『人間免許』更新会
渡貫とゐち
『人間免許』更新会
「――
「はい」
……新山が『人間』免許センターに訪れたのは、今回で二回目だ。
初めてきた時はあっという間に終わった記憶がある。
確か、証明写真を撮って、最低限の説明を聞いて、それだけだったから――。
「はい、確かに。……おぉ、二年前とはがらりと容姿が変わりましたね、多くの努力をしたことがよく分かります。
今回の更新で、新山様の免許は恐らく【アップグレード】されると思いますので……、各種保険の適用範囲が増え、税金が減額されると思います。
その場合、翌日から反映されますので、ご確認の方をよろしくお願いします」
それから、窓口の女性がモニターを操作し、金額を表示させた。
「今回の更新料が4700円になりますので、ご用意の方をお願いします」
「あの、免許がアップグレードされたら、安くなるんじゃないですか?」
「その場合、減額されて3400円になります。
……順番にお呼びしますので少々お待ちください」
待機場所であるベンチには少なくない人がいた。
新山も彼らに倣い、緑色のベンチに腰かける。
ふう、と一息入れる。
不安もあったが、無事に終わってほっとした。まだアップグレードされると確定したわけではないが、窓口の女性の反応からすると、仮にアップグレードされなかったとしても、間違った方向へ進んでいたわけではないと確信が得られた。それだけで充分だった。
「(容姿を綺麗に整えるだけで、各種保険の適用範囲が増えて、税金が減額されるなんてな……、どうせ微々たる恩恵だろうと思っていたけど、積み重なっていくとそうでもなくなってきたからな……。
それにしても前の免許証の写真、これは酷い……。歯並びも悪いし、髪の毛もボサボサで、服装もセンスがない。確かにこれは『不潔』だよ……ダサい)」
スマホを取り出し、カメラを起動。カメラを内側にして、自分の容姿を確認する。
「(適度な運動と、最低限の清潔感――ファッション誌に載ってるコーディネートをそのまま流用した形だけど……、ビフォーを見た後だと劇的な変化だな……。
やっぱり痩せたのがでかいのか? それとも格好良くなりたいという欲と、実際に見た目が良くなった自信が出てるのか……? 本当に俺かと思うほどの別人だぜ……)」
すると、ちらちらと向けられる『視線』に気が付いた。
窓口の女性、だけでなく、周囲を行き来している女性職員が新山を見ていた。
見ている対象は新山だけではないだろうが……。
「(……気になるけど、不快じゃないな……。今までは『キモイ』とか、『蔑み』を含んだ視線だったからな――容姿が良いってのは、気持ちの良いもんだな)」
「新山様」
「はい。え? 窓口で呼ばれるんじゃ……」
さきほど相手してくれた女性がわざわざ新山の前まできてくれていた。
彼女は床に膝を着き、低い姿勢で対応してくれている。
「免許の更新が済みましたので……無事に人間免許がアップグレードされました。
細かい『待遇』の変化がありますので、ご説明のために別室の方へ――
そこで新しい証明写真の撮影もおこないます」
こちらへどうぞ、と女性が先導してくれた。
連れてこられたのは別室……、無機質な白い会議室ではなく、オシャレなカフェと言った内装の別室だった。観葉植物と暖色の明かりで、落ち着く空間である。
ただの免許更新ではあり得ない対応だ。彼女がコーヒーまで淹れてくれて……、湯気が上がるカップを受け取り、一口だけ口に含んでから、ゆっくりとカップをテーブルに置く。
窓口にいた時とは違う雰囲気の女性が、書類を取り出した。
「こちらの書類に目を通していきます。順番にご説明していきますので――」
「多くないですか?」
「少し多いかもしれませんが……、似たような内容のところは飛ばしていきますのでご安心を。ご自宅であらためて目を通していただければ……。分からないことがありましたら、ここに私の連絡先を書いておきますので……いつでもご連絡ください」
