第33話 初めての契約獣は白いモフモフ!?
「お初にお目にかかります。私はビシュマール王国から使者を命ぜられたライオネルと申します。以後お見知り置きを」
「アイリッシュヴォルドの領主代行をしているアイリです。ヴェルゼワース辺境伯であられるヒューバート様のもとには向かわれなかったのですか?」
「もちろん挨拶に参りましたとも。そこでアリシエール様に面会を申し出たところ、会えるものなら会ってみよとおおせになられたので、こちらに足を運んだ次第です」
うっ……これはひょっとして初対面のチェスターさんと同じで、任務に忠実な騎士に悪気はないから結界に立ち入ることができるというパターンかしら。ドリーの苗木が無条件で私を守れるわけではないと伝えるべきだったかもしれないけど、今はそれよりも気になることがあった。
「そ、それでそちらのモフモフ……じゃなくて白虎は?」
「こちらは私を心配してついて来てくれた友人で……って、白虎?」
モフモフした毛皮をした白虎は、なぜか尻尾を丸めて怯えるようにこちらを窺っていた。ライオネルさんにしてもその姿は予想外だったのか訝しげにしている。その姿に舌打ちして、捲し立てるように白虎はライオネルさんに吠え立てる。
「おいおいライオネルよ、聞いていないぞ! よりにもよって女神イリス様の使徒を意に沿わぬ形で強引に連れ帰ろうなど。というより我があと一歩でも近づいたら、植物の蔓で縛られた挙句に全身火だるまにされ最後には海の底に鎮められそうな勢いなのだが!?」
白虎が前足で指し示す空中を見上げると、そこにはドリーとウンディーネとイリアステールが空中で攻撃体制をとっていた。
「ちょっと白虎。まさかとは思うけれど、大量の水がある海のすぐそばで、このウンディーネ様からアイリを攫おうとしていたなんてことはないわよね?」
「四聖獣が人間と共謀して女神様の加護を持つものを攫おうなどと嘆かわしい。せめてもの情けじゃ、妾が焼き払ってくれようぞ」
「二人とも、少しだけお待ちなさい。死ぬ前に子種をこの植物の中に吐精させないと、四聖獣の一角が居なくなってしまうわ。さあ、少しだけ待っていてあげるから三十秒で支度なさい」
最初の一人と一匹の言葉はともかく、ドリーのあんまりな言い草に白虎は耳をペタンとつけて情けない表情を見せる。見ればすでに両足とも蔓が巻き付いており逃げられないようだ。
事態を把握したライオネルさんは、急いで誤解を解くように嘆願の声を上げる。
「お、お待ちください! 私は確かに主人にできることならアリシエール様を連れ帰るように命じられてセントイリューズに参りましたが、白虎は単身でこちらに赴く私を心配してついてきてくれただけです!」
「主人ってビシュマールの王様ですか?」
「いえ、第三王子のフレドリック殿下です。殿下は前世の自動車とそっくりな乗り物を発明されたというアリシエール様に大層興味がおありで、是非とも話を聞きたいとおおせなのです」
予想外の話に私はチェスターさんと顔を見合わせると、ドリーたちを宥めて領主の館で詳しい話を聞くことにした。
◇
「それでは、フレドリック王子は異世界の記憶をお持ちということなのですね」
「はい。誰も信じようとはしませんが、幼少の頃から変わった物を職人に作らせ国を発展に寄与されております。似たようなことをより大々的にされているアリシエール様の話を聞いて、興味を持たれたのかと」
「でもお祖父様は西国の陰謀だと疑っています」
「……それも否定はしません。殿下を利用しようと考える者も確かにおります。ですがアリシエール様の現状の扱いを思えば、我が国にきた方が良いはずだとおおせになられております」
フレドリック王子の気遣いはどうあれ結局のところビシュマール王国の狙いはお祖父様が看破してみせた筋書きと大差ないようなので、私は正直な感想を述べることにした。
「私だけ良い待遇を受けたところで、今まで一緒に過ごしてきた人たちが戦火にさらされては意味がありません。魔導自動車に関しては協力しても構いませんが、婚約などの余計な気遣いはなしにしてください!」
「それでは、このまま王女と認められないまま平民の身分に甘んじると?」
「はい。私は今のまま演算宝珠職人のアイリとして暮らしていければ十分です」
「そうですか……承知しました。アイリ様の御意向については我が主人に伝えます。ところで、そろそろ白虎を解放してあげてくれませんか」
不意に横を向いたライオネルさんの目線を追うと、そこには蔦で雁字搦めにされた白虎が寝転がっていた。私が部屋でお茶を飲んでいたドリーに合図を送ると、スルスルと蔦がどこかに消え去っていく。
