21 飛べ!ぼくらの校長先生!①
三重第三高等学校の初代校長であり、3年という我が校の伝統ある歴史を鑑みれば……まぁ、今の校長でもある。
無駄に捻り上げた口ひげに、
自制心が欠片もないことを物語る、狸のようにぼんと膨らんだ腹。
そして、周囲を見下し
ひとたび式典等で語り出せば、自慢話や自分本位な話題ばかりを延々と垂れ流す。
そんな有様だったので、当然ながら生徒たちから
立場上明言はしないものの、先生方も同じ気持ちだったはずだ。
あのような
また、ここまで嫌われているのには、もう一つ大きな理由がある。
異様なまでに自己顕示欲が強かったのだ。
なんと自分の胸像を建設したのだ。
正門から入ってすぐの目立つ場所に!
就任一年目で!
いやはや、呆れて物も言えないとはこのことだろう。
周囲から冷ややかな目で見られていたのは、言うまでもない。
そんな中で本人だけは満足そうに頷き、新任の先生に毎日磨かせているのだと、マサ兄がよく愚痴っていた(なんでも毎日のように落書きされるためだとか何とか)。
てか、これ職権乱用とかじゃないんだろうか?
どこから予算が出てきたのか。
何故これがまかり通るのか。
これも我が校の七不思議のひとつである。
まぁ、そんな最低最悪な校長であり、俺としても大嫌いだったわけだが……まさか感謝する日が来るとは夢にも思わなかった。
なにせ、今やその校長の銅像は、糸出さんのメインウェポンとして大活躍しているのだ。
その性能は破格の一言で、討伐数、攻撃力、射程距離、偵察性能は堂々の一位である。
この銅像に一体何度命を救われたことか。
無事に帰還できた
アレにお礼を言うとか、冗談でも
何せ、俺たちは何故か一年の頃からずっと目の敵にされており、何かにつけては辛酸を
いや、何故かではないな……おそらく、文化祭の時のアレのせいだろう。
だけど、あれは……いや、考えても仕方あるまい。
そういや、校長も木人にならず消えてるんだよな……。
ということは、まさか……いや、それも考えるのはよそう。
今考えるべきは……。
「何やってんだケイト?」
廃工場の窓から覗けば、そこには悪友の姿があった。
しかし、どういうわけかケイトは
そして、そこにぽとりと垂らされたのは……生卵。
ぬめりとした卵白がケイトと校長の頬を伝う。
卵黄は頬ずりによってべちゃりと潰され、ケイトの頬の動きに合わせ両者の頬をほんのりと黄色に染め上げる。
卵を垂らしたのは……糸出さんだ。
相変わらずその表情は窺い知れないが、雰囲気だけですごく嫌そうなのが伝わってくる。
現に、卵の殻から垂れた卵液を忌々しそうに見つめ、ケイトの服で指を
しかし、卵を割るのを止めるつもりはないようで、傍らに積んだ卵のパックからさらに一つ摘まみ上げると、校長の頭に軽く打ち付けてヒビを入れ、ケイトの頭上でパカリと割る。
再度垂れる卵白と潰れる卵黄。
えっ、まじで何やってんの!?
いじめ!?儀式!?黒魔術!?