……見せられた番号は、どう見ても個人携帯にしか思えなかった。
「……この番号は、お問い合わせの?」
「いえ、私の電話番号です。それとも、SNSの方がよろしかったですか?」
「いや……、でもこれ、お姉さんの個人情報ですよね……?」
「はい。新山様は私の『個人情報』を得られる免許を持っていますから」
「……これって、人間免許の、効果なんですか……?」
「はい。容姿を整えた清潔感がある男性(女性)は、各種保険の適用範囲が増え、税金の減額、加えて異性の個人情報を得られることも可能になります。
他にも、実店舗の予約の優先、商品の割引率が上がるなどの特典もありますね。一番大きな恩恵は、異性が向こうから寄ってくる、ではないですか? 今みたいに」
と、いうことは……彼女に自覚はあるようだ。
「お姉さんは、じゃあ、俺のこと――」
「ええ、ご想像通りですよ。二年前の容姿なら見向きもしませんが――そもそも見たくもありませんが、今の新山様ならこうして体を密着させても不快とは思いません」
対面の位置から移動し、新山の隣へ移動した窓口の女性が、ぴたり、と――
新山の肩に、自分の肩を触れさせた。
「うひふっ」
「頑張って容姿を整えたわけですよね? なら、女性から『こういうこと』をされるのは初めてですか? 可愛らしい、初心な反応ですね……、ふふ、もっと先へ進んでみます……?」
「い、一旦っ、ストップです!!」
「あら残念」
咄嗟に距離を取ってしまった……、傷つけてしまうかもしれなかった反射的な行動だったが、女性は余裕の表情だった。明らかに慣れている……、これが初めてではさそうだ。
「実感できました? これが『人間免許』です。多くの方が最初こそ、『他人からダサいと言われようが実害はない』と強がりますが、実害を与えてしまえば、じゃあ努力をして容姿を整えますよね? だって、ブサイクな人間は税金の負担額がかなり大きいですからね」
「……でも、どうしたってブサイクな人はいますよね……?」
「いますか? 骨格は無理でも、メイクや服装、髪型で、ブサイクなんて簡単に誤魔化すことができますよ。私が思うブサイクは、『最低限の身なりも整えない人』のことを言います。
たとえ整った容姿をしていても、不潔感が満載なら、人間免許は最低ランクです」
「な、なるほど……」
「誰にでもできることをしましょう、というだけです。
ポイ捨てはしないように。赤信号は守るように。横断禁止の場所は遠回りして渡るように……などなど、それらと同じように、自分の見た目に気を遣いましょう、ですからね。
無理難題を突きつけているわけではありません。実際、新山様もできているわけですから」
「まあ……、調べ始めたら楽しくなって、続いたって感じですかね……。
目に見える結果もありましたから。同性からも声をかけられることが多くなりましたし……」
「不潔感は同性ですら嫌なものですからね」
新山も考えてみる。
不潔な同性は……、近づきたくない。
同じ車内にいるのも不愉快になってしまう。
表情に出ていたのだろう、「う、」と顔をしかめた新山を見て、「でしょう?」と頷いた女性が、あらためて新山に近づいた。
肩を密着させてはこないが、距離は相変わらず近い……、香水? それとも彼女の匂いなのだろうか……甘くて良い匂いが漂ってくる……。
「では、書類の説明をいたしましょう。時間はたっぷりとありますので……――夕方までに終わらなければ、新山様のご自宅で続きをおこないましょうか」
「……この待遇が人間免許のおかげなら、もしもまた、不潔感が見えるような容姿になってしまえば……――お姉さんも俺のことを嫌いになりますか……?」
「はい、もちろん」
即答だった。
断言している。
「あ、はい。まあ、そうですよね……」
「おかしくないですよね?
免許どうこうではなく、普通に不潔な人とは付き合いたくないだけですから」
―― 完 ――
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