第22話 女神様との再会と聖法陣の会得
「うう、魔石の共有源を確保しにきたというのにいきなりマイナススタートなんて酷いです」
「酷いのはお前の魔法だろう。もう街中では初級魔法以外撃つな。それより、本当にダンジョンに潜るつもりか?」
「もちろんです! 採取できる魔石の質も確認したいですし」
「それなら、念のため回復役の僧侶を連れて行こう。怪我はしないと思うが、スタミナが不安だ」
確かに十三歳の身体で洞窟を下っていくのは疲れるかもしれない。人間に転生したからには法術も理論的には使えるはずだけど、よく考えたら一度もイリス様の神殿を訪れていなかった。洗礼なしでは、素質があったとしても法術は使えないわ。
幸い冒険者の多いこの街では、僧侶は神殿に一定の金額を寄進すれば紹介してもらえるのだという。
「そうですね。折角だから、私も街の神殿に行って洗礼を受けたいです!」
「は? ああ、そうか。お前は皆が洗礼を受ける十歳の頃、街に住んでいなかったんだな」
「チェスターさんやアレックスさんは法術を使えないんですか?」
「逆に聞くが、使えると思うか?」
私は少し考えてイリス様の姿を思い浮かべる。あの多忙で現実主義な女神様の好みと言えば、似たような現実主義者か真逆の理想を抱く者かのどちらかだった。
「いいえ、二人ともイリス様の好みからは少し外れています」
「なんだそりゃ。女神様は好みで授ける法力の強さを決めているっていうのか?」
「その通りです! 性格こそが、女神様の神力と波長が合うかどうかを決定付けているのです!」
「へえ、お嬢の言うことなら案外その通りなのかもしれませんね。それじゃあ、早速神殿に向かうとしますか」
こうして冒険者ギルドを後にした私たちは、アレックスさんの先導で街の北にある丘に立つ神殿に向かうこととなった。
◇
神殿に到着して寄進をまいらせ洗礼を受けるために一人で祭壇の一室に向かうと、目の前の女神像から懐かしい気配が漂ってくるのを感じて私は思わず頬を緩めた。
「ああ、相変わらず現実ばかりを見つめて生真面目に過ごしていらっしゃるようですね」
(あなたも変わらないようですね。生まれて間もない時にあのような目にあったというのに、無謀な夢を捨てずにいてくれて何よりです。これは、そんなあなたに私からの手向けです)
女神像が強烈な光を放ち始め、やがてそれは私に向かって収束していった。
「これは……聖法陣の知識体系?」
(神聖演算宝珠であったあなたなら、この方が法術を使いやすいでしょう)
確かに。これなら魔法陣の代わりに聖法陣を展開することで、回復や解毒の演算宝珠を作り出すこともできる。もっとも聖法陣は魔法陣より情報量が多いから、普通の演算宝珠職人に伝授するのは無理なところが玉に瑕だけど。
「ありがとうございます。必ずや、この世界に異世界人が好むスローライフ文明を築いて見せます」
(……頼みましたよ。ですが地上の人間はいまだ成熟しておらず、時には悪意の刃を向けてくることもあります。くれぐれも慎重にことを進めるのですよ)
「わかりました。それでは行って参ります!」
(ああ、一人困った子がいるのでそちらも頼みます……)
どういうことかと振り返ったが、既に光は収まり女神像から感じていた気配は消え失せていた。私はあらためてイリス様の像に別れを告げると、祭壇の一室から出てチェスターさんとアレックスさんの二人に合流する。
「終わったようだな。ちょっとは法術を使えるようになったのか?」
「はい、少し変わった形だけど使えるようになったと思います!」
「なんだそりゃ? まあいいや。僧侶の方は話がついて、明日、冒険者ギルドで落ち合う段取りになった」
二人と別れてそれほど時間はなかったはずと、私は驚きの声を上げた。
「ずいぶん話が早いんですね、もっと時間がかかるものかと思っていました」
「それが妙な話で向こうから指名してきたんだ。なんでも女神様から神託が降りたんだとさ」
「ひょっとしてイリス様がおっしゃっていた困った子というのは、その人のことかしら……」
