第11話 辺境伯のお抱え職人になります
久しぶりの再会に緊張したこともあり、私は長時間に渡る沈黙に耐えきれずに思い切って先に挨拶をする。
「辺境伯様。私は辺境の街ローデンで演算宝珠職人として店を開いているアイリと申します。よろしくお願いします」
ペコリと挨拶をして見せると、ようやく時が動き出したかのようにぎこちない笑みを浮かべて辺境伯様が挨拶を返す。
「ああ、儂は辺境伯のヒューバート・フォン・ヴェルゼワースだ。ところで、胸元にかけている演算宝珠は何処で手に入れたのかね?」
「これは……小さい頃に気がついたら首にかけられていたのでわかりません」
なにしろ気がついたのはフォレストウルフに襲われる直前だからね。そう心の中で付け加えたが、ヒューバート様はそれきり演算宝珠の事は興味を無くしたようだった。
「そうか……いや、遠いところ来てもらってありがとう。聞くところによると、色々と先進的な魔道具を生み出しているそうだな。ついては是非とも儂のお抱え職人として働いてもらおうというつもりだったが、今日は疲れただろう。まずは館でゆるりと過ごしてくれ」
「ありがとうございます」
連行されて一時はどうなるかと思ったけど、お抱え職人になれば辺境の街で店を営むよりも大規模に文明の発展を推し進めることができそうだわ!
思わぬ幸運に内心で喜んでいると、続けてヒューバート様はチェスターさんに指示をした。
「チェスター、彼女を一姫の部屋に案内してやれ」
「
「よいのだ。くれぐれも丁重にな」
「承知いたしました。いくぞ、アイリ」
言葉を重ねたヒューバート様に、チェスターさんは踵を鳴らして敬礼しつつ即答した。
(これが騎士というものなのね。主人の命令には、考える前に体が動くのだわ)
道中の砕けた態度を感じさせない機敏な動きにそんな感想を抱きつつ、辺境伯との対面は何事もなく終わった。そう、私は思っていた。
◇
チェスターに連れられてアイリが退室し執務室の扉が閉められたと同時に、ヒューバートは机に手を叩き下ろしてバトラーに問う。
「バトラー! あの子はアリシエールか!?」
孫娘専用の部屋として永久保存していた一姫の部屋にアイリを案内させるほどに確信していながら、信じられない幸運にヒューバートは自らの判断を執事に確認せずにはいられなかった。
「さすがに家紋の入った演算宝珠のみで判断するのは早計かと……と普段の私であれば申し上げるところですが、エリシエール様に瓜二つの容姿であることに加え、アイリ様は階段の肖像画を一目見るなり顔を背けられました。よく似ておられますねと尋ねたところ年相応に非常に拙く誤魔化されましたので、まず間違いはないかと」
貴族家の執事を務めるバトラーを前にして、人に転生して十二、三年しか経過していないアイリが嘘をつくことなど不可能であった。要は、肖像画の前の受け答えでバレバレであったのだ。
途中から呼び方を様付けに変えたことにも気が付かないアイリは、バトラーからすれば非常に鈍感と言える。
「なんということだ! 長年に渡って辺境伯を勤めた儂が、感情を隠し切れずに嬉しさで絶叫しそうになったぞ! しかし、なぜ三歳にも満たなかったというのに覚えているのか。いや、それはいいとして、何故、アリシエールは黙っているのか……」
「おそらくは、また連れ去られることを恐れておられるのかと。肖像画の前で派閥争いで旦那様が初孫を亡くされたとチェスター殿が話しておりましたので、ご自身の事だと悟られたのでしょう」
いずれにせよ、永遠に失われたと思っていた初孫が生きて自分の目の前に戻ってきた。後のことはどうとでもなるとヒューバートは考え、あらためてバトラーに命令を下す。
「ならば、二度と危険が及ぶことはないと安心させてやるのが一番だな。アリシエール、いやアイリの警護を厳重にすると共に、チェスターには護衛騎士として四六時中張り付くように伝えよ」
「かしこまりました、旦那様のお望みのままに」
「ふふふ、我が妻クラリッサが知ったら泣いて喜ぶであろう。早速知らせてくるので、今日の執務はこれまでだ!」
こうして辺境伯邸は歓喜に沸くのだが、それを困った様子で窺う九尾の白狐の姿があった。
「これは想定外じゃったの。まさか実の祖父母の家に連行とは聞いておらんぞ」
実家に帰るというのなら何の問題もないではないか。そう思うものの、今度は貴族間の争いという別の視点から危機が及ぶ可能性がある。人間社会にそれほど深く立ち入ることのない神獣としては、どこまで関与すべきか悩ましいところであった。
しかしアイリにもしもの事があれば、我が子は悲しむことに変わりはない。この際、長丁場になることは覚悟しようと、九尾の白狐は未来を見通すかのように目を細めた。
◇
そんな周囲の思惑に気が付くこともなく、私は一姫の部屋のこれでもかというような可愛い内装に口をあんぐりと開けていた。
「何これ、お姫様の部屋みたい」
「そりゃそうだ。ここはヒューバート様が今は亡き孫娘の思い出として維持している部屋だから、文字通り姫様の部屋なんだぞ。正直、お前には似合わん」
「そんなことないですぅ! 私にピッタリな部屋ですぅ!」
まったく、チェスターさんはどんどん言葉に遠慮がなくなっていくわ。こうなったら、私も他所行きの言葉遣いは無しで行くわよ!
