5.婚約破棄のせい

 

 

「詐欺だわ、33歳なのにDKのフリしてたとか」

「DK…ダイニングキッチンか。リビングも欲しいところだな」


「そうじゃなくて、男子高校生って意味だよ!」

「ふああああ。なんか眠いな」


 ええ、毎回この調子ですよ。

 

 向こうの世界ではきっと猫を被っていたんだろうなあ。だって、まだ会話が成立していたもの。ノノくんったら、自分の言いたいことだけ言って、私の意見はほぼ聞かないんですけど。何だか適当にあしらわれてる感じがビシバシ伝わっ…


「あ、わわわ」

「おい、こら暴れるなって」


 急に空間が歪み、目の前が水に浮いた油の如くギラギラと七色に光り出す。


「こ、これどうなってるのノノくんッ?!」

「うーん、師匠に呼び出されたみたいだな」


 師匠って、あの不老の? 

 えっ、私も一緒に??


 いつの間にか、見知らぬ部屋に立っていた。


 部屋…というよりも、かなり広めの会議室のようだ。重厚且つ繊細な彫刻が施された細長いテーブルには20人くらい座れそうだが、実際に埋まっている席は半分以下。暫くしていわゆるお誕生日席に座っていた気難しそうな銀髪の男性が、ドア近くに立つ我らに向かって話し掛けてくる。


「ノウゼンノットハルト、息災であったか?」

「はい、師匠に於かれましてはますますご健勝のこととお喜び申し上げます」


 ぎょぎょつ。

 ノノくんがヘコヘコしてる。

 さすがは師匠!

 

「なーんてな。ちょっとカッコつけてみたかったんよ、ワシ。ああ、もう畏まらなくてもいいぞ。ノノ、こっちゃ来い」

「ったく、いきなり呼び出すのは止めてくださいと言ってあるでしょう?せめて前触れだけでも出して欲しいんですけど」


 …全然さすがじゃなかった。なんだよ、この愉快なオジさん。パッと見は神経質そうに見えるのに、話し出すと面白いとか最高かよ。

 

 前に進んで行くノノくんについて行っていいものか一瞬だけ悩み、結局ひとりだけ残る私。うん?なんだか皆様にとっても意識されているような…。それも、『お前のことは気にしていないからな』というテイを取りつつも、やっぱり好奇心に負けてチラ見されてしまっている感じ?


 ここにいるのは、ひとり、ふたり…合計9人。

 私とノノくんと師匠を除けば6人だな。


 そのうち私と同年代くらいの人が半数で、

 残り3人は30代後半くらいだろうか。


 とにかくその若い方の3人が、

 メッチャ見てくるんですけど。


 しかし、残念ながらこちらからその御尊顔を眺めることは出来ない。なぜなら、基本的に彼等は師匠の方を向いているからだ。なのに、背後に位置する私のことを恐ろしいほどのスピードでチラ見しまくっているのである。


 くそう、残像しか見えない…。

 

 

 

 

 

 

 予想外の遭遇に歯痒い思いをしていると、突然若者Aが師匠に向かって質問した。


「なぜ、これまでどおりアチラで生まれた子を国境に送って貰うだけではダメなのですか?確か今回は王太子夫妻とバーンズ公爵家の嫡男夫妻、それとシュベリウム侯爵家の嫡男夫妻が生んだ子がこちらに来る予定でしたよね。それが出来ないという理由を教えていただきたい」


 これに若者Bも加勢する。


「そうですよ。国境にいる人間は、ただ闘うだけで良いと教えられてきたのに、どうして急に女性を受け入れろ、子を成せなどと言うのですか?!」


 最後に若者Cも負けないぞ。


「しかも女が1人だけって、どう考えてもおかしいでしょう!」


 


 シーン


 静かだ。

 あまりにも静かで…おい、こら、若者C!

 この状況でこっちをチラチラ見るな!


 だけどやっぱりこっちからは

 残像しか見えない…。


 


 ノノくんに向かって微かに頷いた師匠が、ゆっくり口を開く。


「実は、先に名の挙がった3名…王太子、バーンズ公爵家の嫡男、シュベリウム侯爵家の嫡男の婚姻は成立しておらんのじゃ」


 それはきっと予想だにしていない出来事だったのだろう。

 室内に誰かの息を呑む音だけが響く。


「それどころか、婚約自体が破棄された」

「なっ、そんな!3人ともですか?!」


 勢い余って立ち上がる若者Aに向け、師匠は手の動きだけで座るようにと促す。


「ワシも俄かには信じられんかった。王太子、宰相の後継者、騎士団団長の跡取り。聡明かつ剛健だった3人が、たった1人の男爵令嬢に篭絡されて唯一無二とも呼べる婚約者達を蔑ろにした挙句…婚約破棄を言い出すなんてな」

 

 この後も続いた師匠の話に寄れば、王都では魔力を持っていても使用する機会は殆ど無いらしく。それ故に、ただ子を成す為だけの政略結婚は非常に抵抗が有るのだと。しかも、せっかく生んだ子を戦人形にしてしまうという、そんな極悪非道なことをどうして自分達だけが受け入れなければならないのかと王太子が言い始め。


 それに追随した側近達も、自由恋愛を謳歌し出し。次々と長年連れ添った婚約者に冤罪を擦り付け、高等学園の卒業式で破棄宣言をした。ここで慌てたそれぞれの保護者達が破棄を取り消そうと躍起になったものの、婚約者だった令嬢側の両親が激怒していて難航。


 結局、婚約破棄の手続きは完遂し。令嬢達はそれから1カ月も経たないうちに侍従であったり、幼なじみの伯爵令息といった格下の相手との婚姻を成立してしまったそうだ。

 

 


「分かるか?これでただでさえ少ない魔力持ちが更に激減することになったのじゃ。アイツら、安穏と暮らすことが出来るのが誰のお陰かということを忘れておる。だから、国境の守り人を途絶えさせても平気だと無責任にも宣えるのじゃ。口惜しいが、バカに何を言っても無駄だと思わんか?」


 バキッ


 怒りに任せて若者Bがテーブルを殴ったせいで、天板に穴が開いてしまった。


 も、勿体ない。

 このテーブル、高そうなのに…。


「一人息子だからと、王太子を甘やかし過ぎたのだろうな…側近達も同様じゃ。大きな魔力量を持つ赤子を出産するのはとんでもなく苦しいらしいからのう。痛みを知らずに育ったお嬢様が、2人目は生みたくないと言っても仕方ないのかもしれん。だからこそ、生まれた子にはきっちり教育して欲しかったが。ふう、なにもかも今更か」




 そうしてこの場にいる全員が肩を落とし、

 長くて細い溜め息を吐いた。

 

 

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