第九百十六話 切り離しと別れ

 二人目の邪念衆である落陽の炎天。

 その能力の根源であろうと思われる能力を奪い取ったベリアルは

高らかに声を挙げた。

 燃えていた片目を抑え、立ち上がれずにいるそいつを放って俺は叫ぶ。


「急げベルベディシア!」

「分かってますわよ!」


 他の妖魔を全て気絶させ終えていたベルベディシアが前方車両へ入ったのを確認して

ベルベディシアを先頭、その肩にベリアルが乗り、俺が真ん中、後方にベルギルガが位

置する。

 

「トドメを刺さなくていいのかぁ?」

「ああ。何せここで連結を切り離すからな。これ以上追って来ても無駄だ」

「なるほどなぁ。第七車両ってのは誰が守ってんだろうな」

「……誰もいませんわ。恐らく先ほどの方が十分仕留めきれると思っていたのではないかし

らね。形勢不利とみて応援を呼びに行こうとしていたけれど……こちらの車両は誰もおり

ませんわ」

「なら丁度良い。急いで切り離……」

「待て……返せ……俺の炎を返せぇーーーー!」


 この列車は車両連結部分と次の車両までそこそこ距離がある形をしている。

 後から追って来た奴は……立ち上がれないゾンビのように地を這いずりながらこちらへ

迫って来ていた。


「ちっ。トドメを刺せ! ルイン!」

「気絶させるだけでいいだろ! ギルガ! 俺がやる!」

「な、なんだぁー? 見えない壁で先に進めないぞ!?」

「何だと?」

「貴様は逃がさん……よくも俺の衣を汚してくれたなぁ……その鳥もだ。絶対にここから生

きて返さん……ぞ」

「仕方ねえ。腹ぁくくるか」

「おい、ベルギルガ……何をしてる!」


 ベルギルガは……車両の連結されている部分を食い始めた。

 それを見て呆れるのは這いずりながら迫って来ていた炎天だ。


「き、貴様は何をしている。歯でこの鉱物を……まさか貴様が枷を外した奴か!?」

「グギィ……っ。まっずー。素の鉱物が一番美味かったな。へへ……」

「よせ! 封剣! ……くそっ、何だこの壁は」


 ベルギルガと俺たちの間を封鎖している見えない壁を斬り刻むが、びくともしない。

 もう、連結が全て食い破られそうだ。


「やめろベルギルガ! ここで切り離したらお前が……」

「なぁルインよ。お前、俺の親戚だろう?」

「気付いてたのか、お前……」

「あたぼうじゃねえか。俺ぁバカだがよ。鈍いわけじゃねえ。俺ぁ……

親父が怖かった。お袋も親父に惨殺された。ずっと怯えて生きてた。だが

よ。親父は死んだ。俺ぁ救われた気分だった。生きるために必死だった。

同族は俺をバカにして生きてた。だがお前は違った! ルイン! ……生き

てたらまた会おうぜ。さらばだ!」

「止めろ、ベルギルガーーーーー!」


 ガキンという音と共に、最後の連結部分を食いちぎったベルギルガ。

 後方車両は一瞬にして遠のき……見えなくなった。

 

「……だからトドメを刺せといったんだよ、バカ野郎。モンスターと同じだと思いやがら

ねえのか」

「俺の、せいだ……俺が甘いから」

「落ち込んでいる時間があると思いまして? あなたの美徳はそいういうところでしょう。

それに……わたくしにはただで死ぬような男には見えませんでしたわ」

「けど、俺がいながら……」

「そう思うんならよ。雷帝位はしっかり救ってみせるこった。さっさと行くぜ」


 同族であることに気付いてたなら、それを隠していた俺はさぞ滑稽だったろう。

 あいつの過去……少しだけ聞かせてもらった。

 残虐のベルータスは許せない存在だった。

 だが、その息子はただ怯えていただけ……か。

 あいつが何のためにここまでしてくれたのか……それは分からない。

 でも、もし再び会えたならば。


「ちゃんと礼をしたい。頼むから生きていてくれよ、ベルギルガ」


 まだ切り離し予定である中間地点には到着していない。

 つまり積み荷は予定とは違う場所で切り離して置いてったわけだ。

 しかも邪念衆二人を残して。

 これがフェルドジーヴァに伝われば間違いなく激昂するだろう。


「この先にもまだ強え奴がいるんだろ」

「最初にあった月影って奴は末席っていってた。さっきいた炎天はその次位なんだろう。

だが月影の方が強かった気がする」

「同感ですわね。あの炎天という男は簡単に取り乱しておりましたし、情報も大して持ち

合わせていないようでしたもの」

「序列ってのは入った順番ってことかも知れねえな。最初の奴は日が浅いんだろうよ。フ

ェルドナーガの野郎が地底を制圧して日も浅い。使えそうな奴らをかき集めてるのかも知

れねえな」

「それもベオルブイーターを倒すためか?」

「恐らくそうだろうな。確かに俺たちの戦力でも足りなかったかもしれねえ」

「バルフートとギオマがいても、か?」

「ああ。それほどの化け物ってこった」

「わたくしは伝承程度でしか存じませんけれど。地底にそのような生物がいてなぜ地底は

過去統一されたのかしら」

「……詳しくは知らねえ。だが、それこそベル家とフェル家の力だと聞いたことがある」

「ベル家とフェル家の力ってことは、ベルーファルクとフェルドランスの力ってことだよな」

「そういうことだ。タルタロスのくそ野郎の力を抑えたってだけでも眉唾ものだぜ」


 タルタロスか。確かにあの存在は過去に見たことが無い程強大なものだった。

 その一部を奪い取ってしまっているわけなのだが……。


「それこそ現実的なお話じゃないですわね。紫電級アーティファクト。恐らくその影響

か何か……なのでしょうね」

「そういえばタルタロスが奪われたって言う紫電級アーティファクト。あれはまだ地底

にあるんだろ?」

「どうかな。やっこさん躍起になって探してるに違いねえぜ。みつけておめえのものに

しちまうのはどうだ?」

「魂をどうこうする力なんて、俺にはいらないよ。どうせ欲しいなら、探し物を見つ

ける目とか、メルザが食べたいものを幾らでも出せる装置とか、そんなところだな」

「あなたらしいですわね。後者はわたくしも欲しいですわ」

「欲のねぇ奴だよ。それこそてめえのために使うものが一つも無えじゃねえか」


 第七車両での小休息を終え、第六車両へ。

 ここでじっとしていても、他で連結を切り離されたらひとたまりもない。

 慎重に行動してベレッタ到着を目論まなければ。

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