「それで、チェスターさんはいつまで私のそばにいるの? もう連行する任務は終わったでしょう」
「それがな、さっき使用人が伝えてきた辺境伯様の命令で離れられなくなった。お前を守る護衛騎士として、四六時中貼り付けと命じられてしまったんだ」
「ええ!? チェスターさんが護衛騎士って、隊長って呼ばれていた気がするけど部下の騎士たちはどうするの?」
「……俺の小隊丸ごと、お前の護衛だとさ。確かに貴重極まる人材だと話したが、いくらなんでも一個小隊はやりすぎだろ。どうなっているんだ」
うっ、これはもしかしてバレた? いや、そんな素振りは見られなかった。バトラーさんの質問もヒューバート様の質問も無難に答えたはずだし、何かに気がついた様子はなかったはず。ということは……
「お抱え職人になると、どうなるの? そんなに大事なものなのかしら」
ヒューバート様がおっしゃられていたお抱え職人というものは、意外に地位が高いのかもしれないとチェスターさんに尋ねてみる。
「貴族が決まった職人に製作を依頼する場合、そいつをお抱え職人と呼ぶんだ。完全に独占する場合には屋敷に住まわせて作業場も用意してそこで作らせることもある。普通はそこまでしないが、お前の場合は別だろうな」
「どうしてよ。というか、住み込みって私はローデンの街に帰れないの? 演算宝珠はともかく、金属部品や筐体はあの街の職人に頼んでいたから一人では作れないわよ? あと、石鹸とシャンプーとかは、精霊の森に隣接していないと無理かも」
ドリーの苗木を辺境伯邸の庭園に植えても、遠く離れていたら精霊の森の延長はできない気がする。できたとしても、結界が張られて辺境伯を訪ねることができない人が続出したら困るでしょう。
「そうなると俺の小隊がローデンに常駐か? そんなに宿があるようには見えなかったが、人数を減らして納得なさるか微妙だな」
「私の護衛にそこまで戦力が必要だというなら、チェスターさんに魔剣をプレゼントするわ。これを使えば人間相手なら、そう負けないはずよ」
私はロイドさんにもらった素体に三つの演算宝珠をセットした護衛騎士用の魔剣を亜空間から取り出して見せる。剣を鞘から抜くと、ミスリルとヒヒイロカネの合金で出来た刃から中空に向けてバチバチと電撃が迸った。
「近接では超振動による切れ味向上で鉄の剣や分厚い鋼の鎧をバターのように切り裂き、離れては電撃によるスタン効果で逃げる悪者を確実に捕らえる事ができるわ」
以前考えていた通りのスタンダードな構成ね。もっと強力な演算宝珠も考えられるけど護衛任務にしては戦力過剰になってしまうから、これでも十分なはず。
「ほう、こいつは見事な魔剣だな。その電撃というのは、どれくらいの範囲まで飛ばせるんだ?」
「私が使えば半径百メートルが一網打尽だけど、普通の人だと半径十メートルくらいかしら。前方に向かって直線に限定すると私なら一キロ、普通の人で百メートルくらいね」
「聖剣に迫る勢いじゃないか! お前が敵国に攫われて魔剣を量産されたら国が滅びるぞ……」
頭を抱え始めたチェスターさんを見て本気で心配していることを察し、私はその攫われる前提が今のところあり得ないことをチェスターさんだけに明かすことにした。
「これは内緒にして欲しいんだけど、敵意を持った人間が私を攫うのは無理よ? ローデンの店では悪人が近寄れないように樹木の聖霊による結界が張られているし、旅の道中も今この瞬間も神獣に守られているから普通の人が千人集まっても一瞬で燃やされてしまうわ」
「ははは、それが本当なら実に頼もしいことだ。とにかく明日にでもこの魔剣をヒューバート様にお見せして、適正な護衛人数や今後の方針について判断いただくとしよう」
とにかく今日は旅の疲れを取ることに専念するように言われ、私は辺境伯邸の料理長が用意した美食に舌鼓を打ち眠りにつく……と思っていたらそうはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます