時計の針が告げるのは始まりか、終わりか

 勢いよく教室の扉を開き、華火花と輝來が入室する。

 それを出迎えたのは、銀色の髪の女だった。窓際に置かれた椅子に腰かけ、真っすぐに背筋を伸ばしている。


「待っていました。華火花、輝來」


「やっぱ聞き間違いじゃないんだ……」


 軽く驚愕したように華火花が眼を見開くが、直ぐに落ち着きを取り戻す。或る程度予想ができていたということもあり、心の用意はできていたのだろう。


「それで、貴女は?」


「私はシリカ──ですが、重要ではありません。スタラの協力者である、ということだけは抑えておいてください」


「それがわかんないなぁ。何でスタラの名前が出てくるの?」


「……」


 輝來の問いに、一瞬女は口を噤んだ。

 言葉を探すかのように、喉に上がってきた文章を、放っていいのかと思案するように。一瞬の逡巡を経て、シリカはポツポツと語り始める。


「この場に居るんです。スタラ・シルリリアが」


「「!?」」


「きっと会うことになるんでしょう。嗚呼、望みはしませんが、避けられもしない」


 冗談めかして言葉を投げようとした華火花の動作が、一瞬止まる。

 窓から射した陽光、それはシリカには当たらない。彼女はホログラムで生まれた存在であり、掻き消えてしまいそうな程儚く見える。だが、光も当たらない、そこに在りもしない彼女の瞳は、燃えるように光っていた。


「……」


 ぐっ、と息を呑んだ。

 冗談でも、冷やかしでもないということを、華火花だからこそ理解してしまった。


「時間はありません。なので、要点だけ話させていただきますね」


 すっ、と立ち上がりシリカが指を一本立てる。


「この世界には、魔物が存在します」


「「……は?」」


「信じてください。


 魔物、空想上の生物。

 ゲーマーであるが、二人は現実と空想の線引きをしっかり持っている。だから、ありえない。


「信じろって言われても……」


「あんまりにも、突飛」


 流石に飲み込みがたく、怪訝な顔で二人はシリカの顔を見つめる。

 そうすると、少し困った顔で彼女は目線を返した。


「そうですね……丁度、見えるかもしれません」


 シリカが指を伸ばす。

 その先、校庭には大量の人々が居た。MRで生まれたエフェクトやら空想上の生き物が闊歩しているため、混沌に近い様相を呈していた。そこに、「歪み」が生まれる。


 テクスチャがバグっているようだ、何処か呑気に、輝來はそう感じた。そうでなければ、この景色には説明が付かなかった。


 校庭の真ん中に生まれたひずみ、それは真っ黒な穴のようだった。

 それを扉のように通過していく者達が居る。スライム、ゴブリン、ケルベロス……神話や世代は様々、しかし、共通していることは。


「ありえない……!」


 存在しない筈の生物である、という事。

 ホログラムかと一瞬疑ったが、それは無いと二人の理性が否定する。MR、ホログラムは基本的に光で形作られている。だからこそ、判別する方法が幾つかある。


 それは時々輪郭がブレることであったり。

 影が無いことであったり。


 そのどちらも、魔物達には当てはまらない。


「あれが、魔物です。言っておきますが学校側はこれを認知しておらず、イベントでも何でもありません」


 逃げ道を潰され、呆然と外の風景を眺める。

 いち早く動揺から復帰したのは、輝來だった。頭のキレる彼女だったからなのか、VRゲームという限りなく現実に近い空想の中で生きていたからなのか。どちらにせよ、思考を回すことが叶った。


「それが本当なら、あの人たちが危ないんじゃ……!」


 魔物たちが現れた周囲には大量に人がいる。

 本当にあれが魔物で、L2FOの中のように人を襲うんだとしたら、犠牲になるのは彼ら彼女らだ。しかし、シリカは落ち着き払ったまま首を振る。


「大丈夫です」


「……なんで」


「信じていますから」


 がた、と窓枠が揺れた。

 それが突風の所為だと気付いた頃には


 銀色が、閃いた。


「っ……!?」


「スタラ!」


 魔物の首がから落とされる。魔物が袈裟斬りにされる。魔物の腕が弾け飛ぶ。跡形もなく、魔物が消え去る。


 結果は様々。けれど、方法は同じ。

 魔物が死に絶える時には、刀が振るわれていた。


「間に合った、か」


 少女がぽつりと呟いた言葉を聞いた人間は、誰もいなかった。



 ◆



「選んでください」


 シリカが淡々と告げる。

 しかし、今までとは重みが違う。彼女の言葉には実感と、人の生死さえ揺るがしかねない事実が秘められているのだ。


「このまま、何も知らないままでいるのか」


 華火花の顔が歪む。


「選び、戦うのか」


 輝來が拳を握り込む。


「それ、聞く必要ある?」


「本当にね〜」


 気怠げに言葉を交わす二人。けれど、その表情は決意で彩られていた。


「……良いんですか。命の保証は、ありませんよ」


「自分から言ったのに?」


「それはっ、そうなんですが……!」


 シリカは苦しそうに首を振る。

 彼女は、二人を問答無用で死地に押し入れるべき立場に居る。だが、彼女の善性がそれを許さない。心をゆっくりと焦がされるような苦悶が脳髄を走り抜けるのを堪え続けているのだ。


 その苦悩を、輝來が笑って流す。


「友達が命張ってるんだよ。それだけじゃ、理由にならない?」


「スタラだけ、良い格好はさせない」


「っ……」


 シリカがゆっくりと、頭を下げる。

 感謝と、溢れ出そうな尊敬を込めて。


「では、これを」


 教室に入ってきたロボットが何かを持ってくる。それは、宝石の埋め込まれた棒のようなものであった。


「スタラが持っているものの簡易版です。それを持った状態で、ある言葉を唱えれば、L2FOの中と同じ力を得ることができます」


「ある言葉?」


「それは──」



 ◆



 足音が響く。

 二人が言葉を交わすことはなく、その必要もなかった。今から起こることは、その次元の話なのである。


 華火花がふと輝來を見る。


「……!」


 手が、震えていた。どんな状況でも気丈に、天真爛漫に立ち回っていた彼女らしくない状態だ。けれど、それも仕方がない。

 今までの戦いとは訳が違う。賭かっているのはプライドでも名誉でも、ゲーム内のリソースでもなく。たった一つ、失えば終わりのアイテム。


 命だ。


「私も、か」


 気づけば、華火花の足も震えていた。怖い、死にたくない。少女に背負わせるには重たすぎる重圧が、彼女をその場に押し留めようとし続ける。


「……行こう」


「っ、あたりまえ」


 それでも。

 震えを押し殺して、歩く。進む。この恐怖も憂鬱も、スタラがもう乗り越えたものだから。この道の先に立っている彼女を、一人にさせるわけにはいかないから!


「「【因子共鳴】」」


 二人の姿が、変化する。

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