2章

14 プロローグ②

????年?月??日 ??時??分 某所



 「合言葉は……?」

 「女三人寄ればかしましく、男三人寄ればくもやましい」

 「よし……入れ。おっとそちらの二人は新顔ニュービーだな。ここのレギュレーションは?」

 「問題ない、しっかり言いくるめてある」

 「なら、いい。入るといい」


 ガラリと開いた扉を三人でくぐる。


 

 暗幕で仕切られた暗い部屋の中。

 中央にはランタンが置いてあり、それを囲うように男たちが輪になって座っていた。

 空いている場所に腰を下ろす。


 「時間だ……始めよう」

 重々しい雰囲気でそう告げる、黒いローブを深くかぶった男。


 「それで?今日は定例会の日ではなかったはずだが?」

 「緊急事態だ。少しばかり頼み……いや、協力してほしいことがある……」

 「ほぅ、それは一体?いや、聞くのも野暮というものか。マスターE。君には返しきれないほどの恩がある。いいだろう、どんな案件だろうと協力しようではないか」

 「ふっ……卿ならそう言ってくれると思っていたよ」

 「なに、私たちの仲ではないか」

 「やはりもつべきは同志か……」

 「ふふふふふ」

 「ふははははははは」


 「おい、何だこの茶番は」

 がばりと立ち上がって、スイッチを押し込むケイト。

 一瞬の明暗の後に、蛍光灯で煌々と照らされる室内。

 

 周囲から白々しい視線が突き刺さるが、本人はまるで気にした様子はない。

 「おい、オレは早く寝たいのだ。用があるなら手短に伝えよ」

 「キサマ、新入りのくせにマスターEに何て口を!」

 ケイトにべしりと頭を叩かれる。

 

 「何がマスターEだ。江口ではないか」

 ケイトはマスターEに近づくと、そのフードを捲り上げる。

 そこから出てきたのは、どことなくいやらしさを感じさせる太い眉と、ポッコリと突き出た団子鼻が特徴的な小太りの男だった。


 そんな彼はマスターEこと、3組出席番号3番江口みつる

 ここはそんな彼の根城だった。


 「まぁ……何故なにゆえこのような夜更けにコソコソと集まっているかは検討がつくがな」

 そう言って周りを見渡すケイト。


 壁には手製の本棚が張り巡らされており、その中に並べられたお宝の数々。

 そして、部屋の奥には暗幕で仕切られた、いくつかのブース。


 すでに稼働しているようで、ヘッドホンから漏れ出た音がかすかに聞こえてくる。

 

 まぁ、なんだ。

 ここはそういうための部屋だ。

 

 俺たちも思春期真っ盛りの若い男ですからね。

 色々と必要なわけですよ、はい。


 当然ながら、女性陣にはこの部屋の存在は絶対秘密だ。

 

 

 また、ここでは裏取引も行われている。

 

 通常校内に搬入する物資は、助宗さんによって厳しく取り締まられているわけだが、

 慣れてくれば色々と裏道や裏技はあり(主に三月さんへの賄賂による懐柔)、ここではそういったブツの物々交換もおこなっているわけだ。



 そして、この部屋もとい、この女禁制の集まりの最も重要な役割。

 それは定例会議だ。



 「定例会議?」

 「あぁ、電気を配給する順番を決める会議だ」

 「それはつまり電気が使えているのは、江口の能力ということか?」

 「その通り」

 

 江口の能力は自家サンパワー発電ジェネレーション

 特定の行動をとると、電気で動く物を充電&稼働させることができる能力だ。

 そう、蛍光灯が点くのも冷蔵庫が動くのも、すべて江口のおかげなのだ!!

 戦闘にはからきし役に立たないが、三月さんと並んで生活面でのMVPと言えるだろう。

 

 「であれば、少しばかりしゃくだが江口には感謝せねばならんな」

そう言ってポケットからスマホを取り出すケイト。

 そうなのだ。

 圏外にも関わらず何故かやり取りできる百々さんの能力だが、お互いのスマホの電源が切れていると流石に使えなくなる。

 つまり、江口の能力がないとスマホの充電できずに百々さんの能力もいずれ使えなくなり、ウェーブの成功率がガタ落ちすることだろう。

 そう考えると、戦闘面でも役に立ってるとも言えるな。


 「しかし、何故そんな重要なことを決める会議が秘密裏に行われる?」

 「まぁ、それは何と言うか……発動条件が女子たちには言いにくいんだよ」

 「発動条件?」

 そう……極めて優秀な江口の能力だが、発動のための特定の行動というのが少々やっかいであり、最大の課題なのだ。


 「その……充電されるのはナニしている間、もう片方の手で触れている物なんだ」

 

 「ナニ……何だそれは?」

 「だから……その……ナニだよ」

 「……ナニ?」

 棚に詰め込まれたお宝に、ヘッドホンから漏れ出るきょうせい

 

