記憶の眠る場所
「うっわぁ……」
俺が空けたのはレトロチックな古民家の扉、だったはずだ。
それが今目の前に広がっているのは、半透明で薄く発光した材質によって構成された、ファンタジーとSFの境目のような空間だった。だだっぴろい長方形型の空間は何処かのエントランスのようで、対面側の壁には扉が見える。
そこに在るはずの床が透き通っていることで一歩は上手く前に出ず、遠近感が狂ってこの部屋の大きさすらわからない。
「歩けは、するか」
「落とし穴はありませんよ」
「そこまで意地悪くは無いか」
両足で地面を踏みしめ、周囲を見渡す。
そして何処からか鳴り響いた鳴声に反応し、刀を抜き放った。
「多い」
壁から溶け出てくるように現れた魔物達は、視界を塞ぐほどの物量をもってして蠢きだす。三桁まで行かずとも数十体は居る。
武器を持っている人型のものから、蟲のような魔物まで、統一性は一切ない。無理矢理共通点を見つけ出すのなら、肌を刺すような殺意だけだろうか。
「相手してもいいが」
「発生が無尽蔵です」
「よし、無視しよう」
無限沸きはキツイ……いや、元々対処するというのが想定されているのかも怪しい気はするが。走り抜ける事を選択肢に入れやすくするために扉が最初に見える様な配置にしているのだろうし。
魔物が迫る。
地面は当たり前だが数で封鎖されて進めない。空も、空中で満足に姿勢制御できない状態では蟲に対処しずらい。そうなれば、道は一つ。
「ふっ!」
壁に向かって跳躍し、重力に抗って走る。
地面に向かって平行に、壁に向かって垂直に疾走する。所謂壁走りという奴であった。
咄嗟に反応できた数体の魔物を空中で切り裂きつつ、そのまま走っていく。
◇
ばん、と勢いよく扉が開かれ、景色が移り変わる。
先ほどの空間と同じように半透明の材質でできている部屋ではあったが、趣がここは全く違った。
「一応、図書館なのか?」
半透明の棚に、様々な色の図書が並べられている。それが壁、床、天井問わず張り巡らされているという点を除けば、図書館と表現しても差し支えないものではあった。
「……良いのでしょうか」
「ん?」
「何処まで話していいのか、と思いまして。一応私はNPCに位置していますし」
「NPCはあんまりそんな事言いませんけどね」
先ず現実というのを認識しているNPCを、俺はほとんど見たことが無い。健康のために作られた人工知能とかならまだしも、ゲームという枠組みなら零に等しいだろう。
まぁ元々が現実に干渉してくるシリカさんなので、普通というのがおかしいとは思うが。
「まぁ、私もここに居る事を含めての設計でしょう。助言ぐらいならしても良いですか?」
「……好奇心なんですけど、助言ナシならどれくらいかかると思いますか?」
周囲を見渡しながら言ってみる。
ざっと見ただけでも数百冊。ゲームのテキストとして大部分が省略されて読みやすくなることを加味したとしても、膨大な文字数に至ることは言うまでも無かった。
「二十時間ぐらい探し続ければ恐らく」
「おっけー、助言貰っても良いですかね」
「はい」
ほんとにシリカさんいなかったらどうなるクエストなんだよ。二十時間テキストを読み続けろってのか。
「向かって右側の棚、その三列目から読み始めてください」
「了解で」
本に手を掛け、開いた瞬間。頁と頁の境目から、巨大なウィンドウが飛び出す。それは内容を要約した、ゲーム的な表示であるらしい。
「なっが!?」
「これでも良くなった方ですよ」
「これで?」
「はい。三分の一ぐらいに」
「わぁお」
ざっと見ただけでもゲームの感想についてる酷評を垂れ流したコメントぐらいには長いのだが……。というか、シリカさんは何故そんなことを知ってるんだ?
「シリカさんって、ここの事はどれくらい知ってるんですか?」
ウィンドウの一番上、文章の始まる箇所を顔の前に移動させながら訪ねた。それに帰ってきた答えは、予想外なものであった。
「どれくらい、と言いますか」
この家は、元々私のものですから。
そう嘯いた彼女の声色に、少しの寂しさが乗っていた気がした。
◆
この世界には夜しかない。
どれだけ時間が経っても陽が昇ることはなく、闇夜から逃れる術は存在しない。その暗雲を払うのが、私の役目、この世界の「シリカ」がするべきことらしい。
先ず、『魂ヲ喰ラウ者』という人たちのところに行った。
山奥にある小さな村で、魔物の被害に遭っていたところを助けた。色々感謝はされたけど、カリアちゃんという小さな子だけはずっと悲しそうな顔をしていた。魔物の襲撃で親を亡くしたらしい。
けど、ありがとうと言ってくれた。嬉しかった。
次に……
◆
それは、シリカの旅路そのものだった。
知っている名前が出てきたりするものの、それは今とは大きく異なる記述になっていて、遠い過去の話であることを察することができた。それと同時に、カリアさんや灰莉が、初対面で俺を『星ヲ望ム者』として扱った理由が分かった。
「一回目は、シリカさんだったんですね」
「そう」
俺の旅路がシリカさんのものをなぞった軌跡であることは、すぐに分かった。
それは終わらない夜を終わらせる旅路で、言うなれば「月光の終焉」。このゲームのタイトル自体、俺たちにではなく、この物語に贈られたものなのではないかと思った。
「このゲームは、一度攻略されてる?」
終幕まで描かれているその物語をあらかた流し読みしたところで、一つの結論にたどり着く。これ自体が、ゲームを攻略したという査証なのではないかと。
月光武闘会、という題名の付けられた公式イベント。
太陽しかない筈の世界に存在する里の別名が、「血と月光の支配する里」で在ること。
獣人たちの住む町の名前が「懐月街」。月を懐かしむという意味を持った者であったこと。
今まで散りばめられてきた違和感が、矛盾が頭の中で繋がっていく。このゲームのストーリーが、過去に在ったこれをバックグラウンドとしているならすべての合点がいく。
「その通り。この世界は、一度私の手で攻略されています」
「それが記された場所がここで、戦いの記憶が前の部屋に在ったと」
「はい」
一見、というか一切の繋がりのなく、戦闘する必要すらない魔物達が居たのは何故なのか。それはここに貯蔵されている本と同じように、シリカさんの記録だったからだったらしい。
俺は唐突に、このゲームのシナリオのふかいところに踏み込んだのを実感した。
「これで条件は満たしました。後は、承認さえすれば転職することができます」
「あ、ホントだ」
いつの間にかだがクエストは終わっており、転職が可能な状態になっている。
「この本を読むことが条件なんですか?」
「いいえ。このクエストの説明文を思い出してみてください」
「んん~……」
難解でよくわからないポエムなため記憶に引っかかりづらい文章だったが、何とか記憶の引き出しを開けて引きずり出す。
「立ち返れ、振り返れみたいな」
「その通り、そこに何という指定はありません。なので、一定量の文章を読むことが条件だったのです」
「それじゃあ、これを選ばせたのは?」
「貴女に必要だと思ったから、それと、条件を一冊で満たせる文量だったから、最後に……」
付け加えられた一言を聞いた瞬間。
顔も見えない彼女が、儚げに笑った様子が目の前に映ったような気がして。
「訊いてほしかったんです。誰も知らない、私の昔話」
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