三つ目の名前

「私、冷峰秋波って言って、えっと、高校二年生なんですけど!」


 なにやらわたわたと手を動かし始めながら語り始めた彼女をしり目に、バラバラに散らかっていたワードが線で結ばれる。

 高校二年、冷峰、夜間徘徊……


(同級生じゃん)


 見覚えの正体にたどり着く。

 不登校になっているが故に入学式とか節目にしか現れないものの、確かにその名前は記憶に残っている。


「それで、私感動して、なんていうかな!」


「ちょ、ちょっと待ってくれませんか?」


 情報の処理に苦心した俺が両手で彼女のマシンガントークを制すと、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、私、テンション上がっちゃって……」


 こんな、人だったんだな。

 いっつも暗い顔をしていて、おとなしい雰囲気だと思っていた。でもそんなのは決めつけでしかなくて、目の前の彼女はこんなにも眩しかった。

 さっきまでの自分を恥ずかしがっているのかしおらしく黙り込んでしまった彼女に声をかける。


「……あの、場所変えませんか?」


 仮にもクラスメイトだったからなのか、彼女を放っておく気にはなれなかった。話しぐらいなら聞いてあげたい。

 でも、そのためにはここは適してないと思った。鬱屈としていて、仄暗い。


「それなら」


 彼女が口に出した行き先は、俺にとっては予想外なものだった。



 ◇



「ひっさしぶりに来た」


 広く、けれど幼い頃に見た景色よりかは小さく見える場所。

 砂場やブランコ、ジャングルジムなど遊具が点々と存在しており、夜中だという背景もあってか少し物悲しく感じる。所謂公園であり、彼女が話し場所に選んだ地点で在った。


「私、良く来るの」


 流れるようにブランコに腰かけながら、彼女はそう言った。


「ここなら、ちょっとぐらい今の私を忘れられる気がして」


 上から伸びる鎖を掴む手には力が入っておらず、頼りない。鎖に掴まることもできずに吹き飛んでしまいそうな、そんな儚さを纏っている。


「嫌な事とかあったんですか?」


 彼女に倣うように隣のブランコへと腰かける。

 前後に体重をかければ、ゆらゆらとブランコが動き始める。スタラの体重もあってあまり速度は出ないが、童心に帰った気分だった。


「ううん、そんなことも無いかも。ただ、私で居たくないってだけ」


「……そうなんですね」


 風の噂程度で聞いたことはある。

 思春期の少年少女が自分というアイデンティティを求めて、はたまた自分に貼られたレッテルを疎んで、どこかへと行きたいという欲求を抱える。厭世観、と呼ぶのもまた違うのだろうか。


「似合わないのにこんな服も着てさ……あーあ、なにやってたんだろうなー」


 首元に手を掛けながら、冷峰さんは脚をばたばたする。その動きは何処か子供のようで、それでいて吹っ切れたという印象も残った。死の恐怖に晒されて、何か枷のような物が外れたのかもしれない。


 似合わない服、と言われ、思わず彼女の全身を目に入れる。

 ファッション方面の知識が無いに等しいのでわからないところも多いが、パンクやらロックやら……ストリートな感じの服装である。本当にわからんけど。


 でも、わからないにしても、一つだけ言えることはあった。


「似合わないとか言わないで」


「ふえ?」


「似合ってるし、可愛いよ」


 彼女の都合はわからなくても事実だけはこの眼が捉える。

 だから、真実だけは否定させない。それは、今の冷峰さん自身を否定することにもつながってしまう気がしたから。


「そっか、そうなんだ……」


 自分の姿を見ながら、まるで初めて見たのかと思う程ゆっくりと全身を眺めていく。かと思えば勢いよく顔を上げて、にっこりと微笑んだ。


「よかった」


「……」


 彼女に掛ける言葉がこれでよかったのかはわからない。

 でも、笑えるなら良いなと思った。


「えーっと、あのさ」


 微笑みを恥ずかしそうな愛想笑いに変え、冷峰さんは頬を搔きながら提案をする。


「私の事は良いから、貴女の事が知りたいな?」


「え、私?」


 予想外に向けられた矛先に驚愕する。

 普通に考えれば自分に向けられてもおかしくなかったものを、見過ごしていたことに気づかされる。


「お名前は?」


「あーっと」


 どうする!?

