自宅の風呂場にダンジョンができたある姉弟の話

星川カタル

風呂場にダンジョンができた

 ――続いてのニュースです。本日未明、東京都城ケ崎市に出現したダンジョンに都は冒険者ギルドを派遣し調査することを発表――


 中学校から帰宅しリビングでくつろいでると、不意に回したテレビのニュースチャンネルでアナウンサーが淡々とした口調で原稿を読んでいた。

 僕は今朝、このニュースを知ったんだがその時は驚いた。


 ――世界にダンジョンが出現する。これはさして珍しいことではない。

 僕が生まれる前からすでに、日本に限らず世界各地の都市や自然を飲み込むようにダンジョンが発生する。

 そしてダンジョンは調査、探索して生計を立てる者や、そこから得た貴重な資源の加工を生業とする企業など様々な仕事を世界に産んだ。


 これらは全て、僕が習う公民の教科書に書いていたことだ。

 なのに何で僕が驚いていたかと言うと、このダンジョンのできた場所にあった。

 そのダンジョンはうちから歩いて十分もかからない公園に出現したのだ。

 僕が幼少期、ブランコを漕いだり砂場で遊んだりしていた思い入れのある場所が、ダンジョン特有の黒い渦に飲まれ跡形もなく消し去った姿を見た時は少し悲しい気持ちになった。


 ただこのニュースを見て悲しんでいるのは、恐らく家では僕だけだろう。


「光大、帰ってたんだ。あ、このニュース!」


 ドアが開いたと同時に、百七十は超える高身長の女がハイテンションな様子でリビングにやってきた。


「へえ~、ギルドが調査するんだ。あたしのとこも参加するのかな?」


 黒いポニーテールを後ろに結ぶ彼女の名は紬。僕の実の姉だ。

 姉さんは子供の時から冒険者という職業に強い憧れを持っていて、今年高校を卒業すると同時にAランクギルドのアタッカーとしての就職がすでに決まっていた。

 三度の飯や、恋をするよりもモンスターとの戦いが好き。そんな姉にとっては地元が消えることよりも、近くにダンジョンができたことのほうがなおさら嬉しいのだろう。


「ねえねえ、行ってもいいかな。光大はどう思う?」


 ニュースで流れる渦に飲みこまれた地元の公園の映像をニコニコ見ながら、姉さんは僕に問いかけてきた。

 昔っから姉さんはこんな感じだ。ダンジョンのことになると目を輝かせて夢中になる。

 それが行き過ぎて時に暴走することも珍しくない。なだめるのはいつも僕だ。


「個人でのダンジョン踏破が許可されてるのはAランク以上の冒険者までだよ。姉さんの個人ランクは確かCでしょ? だから無理。もし破ったら所属するギルドにペナルティがかかるし最悪、冒険者ライセンスの剥奪もあり得るよ」


「え~、何でそんな面倒なことなのぉ?」


「えーって言われても……、国のお偉いさんが決めた法律だから?」


「お偉いさんが決めた法律? 何よ、それ! 光大、頭いいでしょ。ちょっと偉くなって、そんな面倒な法律変えてきてよ。日本を冒険者ライク・ライフな国に変えて! 光大ならきっと出来る、姉さんが保証するから!!」


「んな、無茶苦茶な……」


 相変わらずいつにも増して姉さんはイカれていた。これをおふざけではなく、大真面目に言ってるのだから末恐ろしい。


「とにかく何も悪いことしないでよ。姉さんがやらかしたら、僕や母さんにも迷惑かかるんだから」


「う~ん、それならしょうがないわね……。我慢するしかないかぁ」


 納得してくれたのか……? 珍しいな。いつもこういう時は、翌日の朝まで駄々をこねまくってたいのだが……。

 就職も決まって、姉さんも精神的に成長したということか?


「でもなあ、人間絶対なんてことはないからなぁ。いつも歩いている慣れ親しんだ道でも、一歩間違えて迷い込んでしまうことだってあるしなぁ。ああ、どうしよう。自宅の帰り道に間違ってダンジョンに入っちゃたりでもしたら……!」


 僕はこの女を侮っていた。

 断言する。図体が大きくなっただけでまるで成長していない……!


 仕方ないな。魔法の言葉を使って、姉さんを黙らせるとするか……。


「姉さん、今日から夜ご飯作らないよ……?」


「!? 待って、光大。それだけはやめて! あんたの手料理は世界で一番美味しいわ。それがなくなれば、あたしは生きる意味を失う」


 僕が中学に上がったくらいから母さんの仕事が忙しくなり、僕か姉のどちらかが家族に料理を作ることになった。

 年上ということもあり最初は姉さんが当番だったのだが、普通に作ったはずのカレーが何故か紫色になったため、わずか一日で当番は僕に移り変わった。


 姉さんは僕の料理マニアなためか。夜ご飯のことをダシにすると、姉さんは大抵言うことを聞く。

 人のことを脅すような感じであまり好ましくはないんだろうけど、こうでも言わないと姉さんはてこでも動かないからしょうがない。


「わかってくれたんだったら、いいよ。ちゃんと飯作るから」


「本当ぉ? ところで今日のご飯、何?」


 切り替え、早っ! まあでも、変にしょげて落ち込まれるよりかはましか。


「カレー」


「嘘っ、あたしカレー大好き! あとどれくらいで出来る?」


「米が炊き上がるのが、あと三十分くらいだから七時半くらいには席について」


「わかった! 待ってる間、先風呂入っててもいい?」


「うん、いいけど」


「ラッキー! じゃあ、また後で」


 姉さんはテレビの前から離れると、リビングのドアノブに手をかけた。


「あ、そうだ光大」


「何?」


「一緒に入る?」


「結構です」


 僕は即効、拒否した。



**********


 姉さんがいなくなったのを見届けると、僕はリビングに残ったままソファーの上でスマホをいじっていた。

 お気に入りのゲーム実況者の動画だ。この人は実況者のくせにゲームは下手だけど、とにかくリアクションがいい。天性の面白さだ。


 ドゴォーー!!


「何だぁ!?」


 その時だった。僕の後ろのほうで凄まじい轟音が響きわたった。思わず僕はソファーを立ちあがる。

 音は近かったぞ……。姉さんのやつ、なんかやらかしたのか?

 僕はリビングを出て風呂場に向かった。


 スマホ片手に家の廊下を歩いてるのだが、何だか様子がおかしい。

 ジリッジリッと小さな電気の走るような音が聞こえると同時に、黒い稲妻のようなものが風呂のある部屋のほうから見える。


 黒い……。まさか! 僕は急いで浴室に向かった。

 やっぱり、渦だ。さっきニュースで見た、公園を包み込んでいたあのダンジョン特有のやつとまったく同じ光景だった。

 待て……! 姉さんは確かさっき風呂入るって言ってなかったか?


「姉さん!」


 僕は渦に向かって呼びかけてみるが、返事はない。

 すると、渦が急速に大きくなり僕のいる洗面所まで広がってきた。


 ――ダンジョンに吞み込まれる。逃げないと!

 しかしそう思った時にはもう遅く、床や壁一面、黒一色に染まり始めた。

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