隣のサスケと顔を見合わせるが、答えが出ることはなかった。
どうしてこうなったのか……話は少し前にさかのぼる。
2020年5月30日6時42分 コインランドリーMIYAMA 駐車場
「ふぅ……これで最後か」
ポツポツと降り注いでいた雨が止み、空が晴れ渡るのを見て、ほっと一息つく。
「いやぁ……しかし、今回は総集編みたいな感じだったなぁ?」
「たしかにクラゲにカニにイカにアメフラシ……いや、ナマコか」
「なんでだろ?月末だから?」
「いや、先月はそんなことなかったろ?」
「何にせよ、これで終わりのはずだ。これだけ範囲が狭ければ、見落としもあるまい」
そう言うとスマホをポッケに仕舞うケイト。
「おい!よく見たら予鈴まであと30分しかないじゃん!急いで朝飯食わないと」
「こいつを持って帰るのも忘れちゃだめだぜぇ」
目の前のアメフラシ改めナマコを指すサスケ。
「はいはい、持って帰れる量でな。よっしゃ、ケイトの家行こうぜ」
「……ふん、貴様らは先に行っていろ。オレは野暮用があるのでな」
「へ……飯どうすんだよ?時間ないぞ?」
「一食程度抜いたところでどうということはない」
そう言うなり、歩き去るケイト。
その後ろ姿を見て、サスケと顔を見合わせる。
「珍しいな?どうしたんだろ?」
「トイレとか?」
「いや、そんなの家ですりゃいいだろ」
「それもそっかぁ」
「ところでさ……あいつ、スマホにストラップとか付けてたっけ?」
「え~、そんなタイプじゃないだろぉ?」
「いやさ、さっき何か付いてたのよ。可愛らしいクマのストラップが」
「そんなん付けるタイプじゃないだろぉ」
「自分……じゃあね」
再度二人で顔を見合わせる。
「怪しいな」
「……つけちゃう?」
どちらともなく頷くと、こっそりと後をつけるのだった。
ケイトは5分ほど歩くと、とある廃工場の中へ入っていった。
元が自動車整備の工場なのか、中はがらんとしており、隠れられる場所などはなさそうだ。
仕方ないので俺たちはぐるりと回り込み、箱を重ねて窓から中の様子を覗くことにした。
そして、そっと中を覗き込めば、そこには一組の男女の姿。
それはケイトと……糸出さんだった。
「えっ!嘘あの二人ってそうだったのかぁ!?」
「馬鹿っ、声抑えろよ……でも、意外な組み合わせだな。てっきり糸出さんはケイトのこと嫌ってるものとばかり」
「そういや最近よく一緒にいるもんなぁ。仲良くなったんだよぉ、きっと」
「この前のミミちゃん人形も腐り落ちちゃったから、その穴埋めに奔走しているものだと思っていたが……それもまさか自然に会うための口実……?」
「それで、こうして世界が開いた際には密会ってことかぁ……」
「ふーん……まさかケイトがねぇ。てっきり俺は……あっ、動きがあったぞ」
「あれは……校長と卵?」
「……!?」
そして、今に至るというわけだ。
卵はすでに3パック目に突入しているが、終わりの兆候は一向に見られず、ケイトはすでに
すると、ケイトは一度頬ずりを止めると、何かを糸出さんに伝える。
糸出さんは卵のパックを持ち、ケイトから距離を取り……。
そして……
卵を思い切りケイトに投げ始めた!
当然ぶつかると同時に爆ぜ散る卵。
ケイトは苦悶の表情を浮かべる。
「え……ちょっ……何これ?」
「何のプレイだよ……」
こちらの驚愕や困惑を他所に奇行は続く。
ただ、悲しいかな……投げ方が悪いのか力が足りないのか、糸出さんの投げた卵の大半はケイトまで届かず、二人の間に黄色い花畑を作りあげている。
ハァハァと肩で大きく息をする糸出さん……が、突然その動きがピタリと止まった。
そして、ぐるりとこちらを向く。
思わずびくりと身体が震える。
そして、何かが肩をトントンと叩くのを感じる。
恐る恐る振り向けば……
「うわぁあああ!!」
“ドスンッ!”
箱から滑り落ちるサスケ。危うく俺も一緒に落ちそうになる。
まぁ、サスケが驚くのも無理はない。
目の前にはガイコツが宙に浮いていたのだから。
2020年5月30日7時11分 廃工場内
「ストーカー行為に覗きとはな……不法侵入や窃盗に続き、順調に犯罪者の道を
分かりやすく不機嫌なケイト。
「あっ……うっ……これちが……」
糸出さんは俯き、両手の親指と人差し指を合わせてこねくり回しながら、そう言葉にもならぬ言葉を繰り返している。
「いや、後をつけたのは悪かったよ。でも、ほら……心配だったんだよ」
「ほぅ……心配か」
白々しい目でこちらを見てくるケイト。
「そうだよー、おれたちはケートが心ぱ……何するんだよぉ」
サスケの足を踏みつけるが、発言は止められなかった。
こいつは嘘をつく時、絶望的なまでの棒読みになるのだ。
とりあえず、場を繋ぐためにケイトにタオルを差し出す。
ケイトは一瞬ためらったものの、受け取って顔を拭き始めた。
「いや、本当にでも邪魔したのは悪かった。それじゃ俺たちは退散するけど、もうすぐ予鈴だしさ、お二人さんも適当なところで帰ってお……」
「ちっがう!!」
珍しく大きな糸出さんの声に少しばかり驚く。
がばりと顔をあげたことによって、大きく見開かれた目が一瞬だけ露わになる。
「あぅ……ちがぃ……ます」
だが、すぐにまた俯く。
その血色が悪い小さな唇をワナワナ震わせながら紡がれたのは、いつものごくごく小さな声だった。
「糸出嬢はな……生卵が苦手らしいのだ」
「……卵?」
「あのドゥルッとした触感が生理的に受け付けないらしい」
そう言われて目がゆくのは床に散乱する残骸。
なるほど、苦手だからあんなに触るのも嫌そうだったのか。
……えっ?じゃあなんで投げつけてんの?
丁寧な手つきで顔を拭き終わると、レインコートを脱ぐケイト。
そして、タオルやレインコートをきれいに畳む。
そして、そこで黙る。
糸出さんもモジモジしたままだ。
どうやら特に追加の説明はないらしい。
“キーンッコーンカァンコーン”
「ふむ……予鈴か。よし、帰るか」
そう言うなり、一人後にしようとするケイト。
どうも釈然としないが、時間がないのは事実なので続こうとする。
しかし、ガイコツや人体模型が片づけを始め、糸出さんとクマのぬいぐるみも、生真面目に床を雑巾で拭き始める。
三日後には元に戻っているのだし、必要ないとは思うが……これも性分だろうか?
ふむ……これは放って帰るわけにはいかないな。
であれば、俺も何か手伝っていくか……。
とりあえず目についたのは、真っ黄色に染まった校長の像。
「もう終わったみたいだし、これ拭いてもい」
「触るな!!」
急にガチトーンで切れるケイト。
そして、大股でこちらへ詰め寄ってくる。
その剣幕に思わず、びくりと身体を震わせる。
「拭き取ったら臭いを熟成できんだろうが!!」
「え……卵塗れにするのが目的だったの?」
「ほかに何がある!?」
いや……日頃の
「それに……それに、よりにもよって貴様が拭き取るだと!!貴様!このオレの屈辱の時間を……努力と工夫を水泡に帰すつもりか!!」
「え……わけわからないんだけど」
「だから、オレと卵で偵察能力の向上を図っていたのだ!」
そう叫ぶと、ゼェゼェと肩で息をするケイト。
……。
「ケイト、前からずっと言おうと思ってたんだけどさ」
「……なんだ?」
「樋本君のこと説明が足りないって言ってけど、お前も大概だかんな!!」
2020年5月30日7時33分 三重第三高等学校 校門前
「ジン!遅かったじゃないか!」
バインダーを大きく振るマサ兄。
だが、すぐ後ろのケイトを見つけ、ぎょっとする。
まぁ、髪とかに卵のシミが残ってるからな。
「これはお気になさらず……」
「うん……気にするなというのも中々に難しいけど……わかったよ」
そう言いながら手元のバインダーに何かを綴るマサ兄。
「とりあえず、これで全員と……よし、本鈴まであまりないし、早く校内に入って」
「承知致しました……ですが、その前に試したいことがあります」
「試したいこと?」
「えぇ……糸出嬢」
ケイトの言葉に糸出さんはコクリと頷くと、両掌の指を動かし始める。
その動きはまるでマリオネットを操るようだ。
すると、クマのぬいぐるみを抱えた人体模型と全身骨格が浮上を始め、少し離れた位置では校長の銅像も宙に浮かんでいた。
「銀河系騎士団」
さらに糸出さんがそう呟くと、校門近くに置いてあった剣道の鎧も宙に浮かび始める。
そして、胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべる糸出さん。
上空には7体の人型が浮かんでいる。
「……では
ケイトの言葉に頷く糸出さん。
“パァアアアン!!”