「ふう、死ぬかと思ったぞ……」
「白虎はどうして私がイリス様の使徒だってわかったの?」
「それだけ強く女神様のお力を宿していてはな。近寄るだけで盲目的に従いそうになる」
「ふーん。それなら……えいっ! モフモフモフモフッー!」
「な、何をする。やめろォオオオオオ!」
初めて見た時から白黒の縞模様をしたふさふさの毛が気になっていた私は、ヒューくんを思い出し、首に抱きついて白虎の毛並みをわしゃわしゃした。
初めは抵抗していた白虎も、次第に腹を出してされるがままになっていく。
「はぁー! 久しぶりにアニマルセラピーを堪能できてすっきりしたわ!」
存分にモフモフを堪能した私が白虎を解放して満足した声を上げると、ドリーは呆れた表情をして指摘した。
「何やっているのよ、アイリ。その四聖獣、あなたの契約獣になってしまったわよ?」
「えっ!? モフモフしただけで何も術はかけてないのに!」
「さっき白虎が言っていたでしょう。契約下にない聖獣があなたにあからさまな好意を見せられたら、盲目的に従うしかないわ。抗えるのは上位の精霊や神獣だけなのよ」
なんと! 今まで上位の精霊と神獣以外と近距離で接した事がなかったから気が付かなかったわ。私は気まずい表情をしてライオネルさんの方を向いて謝った。
「えっと……ごめんなさい。モフモフしたら白虎が私の契約獣になってしまったそうです」
「気にしないでください。もともと白虎と私は友人関係でしかありませんから。それに、アイリ様が白虎と契約を結ばれる方が今後のことを考えれば良いでしょう」
「それはどういう事ですか?」
「風の精霊の眷属である白虎なら、一度訪れた場所であれば瞬く間に移動する事ができます。周囲とは無関係にフレドリック王子とお会いになるにはうってつけの手段かと」
私は腹を出したままピクピクと伸びている白虎からの回答を諦めドリーの方を向くと、ドリーもその通りだと頷いた。
「そんな手段があるのなら、ノースグレイスにいるミルドレッドさんやサウスクローネのライディール王子とも今度から気軽に会えそうね!」
同じ場所にいることはほとんどないシルフィードと違って、白虎のように肉体を持っているなら頼みやすい。私はあらためて白虎に向き直って挨拶をする。
「強引な契約になってしまったけどよろしくね、白虎!」
「お手柔らかにな、我が主人よ……」
こうして期せずして四聖獣の一角である風の白虎と契約を果たした私は、ライオネルさんにフレドリック王子に向けた手紙を渡して白虎に護送をお願いした。
「私がイリス様から受けた使命は世界の文明の発展です。ですからビシュマール王国もその対象であることに変わりありません。フレドリック王子には、その点を伝えて自国を異世界のように発展させるために良き隣人として友人関係を築きたいとお伝えください」
婚約はお断りという言外の意思を込めて友人関係という箇所を強調すると、ライオネルさんは苦笑しつつも了承して白虎と共に姿を消した。
◇
白虎の力でビシュマール第三王子の離宮に到着したライオネルは、セントイリューズ王国での出来事と主人に向けた手紙を届けるために足早にフレドリック王子がいる部屋へと足を運んだ。
近衛への取り次ぎを済ませて部屋に入ると、王家特有の青い髪を振り乱しながら青い瞳をキラキラとさせたフレドリック王子が出迎える。
「おお、ライオネル! セントイリューズの様子はどうだった!?」
「馬車八台が並列に進めるほどの広い幅の街道が非常に平らかに整備されており、殿下が気にかけていらした魔導自動車が馬の疾走もかくやという速度で走り抜けている姿は圧巻でした」
「そこまでとは予想していなかったな。それで肝心のアリシエール王女とは会えたのか?」
「はっ、お会いすることはできましたがお連れすることはかないませんでした。ですが技術供与に関しては前向きで、友人としてなら交友関係を持っても良いと手紙を預かってまいりました」
ライオネルがアイリから受け取った手紙を差し出すと、フレドリック王子は興奮した様子でそれを読み終えた。
「友達から始めましょうという事だな! うおおお楽しみだぜ!」
「いえ、そういうわけでは……」
誤解を正そうとするも十五歳の王子の耳には入っていないらしく、友達から始まる恋もあろうとライオネルは伸ばした手を引っ込め無邪気に喜ぶ主人の姿を温かい目で見守るのだった。
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