第12話 楽外指南 その2

「なるほどね、じゃああの時は、雨衣を吹き飛ばすような刀身を柄にセットしていたんだ?」

「そうね。でも、少し訂正。あの時は――、刀身と言うより、刀身を作り出す【始点】のようなものだったわね。風を作り出す……、かまいたちの強力なもの、と言えば伝わるかしら」

 かまいたち。

 斬れる風、形のない刃、変幻自在で、ガード不可能の、その刀。

 そういうカラクリか。だから形はなく、姿も見えず、剣士としては難しい遠距離攻撃ができた、ということか。遠距離専門の魅奈月を押す、強力な刀だと言える。

 使い手によれば、魅奈月も圧倒できる力を秘めているはずだ。

 初見なら雨衣を倒すこともできただろう――、しかし今回、彼女のことを逃がしてしまった。雨衣には対策されるだろうし、同じ手が通じる魅奈月でもない……、内部で共有されていると見るべきか。次に戦えば、楽外が不利になることは確実。

 元々の戦力差は大きかったのに、さらにそれに拍車をかけるような失敗だった。

 次に、勝ち目はない。

「別に、これが秘策ってわけでもないわ。隠している刀身なんて他にいくらでもある。他の一族を圧倒できるような、それぞれの対策はここにあるわよ」

 とんとん、と指でこめかみを叩く。

 楽外がわざわざそんなことを言うなんて……、それだけ、ぼくの表情に不安が出ていたのだろうか。気を遣わせてしまったな――。

 とりあえず、意識して表情を戻す。

「……ならいいけど。それなら安心だ。それで、そうそう会うものなの? 他の一族にさ」

「……互いに互いを引き合っているのか、それとも戦闘がある場所へ、誘い込まれるのか。どういう理屈なのかは分からないけど、意外と会うのよね。魅奈月に、【もうくら階段かいだん】――、そして【りょう】ね。魑飛沫を合わせた四大一族【魑魅魍魎】」

 最低限の知識として、ぼくも親父に叩き込まれたことがある。

 魑魅魍魎、それぞれの一族と、その性質のことを――。

 魑飛沫は剣士であり、魅奈月は銃士である。

 剣士は剣、刀。銃士は拳銃を扱うのだが、銃士の中には、拳銃だけではなく、遠距離武器である弓矢や近代兵器ミサイルなど、新旧の武器を混ぜて扱う者もいる。

 こうして見ると、魅奈月の縛りは緩いのかもしれない。

 いや、別に縛り、でもないのか。本能的に遠距離武器を望んでいるだけだ。

 言われたから遠距離武器を使っている、わけではない。

 結局のところは、使い手の好みである。

 魑飛沫だって、剣を好むが別に、刃がついていなくとも、バットでもハンマーでも良いのだ――好みの問題であるだけで、刃の有無は重要視されていない。

 近距離であればいい――その近距離も、本能的な選択なのだから。

 たとえば魑飛沫が拳銃を使ってもいいのだ。上手いか下手かは別として。

 さて、文字順列・三番目――【魍倉階段】。

 この一族については、一応、剣士や銃士のように名はついているが、

 しかし聞いただけでは「分かりにくい」と誰もが言うだろう。

 それがこれだ――【特殊技師】。

 そう呼ばれているらしい。簡単に言えば、縛りがない――、剣士でもなく銃士でもなく、しかしできないことに縛られないとも言える。本人が選択すれば、剣士にも銃士にもなれる。

 そう、魑飛沫でも魅奈月でも魎野目でもできない戦闘をするのが、魍倉階段である。

 まだぼくは出会ったことがない。だから、未知の相手だった。

 そして――【魎野目】。

 彼らは戦士と呼ばれている。

 武器いらずの素手勝負を好む。負けなしの百戦百勝の一族であると言われているが、どう考えても他の一族よりも不利なのでは? そう思ってしまう。

 しかし、素人の考えだ。

 過去に一度だけ、遠目から見たことがある。魎野目に所属する男が、素手で五階建てのビルを一つ、崩壊させていた。素手と言っているが、もう武器とそう変わらない商売道具である。

 人間武器――、武器人間だ。

「会う、とは言っても、不意に出会うことは少ないわよ。出会う時には、自分なりのセンサーが働くからね。それは相手側だって反応しているはずだし……、なら相手も教科書通りの動きをするでしょう? 一族同士、目の前から突っ込んでいく馬鹿はいないわけだし。一旦、身を隠して隙を狙う――、そういうワンテンポが遅れる動作が挟まれるから、あなたでも充分に対処できると思うわよ」

「対処、か……できればいいけど」

 戦闘を愛し、戦闘を好み、戦闘に人生を捧げていた彼ら。

 その道のプロに、ぼくという素人が、果たして対処などできるのだろうか。

 差が顕著に見えてしまっているけど。

 無理だろう――現段階ではあるが。

「対処できるように指導するのが、まず最初の仕事になりそうね……」

 ぼくがなにかを言うよりも早く、楽外がぼくが持つ手紙を、すっと抜き取った。

 ここで読むことはせず、綺麗なまま、ポケットにしまっていた。

「まあ、信じるわ。嘘じゃないだろうし、もしも嘘だったら――、潰せばいいだけの話だしね」

 さらっと、恐ろしいことを言う。

 体がびくりと反応した。本気かよ……。

「そりゃどうも」

 疑心はあるようだけど、しかし魑飛沫の巣へ――楽外の家には入れてくれるようだ。その時点で、ぼくの目的はほぼ達成されたようなものである。このまま、仲間として受け入れてもらうのが一番良い結果だけど、もしも駄目だった場合は、それはその時に考えようか。

 努力はこれから、いくらでもできる。

「あ、そうだ。どうしてあの時、助けてくれたの? 学級委員長だから、って言ってたけどさ、関係ないでしょ? あのクラスで、学級委員長なんて、あってないようなものだし――」

 ふと思い出して、聞いてみた。

「…………」

 すると楽外は、なぜか悔しそうな表情を浮かべて、

「……本当なら、見て見ぬ振りでもしようかなって思ったけど、でも、さすがに見捨てるわけにもいかなかったし――、やっぱり一番は、あなたのその力を、確認したかったから。システムをね、知りたくて――だから助けた、それだけよっ!」

 と、ぼくは怒られた。なんで?

 うーん、ぼくは嫌われているのか。それとも、好意が結果的に反発になっているのか。

 ――さて、どちらだろう。

 どっちなんだろうね、楽外指南?

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