次の瞬間、空を切り裂く音と共に人形たちは飛び散った。
しかし、わりとすぐにクマのぬいぐるみは急停止し、宙にふわふわと漂う。
人体模型や全身骨格も直にそれに続き、さらに遠くでは剣道の鎧もその歩みを止めた。
その度に顔に生気が戻る糸出さん。
だが、最後の一体である校長の銅像は、その速度を衰えさせることなく、物凄い勢いでどんどんと小さくなっていく。
ついには開かれた世界の端を越え、漆黒の奈落の中を突き進んでいく。
そして、しばらくしたところで制止する校長の銅像。
「……適正距離に着いたわ」
額の脂汗をぬぐいながらそう告げる糸出さん。
「ほぅ……だいぶ飛距離が伸びたな。骨を折った甲斐があったというものだ」
ケイトは満足そうに何度か頷く。
「そろそろ限界……」
奈落の上では、校長が上下にガタガタと震えているのがかすかに見える。
「ふむ……戻ってくれ」
糸出さんの移動に合わせて校長の銅像が奈落から戻れば、すぐにその落ち着きを取り戻す。
どうやら奇行の成果が出たようだ。
道中で聞いた話を思い出す。
糸出さんは3体までの人型を、パペットとして自由に操ることができるらしい。
活動可能な範囲は自身を中心に半径333m以内。
それが拡張能力を発動すると、以前ケイトが言っていたように、活動可能距離がパペットへの好感度に準ずるようになるそうだ。
好きな物ほど近く、嫌いな物ほど遠くなるといった具合だ。
それこそが適正距離であり、パペットは糸出さんを中心に適正距離を保とうとする。
それはどうやら磁力に近い感覚らしく、無理に近づけたり遠ざければ適正距離へ戻ろうとする力が働く。
拡張能力発動と同時に人形がはじけ飛んでいくのは、そういう原理だったようだ。
そして、適正距離から離れて無理にパペットを動かし続けると、その分の負担が術者である糸出さんを襲うらしい。
つまり、無理をしなければパペットは適正距離に浮かぶわけで、ハイカラな二宮金次郎像がいつも離れた位置でポツンと佇んでいたのは、それだけ彼女があの像を嫌っていたというわけだが……。
それよりもさらに遠くにいるパペットがいた。
そう、校長の銅像だ。
まぁ、糸出さんも校長の銅像……もとい、校長のことが大嫌いだったのだろう。
その適正距離は他の追随を許さず、いつも遥か遠くで活動しており、あえて無理やり近くまで引っ張ってきてからの反発力を利用した超高速突進……通称『カタパルト
今回の奇行もまた、偵察距離やカタパルトの威力を強化するのが目的だったようだ。
糸出さんが嫌いな生卵を自らの手によって塗りたくり、その校長にはケイトが頬ずりをすることによって嫌悪感を募らせてより嫌いに……あれ?それってつまり、ケイトはやっぱ嫌われてるってことか?
まぁ、何にせよ校長の銅像が強化されるのはいいことだ。
偵察能力や攻撃力があがり、ひいては俺たちの生存力もあがるからな。
ただ……ひとつ懸念が残る。
糸出さんを苦しめているのもまた校長の銅像なのだ。
出撃前に出した際に、学校を囲むバリアに阻まれて適正距離をとれず、その分の負担が毎度糸出さんを襲っているのだ。
今回適正距離を遠くすれば、よりその負担は大きくなってしまうだろう。
一応、対策がないわけでもない。
俺の髪の毛だ。
なんでも、俺の髪の毛を何かしら処理したものが痛みを和らげるのに効くらしい。
原理も理由もまったくもって不明だが、不思議なこともあるもんだ。
まぁ、能力だからな。そういうこともあるだろう。
なに、髪のなんて安いものだ。
そんなもので彼女の痛みを和らげることができるのなら、喜んで十本でも百本でも差し出そうではないか。
何よりこの理不尽な世界を一緒に生きる仲間のために、出来ることがあればやってやるのは当然ではないか。
崩壊していく世界を見つめながら、そんなことを思う。
そして、いつもよりも多めに髪の毛を毟り、糸出さんへ差し出す。
彼女は恐縮するが、さきほどの思いをそのまま伝えれば、彼女は口ごもりながら何か呟き、そしておずおずと受け取る。
相変わらずその表情は前髪のせいで窺い知れないが、なんとなく恥ずかしそうに見えた。
「ありがとぅ……ござぃます」
そして、いつもの聞き取れないような声で呟くと、くるりとその
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