第19話 真実の発覚と今後の展望
王宮への出仕を終えて辺境伯邸に戻ったところで、私は昼間の一件で疑問に思っていたことを切り出していた。
「アルバート様、ひょっとして気付いていたのですか?」
「ん? 何をだい?」
「そ、それはその……いえ、なんでもありません」
よく考えたらさっきのお母様の質問も別に首を縦に振ったわけじゃないし、ばれているとは限らないわ。セーフ、セーフなのよ!
そう思って胸の前で両手をグッと手を握る私に、アルバート様は我慢できないといった風情で笑い始めた。
「いやいや、それは無理が……ぷっ、もう駄目だ! あの完璧な姉上そっくりな顔で、そんな大丈夫なはずと言わんばかりの顔をされたらツボにきて堪らない!」
まるで心の声まで聞かれたようなセリフに、私は思わず強く出てしまう。
「どういうことですか! どのあたりに無理があるというのです!」
「正直な話、君がアリシエールだと気付いていないのは家の者ではそこのチェスター隊長と、その隊員だけだと思うよ」
「うそ……」
唐突に明かされた真実に、私は思わず口を開けたまま絶句してしまう。私の苦労はなんだったというのか。チェスターさんの方を見ると、こちらも呆気に取られた顔をしていた。
「父上と母上は君が自分から言い出すまで黙っているつもりでいたようだけど、ここまできたら本人にも自覚してもらう方がいいだろう。おそらく、あの庭園にいた貴婦人たちの何人かは気付いたはずだ」
表向きはともかく、裏ではそれぞれの派閥に情報共有がされるのは時間の問題だとアルバート様は言う。もっとも貴族の表向きは正式であるかどうかを含むので、隠している事自体には意味があるのだそうだ。そうでなければ、いくらでもいる貴族の私生児は生かしておけないことになるが現実はそうはなっていないという。
「えっと、つまり公式に認めない限り他の貴族にとって真実はどうでも良いということですか?」
「そうだね。正統な王女であると権利を主張するつもりがないと知れれば、表立って君に危害を加えてこようとはしないだろう。アイリが王女として本来あるべき場所に戻りたいと考えているのなら話は別だけど……どうだい?」
アルバート様の問いかけに私は思い切り首を横に振る。そもそも私の本来の姿は王女ではなく神聖演算宝珠であり、イリス様の使命を果たして御主人様のような異世界人が望むスローライフ社会を実現することが第一なのだ。いまさら王宮に戻って派閥争いに参戦しても何も得られるものはないわ。
「元より私は女神イリス様の天命を帯びて下界に遣わされた身です。王女の身分など邪魔なだけです!」
「アイリはヒルデガルド様の生まれ変わりなのかい!?」
「いえ、そちらとは別口でして……」
この際だからと、私もアルバート様に事の顛末を包み隠さず伝えることにした。私が自覚した方がいい段階まで来ているというのなら、辺境伯家にも真実を伝えた方がいいでしょう。
そう考えたのだけど、すべてを話し終えるとアルバート様は頭を抱えた。
「なんということだ、想像の斜め上の事態に私は少し混乱しているよ。証拠と言ってはなんだけど、話に出てきた樹木の精霊や九尾の白狐に会わせてくれるかい?」
「わかりました。ドリー、ヒューくんのお母さん、出て来てくれる?」
私が呼びかけると、ロビーの階段の前に忽然と一人と一匹が姿を現した。取り立てて脅威のない平和な毎日に飽きていたのか、変化の兆しに喜びを感じる声色で九尾の白狐が話しかけてくる。
「なんじゃ、もう隠れておらんで良いのかえ?」
「もう……いきなりすべてを話しても、あなたの叔父さんには荷が重そうよ」
ドリーが指し示す先を見ると、目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべるアルバート様がいた。そしてその横から突然現れた脅威から私を守ろうとチェスターさんが前に出てきて、魔剣を抜いてドリーたちの方を向けた。すると、その瞬間に剣身が溶け落ちる。
私は急いで熱で溶かされた剣の残骸に冷却の魔法をかけて延焼を防ぐと、チェスターさんに注意を飛ばした。
「チェスターさん、やめてください。私の育ての親と友達のお母さんに何をするんですか!」
「育ての親に友達のお母さんだと? というか今のはなんだ!?」
「神獣の狐火に耐えられる剣など、純粋な魔力で構成される理力の剣かイリス様が下賜された聖剣くらいのものなの! 先日、話したじゃないですか。普通の人が千人集まっても一瞬で燃やされてしまうって」
「マジかよ!? てっきり空想の世界の話でもしているのかと思っていたぜ!」
そうして騒ぎを起こしているうちに、落ち着きを取り戻したアルバート様が私の肩に手を置いて証拠はもういいと伝えてきた。