私は新たな厄介ごとの予感に、胸元の演算宝珠を強く握り締めた。
◇
神殿の用を済ませた後、街の宿屋で一夜を過ごし旅の疲れを癒す。宿屋の料理はというと、当然ながら……
「美味しくないです」
「本当に食に関しては贅沢極まりない奴だな。これでも街一番の宿なんだぞ?」
「隊長、お嬢の舌は特別性だから仕方ないですよ。それに、お試しは今日だけで明日からはお嬢が作ってくれるんでしょう?」
「もちろんです! この北の街にふさわしい春野菜のレシピを披露してあげます!」
素材は良いのだし、普通に新ジャガを使った甘辛煮や春キャベツを使った味噌汁やグラタンにパスタが美味しいでしょう。もっとも、みりんや味噌や胡椒といった必須の調味料がないから将来的にはそうした調味料の生産・流通体制を考えないといけない。
山の幸も取り入れたいところだけど、山脈にはドラゴンの巣があって人が立ち入るのは困難だという。
「ドラゴン退治はしないのですか?」
「するわけないだろ。普通の冒険者にとっては、出会えば命はない魔獣の王だぞ」
「そんな大袈裟な。ドラゴンステーキは美味しいのですよ?」
牛や豚では味わえない魔力の籠ったその肉は、塩胡椒を振っただけの単純な味付けでも美味しい。焼いてよし、揚げてよしの万能食材であることはわかっている。
「お嬢にとってはドラゴンも食材か。そういえば僧侶も似たような事を言っていたな」
「え? そうなのですか!?」
「なぜ冒険者たちはダンジョンばかりに行きたがるのか、山には大いなる幸が大量に住んでいるのに。とか言ってましたね」
呆れたように肩を竦めるアレックスさんに、チェスターさんも同意する。
「まったく……僧侶の服を着ていなければ、鈍器が
「ずいぶん、変わった方なのですね。食べ物などに固執せず、僧侶らしく神殿で祈りを捧げているべきなのでは?」
「お前「お嬢にだけは言われたくないだろうなぁ……」」
現地料理に我慢できず異空間から食後のデザートを取り出して頬張っていた私に、二人がジト目を向けてきた。
私はなんとなく居心地が悪くなって、先ほどの言葉を訂正する。
「……僧侶といえども人の子。食の幸せを求める権利は平等に与えられるべきでしょう」
「そうだな。そういうわけで、俺たちも人の子だから例のワインを頼むわ」
「仕方ないですね、一杯だけですよ!」
私は精霊の森でドリーとウンディーネが共同で生産したワインを取り出し、二人のグラスに注いであげる。二人は待っていましたとばかりにグラスを傾け、その芳醇な香りを楽しむ。
「本当に、いつ飲んでもこいつは最高だぜ。こんな上等なワインがお菓子や料理だけに消費されているかと思うと、俺は残念でならねぇ」
「チェスター隊長に聞いた時は冗談かと思っていましたが、これほどとは……ご婦人のお茶会ではなく夜会に出されていたら、大騒ぎになっていたのでは?」
「うーん、単なる三年ものワインだから、ちゃんと発酵して寝かせてあげれば人間でも似たような味が出せるはずよ? そのためにはブドウの産地を探してワイナリーを訪れ、生産工程を精査して改善しないといけないけど」
「マジか。そいつは良いことを聞いた。次は是非ともお前をワイナリーに連れて行かないとならんな」
今までと違ってやけにやる気を出したチェスターさんに私は釘を刺す。
「ワイナリーに行っても未成年の私自身が味を確かめられるわけじゃないし、うまくいくかわからないんですからね!」
「わかっている、だが今よりは絶対美味くなるはずだ。それに酒についても進歩させないと、お前の目的は達成できないはずだろ?」
「もう、調子がいいんだから。お酒はドリーやウンディーネが極めているからいいんです!」
こうして楽しい夕食の時間を過ごした私たちは旅の疲れも癒え、明日のダンジョン視察に向けて十分に英気を養うことができた。
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