第六話 『黒い獣と彼からの贈り物』
ノア達が砦に入り、真っ先に目に入ったのは奥の建物に居る巨大な黒い獣だった。
「な、何だアレ!」
アルバートが驚きの声を上げる。
「あれは……魔獣ですね」
魔獣は何かを掴もうと腕を伸ばす。
その事にノアは気付き指示を出す。
「アイリス! 建物の中に誰か居るみたいだ、アリサの可能性があるから牽制を頼む!」
「分かりました! 【
ノアはアイリスの魔術が放たれる同じタイミングで走り出す。
先に魔術が当たり、魔獣が外に振り向く。
魔獣はアイリスに対して、威嚇の声を上げて一直線に駆け出す。
ノアは魔獣の死角外から首を狙い剣を振る。
しかし、魔獣はノアの攻撃を間一髪で防ぐ。
ノアの剣は魔獣の太い左腕に深々と食い込み、腕の中間で止まっている。
「ガァア!」
魔獣は大声を上げてノアを睨み、右腕を振り抜く。
ノアも両腕に力を入れて、剣を振り下ろす。
「ぐッ!」
ノアは吹き飛び、砦を囲む壁に激突して血を噴き出し地面に倒れる。
魔獣は左腕を切り落とされたが、痛む様子は無く、既に切断面は塞がっている。
「あ! ノア、大丈夫か!」
「アルバート! 貴方はアリサさんを探して来て下さい」
「でも、ノアが」
「兄さんはアレぐらい大丈夫です! 早く行って下さい!」
「わ、分かった!」
アルバートはアイリスの傍から離れて、アリサを探しに奥の建物に向かう。
魔獣が地面に落ちた自分の左腕を手に取り、アルバートに狙いを定める。
アイリスは魔獣に対して魔術を放ち、注意を引く。
魔獣は攻撃を受けて、狙いをアイリスに変えて自分の腕を投げ飛ばす。
【
アイリスの前方に半透明の壁が構築され、魔獣の投げた腕が当たり、ドサッと地面に落ちる。
「こっちですよ。猿さん」
「――グルルッ」
アイリスの挑発に応える様に魔獣は地面を後ろ足で蹴り、体勢を低くくする。
「…………」
少しの沈黙の後、両者が共に動き出す。
「――ガァオオオ!」
【
魔獣が地面を蹴り、アイリスに迫る。
アイリスの魔術は魔獣に直撃するが、怯む事なく距離を詰める。
アイリスのすぐそこまで接近した魔獣は叩き潰そうと巨大な腕を振り下ろす。
【
アイリスはフワッと身体を浮かして、空に浮かび上がり、魔獣の攻撃を避けて至近距離で目を狙い光の魔術を放つ。
「――ガァッ!」
魔獣はアイリスの攻撃を受けて、少し仰け反る。
アイリスは透かさず魔術を放つ。
【
魔獣の周囲に光の球が現れ、一斉に魔獣を襲う。
アイリスは右方向に移動して、魔獣から距離を取り着地する、そして魔力を高め始める。
魔獣を覆っていた光が鎮まり、魔獣の姿が見える様になる。
アイリスの攻撃を至近距離で受けた魔獣は身体中に抉られた様な傷を負う。
「やはり、私一人では倒し切れませんね……」
アイリスが魔獣に与えた傷は見る見るうちに塞がって行く。
「グゥルルッ……ガァッ!」
魔獣は勢いよく飛び上がり、アイリスの元に接近する。
アイリスは防御魔術を展開する。
「【
展開した防御魔術を魔獣は一撃で粉砕する。
「まだ万全じゃ無いけど――【
アイリスは魔獣の攻撃を防ぐ為に、高まりきってない魔力で大魔術を放つ。
魔獣の周囲に光の粒子が現れて、一斉に破裂する。
アイリスは飛行魔術を発動して、距離を離そうとするが魔獣は怯む事なく肉薄して巨大な拳でアイリスを殴りかかる。
「――!」
魔獣の拳がアイリスに触れる間一髪の所で、魔獣の拳は勢いを無くし手首から先だけが地面に落ちる。
「兄さんッ!」
アイリスと魔獣の間にいつの間にかノアが割って入り、魔獣の手首を切断していた。
「怪我は?」
「ありません! アルバートがアリサさんを探してます!」
「分かった。コイツを倒すぞ」
「はい!」
「――オォオオオ!!」
手首切られた魔獣は大声を上げ、目の前に現れたノアに怒りを露わにして攻撃を仕掛ける。
【
魔獣の攻撃は
攻撃を弾いた防御魔術は直ぐに霧散してノアの剣が魔獣に迫る。
【
魔獣は首に迫った剣から逃れる為に身体を後ろに引き、剣から首を遠ざけるが剣から螺旋状の斬撃が放たれ、首を深く抉られる。
「ガァァア」
魔獣は後ろに飛び退き、ノアから距離を取る。
深く抉られた首から血を流すが、その傷も見る見るうちに塞がる。
「畳み掛ける」
