第8話 ねじれた杖


 「罠士だよ」

 ナッツは息を整えながら答えた。


 「なんだ、そのジョブは?」

 ジェーマインは怪訝な顔になる。

 針は抜け落ちていたが、右目は閉じたままであった。


 「知らね。

 勝手に作ったんだ」

 ナッツは開き直った笑みを浮かべて言う。

 「この世界に来て、最初に知り合った女の子が盗賊だったんだ。

 彼女から、宝箱に仕掛けられているトラップの解除方法や、逆に追手や侵入者に仕掛ける、トラップの設置方法を教えてもらったんだよ」

 ジェーマインは無言で聞いていた。


 「矢で相手を落とし穴のある場所に追い込んで、落ちたところで、さらに岩を落とすトラップとかね。

 こっちの計算通り、連動して決まったら、おもしろいんだぜ。

 ドッキリみたいだろ」

 「……そうか」

 ジェーマインは納得した顔になった。

 「お前は、転生者か」


 「例えばさ……」

 ジェーマインの言葉には答えず、ナッツは声色を変えた。

 「魔王の私に、ここまでの手傷を負わせるとは見事ものだ。

 今回は見逃してやろう。

 私を倒したくば、さらに修行を積んで、挑んでまいれ……。

 とか、そういう気持ちは無い?」

 「無いな」

 即答したジェーマインだが、それでもナッツの言葉をおもしろがっているようであった。


 「じゃあ、世界の半分をくれてやるから、部下になれとかも?」

 「無い」

 「だよな。あんたは、そういう性格じゃない。

 ……まだ、おれの仲間は、誰も死んでいない。虫の息だけど生きている。

 ……わざとだろ」

 ジェーマインは「そうだ」とも「違う」とも言わない。

 ナッツの次の言葉を待っている。


 ……掛かったか、な?

 ナッツは魔王の反応を待つように黙り込んだ。


 「どうして、わざとだと思うのだ?」

 ナッツが黙っていると、ジェーマインがうながした。

 「レベルの低いパーティに、ここまで追い込まれ、プライドがズタズタになったんだろ。

 そのプライドを修復するために、ゆっくりと一人ずつ、他の仲間に見せつけるように殺し、恐怖を刻みつけ、命乞いをさせ、魔王に挑んだことを後悔させたうえで、最後の一人も殺すんだろ」


 「おもしろいな。

 で、お前は何番目に殺されたいのだ?」

 ジェーマインは「くくくく」と笑う。

 笑いながら、うつ伏せで転がっているシモンに指先を向けた。

 「衝ッ!」

 いきなり攻撃魔法を放った。


 倒れていたシモンが、見えない巨人に蹴り飛ばされたように転がった。

 その手から毒に濡れたナイフが転がり落ちる。

 上位呪文ではないが、今のシモンには致命傷になりかねないダメージであった。

 「くそッ……」と、シモンが小さくつぶやき、気を失った。


 「仲間の回復を待つ、時間稼ぎの会話か」

 ジェーマインが楽しそうにナッツに視線を戻して言う。


 ナッツは答えない。

 「話の内容もなかなかのものだ。

 この状態で、お前たち一人ひとりを念入りに嬲り殺せば、それなりの時間が掛かろう。

 魅力的で試したくなる案ではあるな」

 ジェーマインは、少し足を引きずるようにして移動する。


 「そして、それは、一人ずつ殺す間に、回復した者が、反撃を試みるという罠に繋がっているのか? 

 仲間の命も、罠の一部とするのか? 

 素晴らしいものだな」

 ジェーマインは、歌うように話しながら壁の前に立った。

 その壁には、幾つもの呪われた杖が掛けられていた。


 「くッ!」

 ナッツは唇を噛んだ。

 呪いは、魔王にとって何の障害にもならない。


 ジェーマインは、長い指で杖に触れ、その中から、ねじれた杖を取った。

 「心配するな。攻撃の杖ではない。

 お前たちのHPを1にするまで吸収させてもらう」

 ねじれた杖を軽く掲げた。

 「吸収したHPで回復した後、ゆっくりと嬲り殺しにしてやる」


 ジェーマインは、生命力吸収魔法を唱えた。

 「ドレイン!」

 ねじれた杖が輝き、ジェーマインを包み込んだ。

 光に包まれたジェーマインから、五つの光球が飛び出し、ハンク、エルシャ、シモン、リーザ、そしてナッツに命中した。


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