恋して、愛してます

千桐加蓮

第1話

 桜が散って少し経つ。

 入学式が終わって、本格的に授業が始まって約二週間ぐらいだろうか?教室のドアが開いて、誰かが入って来る。私は顔に手をついていたのを少し離す。

「はい、席着いてー」

 少し天パの黒髪。特に前髪は伸びすぎていて、いかにも暗い印象。背は高くも低くもなく、黒縁のメガネをかけている男の先生が、どんよりした眠たげな声でそう言う。

 そこに、女子のクラスメイトとその仲がいい男子一人が先生の元に駆け寄る。すると咳き込むぐらいの声でこう言った。

「あ!向月むつき先生!ずっと前から気になっていたんだけど」

クラスメイトがその話を聞き、ゾロゾロと先生の周りに集まる。先生は

「何?」

と言った。表情が動揺している。男子生徒がスマホの画面を先生に見せて指を指して言った。

「この人井上が好きなゲーム実況者で『フーリ』って言うんだけど、先生に似てるじゃんってなってな」

みんなはうんうんと首を縦に振っていた。それに女子のクラスメイト、井上さんがこう付け加える。

「兄弟とか……?」

そう言われると先生が一瞬、ほんの一瞬ムッとした顔になる。あそこで先生の周りに集まっている軍団には見えないし、分からないだろう。私は自分の席からはっきり見えた。私は目を下に向けた。

「……悪いけど、知らない人だよ」

先生は冷淡な声だった。私にはそう聞こえる。

「とりあえず、席に着いてー」

授業の始まりのチャイムが鳴る。教室では笑い声や騒ぐ声が聞こえる中、井上さんは

「じゃ!メガネ取ってみて!」

「えー、やだよ」

「そこをなんとか!」

と駄々をこねていた。私は再び手を顔につく。窓側の席から外を見ていた。


 僕には秘密がある。

高校の英語の教師として勤めて一年が経った。僕は授業が終わり次第、さっさと講師室に戻り、帰る準備をして講師の先生達に

「お先に失礼します」

と言って講師室を出る。駅まで歩き電車に乗って揺られる。その後は、バスに乗って団地前で降りる。自分が住んでいるところまで歩いて行き、階段を上る。下の階の方なので、すぐに着くとはいえ疲れる。エレベーターをつけてもらいたいものだ。玄関のドアを開けて小さく

「ただいまー」

と言うと同時に僕はうざったらしいメガネを取る。息をそっと吐くとスマホが鳴った。バックの中からスマホを取り出し連絡アプリを起動する。相手は兄からだった。

『友達の家にいる』

という文。毎度のことなので別に報告する必要もない気がする。もう子供じゃない。成人してるんだから。

 僕は靴入れの上に飾ってある鏡を見る。メガネを外した顔は兄にそっくりだとよく言われ続けていた。

――僕の秘密。あのゲーム実況者は僕の兄だ。


 私はどの部活にも所属していないのでさっさとと帰宅する。一人で駅まで歩き電車に乗る。椅子は埋まっていたので、ドア付近に寄りかかる。最寄りの駅で電車を降りてバスターミナルから出る三丁目行きのバスに乗る。バスの一人席に座り、スマホで音楽を聴く。バスを降りて少し歩くとマンションがある。エスカレーターで五階までいき、玄関のドアを開ける。楽しそうに話声が聞こえる。ドアを閉めてローファーを脱いで、部屋のドアをノックする。私の部屋ではないからだ。

「はい」

と返事を返してくれたので、ドアを開ける。中には服を着ないで下は毛布で隠している男が二人、床に座っていた。この光景にも慣れてしまった。

「ただいまお兄ちゃん。今お取込み中?」

私がそう言うとお兄ちゃんは、いつものように優しい穏やかな声で

「もう終わった」

そしてお兄ちゃんの隣にいる金髪の男の人は私に向かってヒラヒラと手を振った。

茉裕まひろちゃんー」

風李ふうりさん」

私はその男の人の名前呼んだ。そっと微笑む。素直に居てくれて嬉しい。

「茉裕ちゃんもこっちおいでー!」

そう言われて手招きされる。私は風李さんの隣に座ると、スマホで写真を見せてきた。画面には風李さんそっくりな黒髪の男の人。その人は首にはタオルをかけていて、髪は濡れている。いつもならメガネを付けているはずの人。