「はい!」
ノアは魔獣に肉薄し、剣戟を連ねてアイリスは後方から魔術による攻撃と防御で補助を行う。
魔獣は二人の猛攻に耐え切れず、押され始めたその時、声が響く――。
「おーい! アリサを見つけたぞー!」
奥の建物からアルバートがアリサを連れて、姿を見せる。
「よくやった! 早くここから――」
「――ガァオオオ!!」
魔獣は突如、叫ぶ。
隙が出来たノアに渾身の力で殴り掛かり、アイリスの防御魔術も粉砕してノアを吹き飛ばす。
ノアは砦を囲む壁に穴を開け、砦の外まで飛ばされる。
「ア、リサ、ハ、オレガッ!」
その後、魔獣は地面を蹴り飛び上がり、アルバートとアリサの前に大きな音を立てて着地する。
「――うわぁ! こ、この〜! 怖くなんかないぞ! お前なんて!」
アルバートはアリサの前に出て、魔獣に対して腕を構える。
魔獣は荒い獣声を上げながら、そっとアリサに近づこうと身体を動かす。
「グルルゥゥ……ガッ! に、逃げろ、アリサ」
魔獣は突然、身体を硬直させ、声色を荒い獣声から苦しそうな青年の声に変わる。
「騙されないぞ! あ、アリサ! 早く逃げるぞ!」
アルバートは魔獣から離れようと精一杯の力で、アリサの手を引く。
「そ、それで良い。 ガッァア! は、早く、逃げてくれ。ガァ! 僕に君を殺させ無いで、くれ」
魔獣は青年の声と獣の声が交互に入れ代わりながら言葉を発する。
アリサはその姿を見て、思わず足が止まる。
「マルクスじゃないのに、貴方の声からは何故かマルクスの……想いを感じる」
「止まったら、ダメだ。 ガアッ!」
「アリサ! コイツは魔獣だぞ!」
「でも!」
「僕は……マルクスの記憶から生まれた
「危ない!」
魔獣の硬直が解かれて、巨大な腕がアリサに迫る。
「――!」
アリサに触れる前に魔獣の身体が再度、硬直する。
「……お願いだ。 早く、僕から離れてくれ……僕は君を
「――!」
その言葉は生前、マルクスからアリサに贈られたプロポーズの言葉と同じだった。
ただ単に言葉が同じだけでは無く、その時のマルクスの
「彼じゃないのに、ううっ……」
アリサの涙を見て、マルクスの記憶から生まれた第二人格は主人格である魔獣の精神を完全に抑え込み、黒い獣の姿から青い髪の青年マルクスに姿を変えてアリサの涙を優しく拭う。
「――泣かないで……アリサ」
アリサは目の前の魔獣がマルクスの記憶を持っただけの化け物とは思えなくなる。
「……マルク――ッ」
青年の姿をした魔獣は突然、アリサを突き飛ばす。
そして、先程までアリサがいた場所には真っ黒い大剣が魔獣の腹を突き破って現れた。
「ハッ! 女は助かるってか〜オイ。化け物」
魔獣の背後には黒い外套の男が立っており、背中に剣を突き刺している。
「ぐッ、ガぁああ!!」
魔獣は上半身の肉体を徐々に膨れ上がらせる。
「遅すぎだろって」
次の瞬間、魔獣の身体中から無数に黒い剣が突き出て、地面に力なく倒れる。
「ハッ! 魔獣の癖に食らった相手の人格に支配されるって馬鹿過ぎだろオメェ。なぁ?」
男は地面に倒れた魔獣を踏みつける。
「あ? どうした? もう終わりか? 魔獣なんだからさっさと傷、再生しろよ」
「ウッ……ガぁ」
地面に血が広がり、呼吸が小さくなっていく魔獣を見て男は大袈裟に腹を抱えて笑う。
「マジで言ってんのか? 自分を人間だと思い込んでいたから、再生能力が低下したってか? ハッ、面白いねー。ホラッ別れの言葉でも言ってみろよ」
男は魔獣を蹴り飛ばし、アリサの前に転がす。
「マ、マル……」
魔獣は地面を這いずりながらアリサに近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
その手には淡いピンクの宝石が装飾された指輪があった。
魔獣は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「
「――死ね」
魔獣の言葉を遮り、黒い外套の男が地面を這いずる魔獣にトドメを刺す。
魔獣は一瞬にして跡形も無く消滅して、地面に指輪だけが残る。
その指輪の内側には
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