すごいわ! 天才じゃない?! 見た? 今の光!」と、興奮して周囲の学生たちに向って大はしゃぎだった。


 教壇のエドワードは杖を袖口に収めると、静かに、いつもの取り澄ました顔で言った。


「このように、太陽エネルギーを凝縮させて魔力を集める装置というものがあれば、魔法の為のエネルギーを簡単に得ることができます。例えば、魔力の弱い者、魔法の下手な者や未熟な者もエネルギーを集める手段を持てれば、大きな魔法を使うことも可能になってくる。そして、その供給源は太陽でも電球でもいい。この世界のどこでも手軽に力を集めることができ、しかも、本人の力の消耗やダメージはいたって軽微ですみます。僕は新時代の魔法はこのように化学や物理を取り入れることこそが新しい、実用的な魔法だと考えます」


 エドワードが一礼すると教室はものすごい拍手と歓声に包まれた。ふと見ると見守っていたフィッシャー教授も微笑みながら拍手をしていた。


 ――負けた――。暁は肩を落とした。――あんなすごい魔法の後では、何をしても自分の考えたことなんて負けるに決まってる――。


 暁はたった今、爆発的な光を放った天井付近を仰ぎ見て、大きく息を吐き出した。そして教壇をおりるエドワードに拍手を送った。


 悔しいとは思わなかった。妬む気持ちはなく、純粋にすごいと思った。さすがだ、と。そして自分はせっかく慣れてきたというのに、この学校を去ることになるんだなと泣きたいような気持ちで胸が塞がれた。


 エドワードが再び暁の横を通った時、暁は拍手をしながら心から彼に向って微笑んで見せた。


 ジャネットが狂喜しながらエドワードを追って行くのを見送ると、フィッシャー教授が次の学生の名前を読み上げた。


「アキラ・クオンジ」

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