第28話 結果を見れば

 ……ぼくは自覚していた。

 言った、ありがとうに、まったく、心がこもっていなかったことに。

 空っぽの、ありがとう。

 言っても伝わらない。ただ鼓膜を揺らすだけのものだ――。

 彼は気づいてしまっただろうか――そんな気配はなかったが、違和感はあったかもしれない。

 きっと気づいただろう、彼はこういうところ、敏感な気がするし……。

 言ってこなかったのは、彼の性格のおかげか。

 指摘されたら、ぼくはなにも返せなかったから。

 また、彼に助けられた。

 見逃してくれて――、ありがとう。

 中途半端なお礼の言葉で、悪いね、負冠翔。


 ―― ――


 昼休みの時間に色々と、事件とはいかないまでもそれに匹敵するような傷害を受けていたので、ぼくは午後の授業を正当な理由でサボっていた――休憩していた、とも言う。

 保健室のベッドに寝転がり、体力の回復に努める。

 サボっていると言うのであれば、ぼくと同じように隣のベッドで寝転がっている、楽外指南の方と言うべきだろう。彼女も彼女で、打撲やらのダメージを負っているが、それでも戦闘に慣れた魑飛沫だ、それなりに体は頑丈になっているはずである。

 怪我くらいで保健室のお世話になることはないのだけど……、だから目的は休息ではない。回復に努めているぼくに会いにきて、さっきのことを説明しろ、ということなのだろう。

 説明、か。

 しなくとも、さっきのあれが全てなんだけどなあ……。

 強化プログラムの最中に、魍倉階段が現れ、襲われた――それだけだ。

 それ以上でも以下でもないのだから。

 しかし、だからと言って伝えないわけにもいかないか。

 ぼくはありのままを伝えた。

 余すところなく、全てを。

「でも、ずっと見ていたわけじゃないんだね。ぼくのスタートの時からずっと、監視していたのかと思っていたけど……」

「かくれんぼなんだから、見られるところとそうでないところがあるでしょうよ。見えるところは見ていたけど、見えないところは見ていないわ。途中までは、あんたの姿が見えなくてもがまんして隠れていたけど、長時間も同じ場所に居続けて、おかしいと気づいたのよ。あんたも、そこまで無能なわけがないんだし……、だから移動したの。そしたら――、あんたはもう、魍倉階段と出会っていた」

 見つけてしばらくは、様子見をしていたらしい。魍倉階段、その三人の実力を、見れるところまで見ていたらしい……だから助けに入るのに遅れたのか。それでも、ぼくにとっては遅れた、とは思わない。死ななければどこで助けに入っても問題はなかったのだ。

 ぼくが屋上から落下するタイミングで、楽外は介入することを決めたのだ。だから魍倉階段を見極める時間を、ぼくが短縮してしまったことになる――、もう少し、時間稼ぎができていれば、楽外は魍倉階段の秘密に気づけたかもしれないが――、まあ、たらればだ。

 過ぎたことを責めても仕方がないか。

「早く助けに入っても、結果は変わらなかったと思うし、逆に遅い方が、相手の情報を集められただろうしね……相手の癖とか武器とか。そっちの方が好都合でしょ?」

「もっと早く助けに入っていれば、すぐに逃げることができたのよ。それに、あんたが落下して、死にそうな目に遭っているって分かって、私はパニックになっちゃったの。逃げるべきだって、分かっていたのに……、私は怒りで前が見えていなかった。だから、勝ち目がない戦いに、喧嘩を売っちゃったのよ――。あんたにも八つ当たりしちゃったし……、教官、失格よ、私は……っ。それもこれも、早く助けに入っていれば、起きなかったことなのよ――。こんなゲーム、しなければよかったわ――強化、プログラムなんて……っ」


 こんなゲーム。

 強化プログラムさえなければ。

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