第21話 屋上の再会

 今回は、紙切れからの指示――、その文章の内容に、失敗した時の罰が書かれていなかったけど、とは言え、失敗してもなにも罰がない、というわけでもなさそうだ。

 楽外ならば、失敗しなくとも、途中の行動でミスがあれば、容赦なく罰を執行しそうだ。

 完璧主義者なのだ、楽外は。

 いや、ぼくが勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないが。

 とにかく、ぼくは楽外の捜索を開始したのだが――教室の中を覗きながら、校内を一周してみたのだが、彼女の姿は見つけられなかった。

 もしかして、楽外は常に動いていて、ぼくが動く度にぼくの視界から消え、死角に潜んでいるとでも言うのだろうか……?

 いや、それはないだろう……、ないだろうと信じたい。

 最終的には、死角に潜んでいる敵にも気づけないといけないのだろうけど、まだ初回の修行にそれを求めるのは、教官としては教え方が下手だと言う他ない。

 スパルタだとしても厳し過ぎる。

 生徒の気持ちを全然分かっていない……生徒の心、教官知らずだ。

 だから、きっと楽外がいないのは、ぼくが見落としているか、それともまったく違う場所にいるか、だ。まったく違う場所と言えば、校舎内は全て探した――ので、まだ探していないところになる。となれば、校庭か、屋上か。

 校庭、オープンな場所だ。

 禁じ手、とも言えるぼくの力を使えば、楽外を誘き出すことはできそうだが、楽外と一緒に、違う者――たとえば雨衣円座など――を誘き出してしまう可能性もある。

 可能性というか、確実に。

 そうなったらぼくでは対処ができない。

 そもそもルール違反だろう。禁じ手を使うことはできそうにはないか。

「校庭か、屋上か……、どっちもいってみるか」

 先に選んだのは、屋上だ。

 開放されているわけではない屋上の扉は、なぜか開いていた。

 なぜかと言うか、もちろん、楽外なのだろうけど。

 しかし、ぼくが探すことを知っているというのに、まったく、不用心なやつだ。

 単純なミスか、誘っているのか。

 どちらにせよ、ぼくは進むしかない。

 屋上へ足を踏み入れると、先客がいた――楽外ではなかった。

 お弁当を広げている男子の姿だ。

 しかも、知らない顔ではない。知り過ぎている顔だ――

 つい先日、疑いをかけて、晴らした相手である。だからよく覚えていた。

 負冠ふかんしょう

 ぼくの後ろの席にいる、あまり喋ることもない、女の子みたいな容姿の男子だ。

 彼はぼくに気づいたようで、食べかけていた唐揚げをぽろっと落とした。それを拾うことなく、落としたことにも気づいていない様子で、ぼくをじっと見つめている――。

 そこまで呆然とすることではないと思うが、ぼくの方も、屋上にいるのは――まさかあんな風に大胆に目の前にいるとはさすがに思っていないが――楽外だと思っていたので、これはこれで、驚いたのだ。

 躓いた感じだ。

 出鼻を挫かれた、とも言う。

 まさか、彼がいるとは、予想していなかった。

 話したことがない相手、というわけでもないので、ぼくは近づき、普通のクラスメイトとして声をかける。

「唐揚げ、落ちたよ」

 地面に指を向け――しかし、それでも彼は口を開くことなく、目だけで『いま気づいた』とでも言いたそうに、感情を作り出した。それから唐揚げを拾う。

 もしかして食べるのか? と思ったが、さすがにそんなことはしなかったか。

 ティッシュに包め、お弁当の蓋に置く。

 まあ、普通はそうするか。普通の対応だった。

「…………」

 それにしても、どうして彼が開放されていない屋上にいるのか。

 どうやって、鍵を開けたのか。聞いておいて損はないだろう――。

 だが、ぼくが聞いても、彼は口を開かない。ぼくの言葉、聞こえてる?

 そもそもぼくのことを、存在しているものだと認識してくれているのか。

 不安になってくるな……。

 唐揚げを落としたよ、と教えたことには反応していたので、一瞬でも認識はしてくれたのだろうけど、でも今はもう、いないものとして扱っているのかもしれない。

 彼の中で、ぼくは生きているのか。

 死んでいるのかもしれないな――。

 というか、彼の方が死んでいるように見える。

 死体のような雰囲気で、死体のような目だ。

 彼とにらめっこをしている状況から逃れるため、ぼくはひとまず彼の真横、あまり近づき過ぎないところに座ってみる。彼が喋らないのは、永遠なのか、一時的なのか。

 判断が難しいところだ。どっちもあり得るからなあ……。

 そう思わせてしまう彼の異常性は、やはり普通じゃない。

 少し、様子を見てみるか。

 確かに、彼が話をしているところを、あまり見たことがない。でも、決して、頑なに喋らないというわけでもない。ぼくだって、一度や二度、喋ったことくらいはあるのだから。

 永遠に喋れない、ということはなさそうだ――。

 だが、それはこの前の時点で――だとしたら? 

 まさに今から、永遠に喋れなくなったのかもしれないし、確定はできない。

 すると、激しい呼吸音が隣から聞こえてきた。

 まるで、全速力で走った後のような、呼吸である。

 彼はただ座っているだけで、なのに、どうしてそこまで疲れると言うのか――。

 いや、そういうことではなく、そうじゃなくて。

 呼吸を荒くするなにかが起こった、と見るのが、普通だ。

 彼は、ぼくと同じ、なにかを抱えている――。


「――っ、ッ、ぷっはあ!? ……はぁ、はぁ――。や、やっと、戻って、きた……はぁ、はぁ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る