「見てー!お風呂上がりの弟!」

風李さんは嬉しそうに愛おしそうに見ている。私はニコリと笑った。心の底からの笑いではなかったが、表面上では笑った。お兄ちゃんは

「かわいー」

と言っている。風李さんは

「だろー!」

と自慢げに言っていた。

――私の秘密。あのゲーム実況者は私の先生のお兄さんだ。そしてそのお兄さんは私のお兄ちゃんと体の関係を持っている。セフレ……なのだろうか?私は別に深入りなどはしない。それが二人にとって幸せならそれでいい。それを壊したくはない。

「じゃ、私は自分の部屋にいるんで」

そう言ってその場を離れようと立つと

「あ、本当気を使わなくていいから……いや、気を使っちゃうのも分かるけど……」

風李さんは優しいし些細なことまで理解しようとしてくれる。

「大丈夫です」

そんな風李さんのことが少し気になっていた。この感情が憧れなのか、たまた恋愛的な好きなのかよく分からない。大体、よくある一目惚れなんていうのをした記憶が思い出せる限りない。

『この人顔が整ってはいるな……』

ぐらいはあっても恋愛的に好きになったことはないと思う。だから、偶にある女子会なんかもつまらないし、行かなくなった。

「ごゆっくり」

軽く会釈をしてドアを閉めた。


 お兄ちゃんが風李さんを家に連れてくるようになったのは私が小学校中学年から。あからさまに体の関係を持つようになったのは多分、私が中学校入りたてで、お兄ちゃんが専門学校一年の頃だろうか。

 風李さんは大学にその時はまだ通ってはいたが、途中で中退したらしい。 

 好きなことに夢中になりたかったのだろうか?

 中学校から帰ると、そう言う声が聞こえて。初めは彼女が出来たのかと思い、どんな人か会ってみたいという気持ちと、一緒に遊んでくれる機会が減ってしまうのかという寂しさがあった。

 でも、その声が止んでドアをノックする。返事がなかったが、心配になってドアを開けた。

 中には息を切らしたお兄ちゃんと風李さんがいた。その時の風李さんはまだ金髪ではなく、黒髪だった。二人とも服は着ていなかった。風李さんはなんとも言えない顔をしていたが私と目が合うとそっと微笑んだ。そしてこう言ってきた。

「飲み物……出来れば水持ってきてくれる?望と……俺の分」

私はその時、私の知っている優しくて温かいお兄ちゃんではなくなってしまったような気がしたし、風李さんが悪者に見えたが

「……はい」

と返事をして冷蔵庫から水を出して風李さんに渡した。お兄ちゃんはその時ビクリともしないで寝てしまっていた。

 その日の夜、お兄ちゃんに

「お父さんには今日のこと言わないでくれ……風李は俺にとって必要な人なんだよ」

夕食の時に言われた。まだふらふらとしていたが、風李さんが帰って数時間が経った時に、お兄ちゃんが起きてリビングにやってきた。私が一人でご飯を食べている時に

「欲しいものなら出来る限り買ってやろうと思っているし、行きたいところがあるのなら連れて行ってあげるし……そう言う問題じゃないか……?」

お兄ちゃんは頭を掻いて少し焦っていた。別に恥ずかしいことではないのに、私は別にお兄ちゃんのことは大好きなのに。だから私は確認した。

「お兄ちゃんは私のこと大事……?」

私は今にも泣き出してしまいそうになって目を合わせられなかった。

「大事大事だよ」

お兄ちゃんは私の側にきて頭を撫でてくれた。

「どんな形でも、幸せならいいよ。別にお父さんに言ったりしないし、誰にも言わない」

私は下を向いたままそう言うと、お兄ちゃんの啜り泣く声が聞こえてきた。

 それ以来、風李さんが家に来る回数が増えた。それで今に至る。四年前の話。四年前の風李さんは顔バレをしてそれを拡散されていたらしい。今はマスクは付けているが実写で動画を撮ることも多々ある。

 私はフーリの動画をワイヤレスイヤホンを付けて見る。フーリは楽しそうに会話をしてゲームをしている。

 

 でも、お兄ちゃんと一緒にいる時の方が安心しているように思える。


 今の私は、お兄ちゃんがそういう存在になれていることが心底羨ましいかった。

 

 生きているだけで、誰かを幸せに出来る存在。

 

 私はお兄ちゃんのそういう存在かと言われると違う。多分たった一人の妹だからという言葉が間にはいってくるのではないだろうか?そう思うのは私だけなのか……

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