 「まっ、まさか……」

 はっと勘付いたのか途端に顔が青ざめ、スマホの持ち方が急に汚物を触る手つきになる。


 「まぁ、はい、お察しのとおりの行為ですね」

 「可笑しいではないか!何故そんな能力になる!?」

 「いや、江口はその……3時3分時、学校のトイレでナニしてい」

 「何をしている!!」

 江口の方をキッと睨むケイト。

 江口はバツの悪そうな顔をしている。


 「まぁまぁ、そのおかげでおれたちの生活が豊かになっているわけだし」

 サスケがケイトを宥める。


 「待て。ということは、コヤツは女子たちの携帯に触りながら致しているか?まさか百々の携帯もその汚い手で」

 「待て、待て!落ち着け!!それに声量を落としてくれ!」

 江口に詰め寄るケイトを羽交い絞めにする。


 「拡張能力があるから!」

 「……拡張能力?」

 「効果範囲を手で触れている物から、手の届く距離×3の範囲内にある物へと拡大するんだ。携帯とか充電するときは、壁ごしにまとめてやってるから」


 「ふん、それならまだ……おい、拡張能力の発動条件は確か」

 そう、それにはひとつ問題が生じる。

 拡張能力を発動するためには、自分を含め3名以上が能力名を聞く必要があるのだ。


 「そこで俺たちの出番というわけさ」

 ビシッと指を突き立てる。

 「オレたち?」

 「そう、俺たち」

 そしてそのままケイトの方へ指を向ける。

 いや、そんな嫌そうな顔するなって。


 そう、俺たちは持ち回りで、江口がナニしている間近くで控え、その場所へ女子が近づかないように絶対死守するのだ。

 江口の尊厳のためにも、絶対に知られてはならないのだ。

 

 しかし、現代人である以上、それなりに電気を使いたい場面は多いわけで、必然的に江口の出張場所は多岐にわたる。

 適当に赴いていては、妙に勘のいい彼女らのことだ、きっと気取られてしまうだろう。

 そのため、いつどこにどの順番で充電し、誰が付き添うかを定例会で綿密に話し合うのだ。

 

 「そこでお前の頭脳を貸してほしいんだ」

 「最小のリスクと最大効率で充電するルートを考えろと?」

 「そういうこと。実は今までに何度か危ないことがあってね」

 その時のことを思い出し、苦笑いする一同。


 「全ての事情を開示し、電化製品を一か所に集めるのが最大効率だと思うのだが?」

 「お前……そんなことしたら江口の尊厳が死んじゃうだろ!」

 「だが、いつまでも隠し通せるものでも無いだろう」

 「そこを何とか!」


 「ならせめて助宗にだけ事情を説明して協力してもらうのはどうだ?」

 「……助宗さん?」


 「あぁ、先日の例からして、江口の能力も相当な強化が見込まれるだろう。そうすれば巡回する場所や回数も減るわけで、リターンは大きいぞ」


 「お前……助宗さんの助人加護盛フルーツバスケットは強化対象に触れている必要があるんだぞ!?」

 「そうだな」


 「てことはナニしてる江口に触れていてもらう必要があるんだぞ!?」

 「そうだな」

 「そうだな!?お前!人の心は無いのか!? それはその……あまりにも残酷だろう」

 

 「ならば、何も伝えずに目隠し耳栓をして連れてくる……か?」

 「いやいや何のプレイだよ!?」

 「だめ!だめだ!あびるには秘密だ!」

 顔を紅潮させたサスケが却下する。

 普段は温和な友人の珍しい態度に、若干の狼狽を見せたケイトは思わず口を噤む。


 「まぁ、よかろう。なるべく効率のよいルートで行程を組むからあとで情報を渡してくれ」

 「わかった。次の定例会までには用意しておくよ」

 


 「それで?今日は何で呼び出されたんだ?定例会は明後日のはずだろ?」

 崇が江口の方へ問いかける。

 「あぁ……今日集まってもらったのはほかでもない。実は最近、その……充電までに時間がかかるようになってきてな」

 「たしかにそれは俺たちも思ってた」

 「それについては申し訳ないと思ってる。それで、言いにくいんだが……」

 言い淀む江口。

 「何をいまさら言い淀むことがある?俺たちの間に秘密は無しだろ?」

 「そっか、ありがと。なら告白するけど……ほら、こんな環境だろ?同じネタだと……その……時間がかかるようになってきたんだ」


 「……」

 「……」

 「何だそんなことかよ!」

 メンバーの一人が思わず笑いだす。

 「珍しく深刻な顔してるから何言うかと思ったら、そんなことかよ!わーった、わーった、俺の秘蔵コレクションを貸してやるよ」

 そう言ってスマホを差し出す涼介。


 「それじゃダメなんだ!」

 しかし、江口はきっぱりとした口調で断りを入れる。

 「……?」

 「恥ずかしいんだけど、実はその……特定のジャンルでしか興奮できなくてさ」

 「何だ、そんなことか。素人?ナース?もしかして熟女?あー、たしかにお前それっぽい」


 「着ぐるみックスしか駄目なんだよ!!」

 静かな室内に響き渡る江口のシャウト。


 「……着ぐる……なに?」

 「着ぐるみックスだよ、着ぐるみックス!ほら、こんなの!」

 そう捲くし立てた江口は本棚の中から一本のパッケージを抜き取る。


 提示されたソレを皆で覗き込めば、そこには遊園地の着ぐるみに抱き着く、ブーメランパンツの優男。

 パッケージを裏返すが、どの写真も着ぐるみの体勢が変わるだけで、被り物が外れるどころか一遍の肌の露出すら見られない。

 

 皆眉をしかめて怪訝な顔をしながら、江口を見つめる。

 「俺はこの着ぐるみックスのジャンルしか受け付けないんだよ!」

 

 「……江口、ひとついいか?」

 「なんだ?」


 「ねぇよ!そんなジャンルは!!」

 

 てか、何だこの色モノは!!

