17
がたん。
隣で痛そうな鈍い音が聞こえた。
「ちょっと、あんた。まっすぐ運転しなよ」
「だったらあたしとハンドルを交代する?」
「嫌よ。こんなキカイ、誰が運転するってのよ」
「でも、シィナちゃんが自分の足で走るより速いでしょ。それにニケの居場所を知ってるのはあたしなんだから」
リンはぎゅっとハンドルをまっすぐに保持した。そしてアクセルを踏み込む。エンジンの過給器の風切り音がウンウンと唸る。軍用四輪駆動車のナンバープレートは近衛兵所属のもので天井には赤色灯も光っている。道行く車は黙って先を譲るし、暴走運転も警察は黙認してくれた。
「くぅそ、いらいらする」
シィナが歯ぎしりした。助手席から後部座席と荷台に至るまで斜めに大太刀を渡して器用に携えている。その膝の上にはニケの2振りの刀もあった。
リンはキエは普段着る
「それって、ニケに対して? それとも自分自身?」
「ヒィヤ。いちいちうっさいわね。そのアホ毛を引き抜くわよ」
口が悪い上にうるさい。それでも重要そうな戦力だからわざわざ家に寄り道して呼び出した。ニケの刀も死ぬほど重かったけど抱えて持ってきた。
「ネネ、今3桁区に入った。そっちの状況は?」
『了解。そちらの位置はモニターしてます。
車両のコンソールボックスに埋め込まれた通信機からネネの声が響く。
「敵の数は? 分離主義者は何人くらいいるの?」
『わかりませんの。大きく見積もって1個中隊でしょう。地元のギャングかもしれません……次の交差点を左折してください。渋滞を回避できます。その後16秒後に右折、狭いですが裏路地を進みます』
どういう技術かさっぱりわからないけれど、キエは正確にこちらの位置を見ていた。
「ふん、そんなの全員斬っていけばいいじゃない。ヒトの法でも悪人なんでしょ」
「だめだよ。自治っていって警察がいない地域はそうやって荒れくれギャングから守るギャング達がいるんだから」
「めんどくさ。これだからヒトってやつは」
「嫌いなの?」
「普通。でもニケがヒトを守ろうっていうんだから、私も守ってやるわよ」
心強い。隣に座るギャング顔負けの口調と入れ墨だらけの肌の少女。
バラックに覆われた違法建築群を抜け、巨大な黒い円筒形の塔までやってこれた。もともとはロータリーだったらしいが、劣化したアスファルトは細かい
『監視カメラの情報から、1号棟の70階付近にニケがいると思われます』
「1号ってどこに書いてあるの?」
『北側の背の低いほうですの。中にはいったら昇降装置を遠隔作動させます。それで上層階へ向かってくださいまし』
リンは車を停め、ライフルを持ち、弾帯をドレスに巻き付けた。
武装ギャングがわらわらと集まってきたがシィナの大太刀を見つけるとそそくさと道を開けた。たぶん分離主義者たちじゃない。
「って、どこよ? そのショーコーソーチってのは」
シィナが大太刀の柄に手を置いたままブンブンと当たりを見渡す。そのたびに長いツインテールがぶんぶんと揺れた。
「その長い髪、邪魔じゃないの?」
「ふん、鈍いヒトの基準でいわないで。ニケはこの髪型が好きだって言ってくれたんだから」
「あたしだって! あたしだって、ニケは優しくしてくれるもん」
リンは、若草色のシィナの瞳を睨み返した。無駄に背が高いせいで首が痛い。
するとその時、筒状の居住塔の中央部分がせり上がってきた。上層階から投げ捨てられたゴミが溜まっている所で、換金ゴミを漁っていたスラムの住人が慌てて飛び退いた。
「行こっ! きっとあれが昇降装置」
丸い部屋に低い欄干が備わっている。そして上にも下にも、支えとなる支柱やワイヤーは見当たらなかった。それ自体が浮遊している。
リンとシィナが飛び乗るとふわりと真上へ浮かび上がった。
シィナは呑気に遠ざかる地面を眺めていたが、リンはライフルに弾倉を叩き込んでコックを前後させて装填した。ふだん使い慣れている狙撃用のライフルじゃない、大量生産されたライフルのうちのひとつだったが、今はあまり贅沢は言えない。弾さえ出ればそれでいい。負革を背中に当てて左手でぐるっと一周させる。
宙に浮くエレベーターは居住塔の空中回廊の横をスレスレで通過していく。エレベーターの内部にも光るボタンがいくつかあり、知らない言語の数字らしい言葉が横に書いてある。
「あとどのくらいなの?」
「天井部分と地上部分の……今は半分くらいかな」
しかしエレベーターは上昇速度がゆるやかになり、そして止まった。目的地に着いたかとも思ったが乗り降り用の空中回廊までまだ距離がある。
「あっ、ゆっくりと下がってる。もしかして」
「飛ぶよ、リン!」
「無理無理、あんな距離」
「じゃあじっとしてて」
シィナはリンを小脇に抱えると、欄干に足を置き蹴った。ふわりと空中に躍り出て、その背後では動力を失った昇降機が真っ逆さまに地面へと落下した。
着地。リンを抱えていてもシィナの挙動は軽かった。呼吸も全く乱れていない。
「これが、ブレーメンの力?」
「ばかね。こんなの小さい子供だってできるわよ」
はるか下方で盛大な音を立てた破壊音が鳴り響いた。旧居住塔の住人たちも何事かと顔を欄干から出して視線を下に向けた。
ゾッとする光景だったが、事が落ち着くとよくよく周りを観察できた。独房のような家らしい空間。入り口のドアから顔が出され興味深そうにあたりから見られている。そして背中に当たる大きく柔らかく暖かな触感。
「うぁ、お
「ヒィヤ。いちいちうっさわね。アホ毛を抜くわよ」
この触感、どうやらこのブレーメンの女、ブラをつけていない。
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