「よくわかったよ。屋敷を覆う結界の存在は父上や母上から聞いていたけど、まさかここまで強固に守られていたとは思ってもいなかった。とにかく父上と母上を交えて今後のことを相談しよう」
「わかりました。よろしくお願いします、アルバート様」
「屋敷では叔父さんでいいよ。君は私の実の姪なのだから」
「……はい、叔父様」
そうして初めて血縁として話しかけた私に、アルバート様は優しく微笑んだ。
◇
夕食のあとで、お祖父様とお祖母様を交えて王宮での出来事と私が話した内容が共有された。かなり衝撃的な内容も含まれているはずだったけど、お祖父様とお祖母様は特に動じた様子もない。痺れを切らした叔父様は、再度確認するようにお祖父様に詰め寄った。
「父上、事の重大さがわかっておいでですか?」
「ああ、わかっているぞ。アイリは儂の可愛い孫で間違いないということだな」
厳格な声とは裏腹に、自らの膝に乗せた私の頭を撫でて可愛がるお祖父様の様子に叔父様は目を覆って天井をあおぐ。他家にとって利権以外はどうでもいいように、お祖父様とお祖母様にとって私が実の孫だという事実以外はどうでもいい様子だった。
「まあ良いではないですか。身の安全は樹木の精霊や神獣が保証してくれるのだし、アイリが思うままに商いを推し進めれば女神様が指示した世界の近づくのでしょう?」
「はい、お祖母様。アルフレイムのように演算宝珠で人々の暮らしや産業の近代化をはかれば、やがてはイリス様の望む理想の国へと近づいていきます。魔導自動車や魔導船、魔導飛行機を量産して物流の範囲を広げ、世界に冠たるスローライフ文明を築くのです!」
そして後ろ暗いところがなくなった私はこれ幸いとばかりに、以前から温めていた構想をぶちまけるのだった。
叔父様は聞きなれないフレーズのオンパレードに目を白黒させて問いかけてくる。
「近代化というのは、具体的にはどうするんだい?」
「えっと……そうだ! さっきロビーで溶かされてしまったチェスターさんの剣を材料にして今からナイフの量産工程をお見せしますね!」
私は手元の演算宝珠を起動して空間魔法からサブコアとなる百二十八個の演算宝珠を出現させると、一つに浮遊魔法を発動させながら順次、溶解、成形、冷却、名入れ、研磨、組み立て、魔剣化の工程を各サブコアに再現させる。
整形の工程で御主人様の世界にある三次元プリンターを参考にしたから構造的に鍛造と比べて弱いけど、魔石に組み込む魔法陣に構造強化の魔法を入れておけば普通の短剣としては十分でしょう。
「近代化の一例として、このようにして人が労力をさほどかける事なく物が生産される効率化が挙げられます。単純作業をする機械を沢山並べれば、この通りです」
カチャン、カチャン、カチャン……
机の上に寸分違わぬ形状のオリハルコンの短剣が十秒ごとに積み上がっていく様子に、叔父様は度肝を抜かれたように声を張り上げた。
「十秒につき一振りずつ短剣が製造されていくなんて! 父上、母上! やはり、これは問題があるのではないでしょうか!」
「どこが問題だというのだ? アイリが無事に暮らせるようにという女神様の大いなる加護としか儂には感じられん」
「このように武器を量産しては国内外で危険視されます!」
「えっと、武器ではなく生活雑貨も同じように生産することができますので……」
私は演算宝珠による生産ラインのプログラムを組み換えて、オリハルコン製のマグカップを量産して見せた。圧延されたオリハルコン板を凸型のプレス加工で整形することで均一なオリハルコンカップが生産されていく様子は、見ていてなかなか楽しい。
最後に熱線によりお母様の似顔絵をプリントして完成させた後、私は言葉を重ねる。
「……敵国を倒すのに武器は必要ありません。こうして安い生産コストで高品質の商品を流通させれば、自然と相手の産業は衰退していきます」
アルバートさんが出来上がったマグカップの一つを手に取り検分する。
「信じられない。なんという精巧な姉上の姿絵だ」
「つまり、武力で支配するのではなく財力で支配するというのだな?」
「はい。世界中から原材料を仕入れて他国より安く良いものを作って高く売る。あまりやりすぎると、ヴェルゼワースやこの国だけが強くなりすぎて経済摩擦……自分だけ儲けてずるいと戦争機運が高まる恐れがあります。その時には……」
おそらく後進国である相手に圧倒的先進国のこちらをどうこうする力はないので、統一国家が出現することになる。文明が未文化のうちに世界統一を果たしてしまうのが良いのか、良き隣人として互恵関係を保って多様性を維持したまま共存共栄していくのが良いのか。
それは御主人様の記憶にもなく、私は口を噤んだ。
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