ギリギリバレンタインデー
「――ほらよ、これチョコだ、お前にやる」
「え、なんで……?」
「だって明日、バレンタインだろ?」
「うん、そうだけど……、明日だよ?」
「明日はどうせ、お前はたくさんのチョコを貰うだろ。毎年そうなんだ、今年だけ違うってことはねえはずだ。
明日に渡しても、あたしのチョコは大量に渡されたチョコの山の一個だ。埋もれちまうよ。
だけど今日ならどうだ? あたしからしか貰ってないだろ? お前の中であたしのチョコの印象はでかくなるんだ――頭良いだろ?」
染めた金髪、改造制服を着た不良少女。
チョコを受け取ったのは、学年でも成績トップの次期生徒会長だった。
「まあ……うん。でも、バレンタインデー『に』、チョコを渡すのが最低限のルールだからさ……。確かに勝負としては勝ち、だけど……、試合には負けてるよ」
「勝負に勝っていればそれでいい!!」
彼女はチョコを渡して、既に満足したらしい。
鼻歌まで歌ってご機嫌だった。
「じゃあな、渡したかっただけだ、それは家で開け――」
「え?」
「おい! 家で開けろっつっただろ!?
こんな衆目の前で開けるんじゃねえよ、恥ずかしい!!」
「恥ずかしい……? 教室のど真ん中でチョコを渡すのは違うのか……?」
包装が剥がされ、クッキーの缶が見えた。
「……チョコ?」
「……容れ物がなかったんだ。中身はちゃんとチョコだよ」
「市販のじゃないのか……あ、もしかして手作りか?」
「金がなかったんだ。日頃の感謝の意味も込めたんだから、あげないわけにもいかなかったし……、だから家にちょうどあったんだよ、材料がな……それを使っただけだ」
「君の場合、十円チョコを投げ渡してきそうなのに」
「感謝が十円チョコ並みと思われるのも癪だ」
こだわりがあるようだった。
日頃の感謝、と言っているが、特別、なにかをしたわけではない。
不良の彼女を、クラスの輪に混ざりやすいように手助けしたくらいで……。他には、多く出された課題を手伝ったり、彼女だけの補習に付き合ったり――
チョコを貰うほどのことではない気がする。
「考えれば考えるほど、十円チョコで充分じゃないか」
「ふざけんな。十円チョコで済むわけねえだろ」
……まあ、彼女がそう言うならそうなのだろう。
助けた側は、いつも『良いことをした』とは思っていないものだ。
「そっか……ありがとう。ちゃんと食べるよ」
「おう」
……翌日のことだった。
今日こそ、バレンタインデーである。
「ほれ、チョコ、やるよ」
「……確かに今日はバレンタインデーだけど、昨日、同じものを貰ったよ?」
細かいことを言えば、『同じもの』ではないが。
「そうだな。今のお前は山のようにチョコを貰ってる。あたしがあげても、その大量の中の一つでしかねえが……、これは昨日と合わせて『二個目』だ。
あたしだけだろ? 二日に渡ってチョコを渡したのは。どれだけ山のように積まれたチョコがあろうと、その中に埋もれてしまおうとも、あたしのチョコは『二個目』という大きな特徴を持っている。お前はあたしのチョコを、周りと同じ『チョコ』とは思わないだろ?」
確かに、二日連続でチョコを貰うというのは初めてだ。
だからこそ強い印象を受け、周りのチョコが霞むほどの存在感を放っている。
「あたしの勝ちだ」
「……反則じゃないか?」
「それでも勝てばいいんだよ」
「なにと戦ってるんだよ……」
「お前、分からねえの?」
彼女の顔が急接近する。鼻と鼻がぶつかりそうになり、驚いた生徒会長が動揺して、身を引くと同時に膝が机に当たり、山積みになっていたチョコが床に落ちてしまう。
それを拾うよりも早く、不良少女の指が、彼の顎に触れた。
軽い力だ。
だけど、くん、と――顔が斜め上へと向けられる。
「……なに、を――」
「競争だっつうの。誰が一番先に、お前を手に入れるのか。そしてあたしは一歩も二歩もリードしてる。それとも今のお前の反応を見るに、勝ちは確定か?」
「……バカを言うな、こんな小手先の奇襲で勝ったと思うなよ」
「そうか?」
「なにが……」
「あたしの目を真っ直ぐに見れないヤツに、勝ち負けを言われたくないなあ?」
床に落ちた、たくさんのチョコ。
机の上にあるのは……、
自然と握り締めていた、目の前の彼女のチョコだけだった。
それに先日、彼女のチョコの味を知ってしまった。
嫌でも意識する。
……意識している今が、嫌なわけではないが。
「目を逸らしてていいのか?」
「逸らしてな、」
――逸らしたからこそ、避けられなかった。
「手作りの残りもんをさっき食ったばっかりだったんだよ。だからこれで、お前は三つ目のチョコを受け取ったことになるな。刺激的だったか? でも甘いだろ?」
「おまっ……!?」
「やり返すならどうぞ。それともホワイトデーまで待てないか?」
小手先の奇襲では終わらなかった。
彼女は最後の最後に、全力でぶん殴ったように――彼の世界を破壊する。
バレンタインデー、チョコ二つ……否、三つか。
手数でも一つの重みでもない。
どちらも。
全力投球で出し惜しみなく、全てを利用した。
だからこそ印象深い。
この印象を覆すのは、難しいどころか、不可能だろう。
「やるからには全力だ。
喧嘩も恋愛も、相手を落とすことに変わりねえよ」
何百と相手の意識を落としてきた――だったら。
『恋』に落とすくらい、不可能じゃない。
―― 完 ――
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