 クラスメイトなんだから「宵乃空」は使えない、かといって「スタラ・シルリリア」を使うのもっ……!!


「私は、宵乃星」


「ほしちゃん、かぁ。いい名前だね?」


 スタラの名前を付けるときは星→スターから派生して考えた。だから星、安直だけどいいだろう。気の利いた名前を咄嗟に付けられるほど洒落た脳みそはしていないのだ。


「星ちゃん、星ちゃん……んふふ」


 冷峰さんは嬉しそうにブランコを漕ぎながら、俺の名前を呟いている。


「嬉しそうですね?」


「私友達少ないから嬉しくて!以外?」


「正直、意外。結構多そうだと思ってた」


 学校に来ていないというのはあるにせよ、ある程度の繋がりは持っていそうな気がしていた。明るくて、今のところ人当たりもいいし。


「まぁ確かに夜中こんなことしてるとよくしてくれる人は多いけど……」


「友達じゃない?」


「うん。目当てがある人が多くてね~、全部断ってるけど」


 したたかだ。

 高校生の身でありながら夜の世界で、一人で真っすぐ生きている。


「だから嬉しいの。ちゃんと名前を呼べる人ができて!」


「そっか」


「そうだ!星ちゃんも名前で呼んでよ!それで~、敬語もやめてほしいな?」


「え、それは」


「駄目?」


 ぐっ……目を見られながら言われると俺も弱い!

 でも距離を詰めすぎるのも……正体を隠し続けながら一緒に居るなんて長く続かないから今日だけの付き合いにするだろうし……。


「うーん」


(しちゃいましょう、空さん)


(え?)


 思わぬ方向から援護射撃を入れてきたのは、シリカさんだった。


(これからも魔物狩りを続けるのなら情報は必須です。そして、現地での情報網というのも大きいでしょう)


(彼女は、利用できると?)


(そうなってしまいます。でも、冷峰秋波はそれを望んでいるようですよ?)


 確かに、シリカさんの言うことは一理ある。

 ネットにせよ口頭にせよ、そのコミュニティである程度の認知度や信頼を得ている方が情報は引き出しやすい。その点、この街の夜に詳しいであろう彼女は適任と言える。

 利用する形にはなるが、彼女はそうして欲しいのかもしれない。それに


 綺麗事ばっかじゃ、救えないものもある。手を伸ばせないものがある。

 そんな気持ちは、二度と味わいたくない。


「わかりました。いや、わかったよ。秋波」


「!!……うん!星ちゃん!」


 満面の笑みを向けてくる秋波に僅かに痛む心を抑えながら。

 おれは、彼女の友人になった。



「連絡先交換しない?」


「スマホ持ってない……」


 実際は持ってたのだがスタラに変身した瞬間どっかいった。


「そんなことある???」


「マジ」


「じゃあ……また明日の十時、ここに来て?」


「わかった」


「うん、待ってるね」



 ◇



 カーテンの隙間から、まるで薄明光線かのように光が射しこむ。

 スマホで時間を確認すれば、時刻は朝の7時。昨日帰ってきたのは四時の後半あたりなので二時間も寝れていないことになる……のだが。


「なんか、軽い?」


 ゲーマーという特性上、夜更かしをすることは多々ある。

 その時に感じる四肢の重さというか、思うように動けない不自由さが無い。それどころか、十時間超寝た時のようなハツラツとした寝起きだ。明らかに異変が起きているのが分かった。


 それで、シリカさんに訊いてみることにした。


「それも、因子の効果ですね」


「……何でもありなんですか?」


「何でもではありませんが、便利な事には違いありませんね。体の回復が超速になります」


「成程」


 体が、人間でなくなってきているという事でもあるのだろうか。

 自分が超人化していくことに不安を覚えながらも、これで活動時間が増やせると思うと、嬉しく思う気持ちもあった。

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