 色モノってか、そもそもピンク色に見えないんだが!?

 えっ……江口さんこれしか受け付けないの?

 上級者すぎんだろ!


 「あれ?もしかして頼みって」

 「あぁ、誰かこういったビデオを持ってたら貸して」


 「「「持ってねぇよ!!!」」」

 思わずハモる一同。


 「何、難しいことではあるまい。静止画でもいいなら、樋口に描いてもらえばいい」

 顔を真っ赤にした樋口君がうんうんと頷く。

 

 「いや、二次はちょっと」

 江口は醒めた目でそう告げる。


 ……いや、同じじゃねぇか!!

 三次なの男だけだぞ!?


 

 しかし、実際のところ困った。

 今は時間がかかるだけですんでいるが、いずれは発動すらできなくなる危険がある。

 江口の能力が使えなくなると色々と障害が出てくるだろう。

 最悪携帯に関しては、世界が開いたときに電池式のモバイルバッテリーとかで充電すればいけるが、冷蔵庫とかがな……。

 

 となると、江口のために着ぐるみックスとかいう奇特なジャンルのビデオを、街中探しまわるしかないか……どこにあんだろ?中古ビデオ屋とか?

 もし女子たちに見つかったら何て言い訳しよ?

 え?てか、命かけてバケモノと戦い勝ち取った時間で、自分のメシじゃなく江口のオカズ探すの?

 

 くそっ!なぜこんなことで頭を悩ませなければいけないんだ!!


 どうしても江口へ向ける視線が険しくなってしまう。


 「待て待て、実はアテがあるんだ」

 周りの雰囲気を察してか、そう告げる江口。

 「アテ?」

 「あぁ、俺の兄貴が中々の好き者でな。マニアックな分野を好むわけよ」

 お前が言うなという言葉が喉まで出かかるが、すんでのところで飲み込む。


 「それでいつもブツを仕入れてくる店のレシートを見たことがあって、どうやら三鉄百貨店の近くに、中々に専門的な品ぞろえの店があるらしい」

 「あー……つまり、あっち方面に世界が開いたときに見てこいと?」

 「そういうこと。本当は俺が直接回収しに行きたいんだけど、な?」

 江口は戦闘に役に立たない。

 それに万が一があった時の損失がデカい。

 なので普段は校門付近でお留守番なのだ。

 敵が全滅すれば自由に移動できるが、たしかに往復するには三鉄百貨店はちと遠い。


 「わかった、わかった。あっち方面に世界が開いたときに余裕があったら探しとくよ」

 「恩に着るぜ!!」

 「電気が使えなくなったら俺たちも困るしな。ただ、百貨店方面に世界が開いたのって今まで1回しかないんだよね」

 「一刻も早く開くことを祈るぜ。あっ、ちなみにこれシリーズ物だから。1~6と10、スピンオフの1~3はもう持ってるからそれ以外でよろしく」


 ……まさかの長寿シリーズ物!

 俺たちが知らないだけで、メジャーなジャンルなのか?

 大人になるとよさが分かるのか?

 底知れぬ人の業に身震いしてしまう。



 秘密の会合がお開きになった後、寝床とする教室へと向かう。

 女子たちに悟られぬように口を噤み、なるべく足音を殺すように努めるが、その材質ゆえか廊下を歩く度、どうしても足音が鳴ってしまう。


“カツンカツン”


 「もう少し足音抑えろよ」

 「おれじゃねぇよぉ」

 小声で交わされる会話。


 だが、これは……。

 「前からだ」


 奥の闇から聞こえる足音。

 窓から入り込む月光に照らされたのは、全身が骨のガイコツだった。


 「ひっ!!」

 誰かが悲鳴をあげる。


 「……糸出さん?」

 ガイコツは糸出さん愛用の骨格標本だった(理科準備室産)。

 全身骨格はこちらの声掛けに応えず、すっとケイトの方を指さす。


 「オレか?」

 そして、突き出した指を反転させると、何度か引き起こす。

 そのジェスチャーが示すのは……。

 

 「ついてこいと?」

 ケイトの問いかけに骨格標本は頷き、くるりと身体を反転させると歩き出す。

 

 「はぁ……要件はおおよそ予想できるが……貴様らは先に帰って寝ていろ」

 そう面倒くさそうに呟くとケイトは骨格標本の後へ続く。


 二つの足音は闇深い廊下の奥へ消えていくのだった。

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