スタラ・シルリリア救出作戦 中
跳んで、走って、斬って、蹴って、下がる。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつ魔物の戦力を削っていく。今のところ華火花にも、他の前衛たちにも損傷は見られない。圧倒的とも言えないが、優勢に事を運べているという確信があった。
(でも……)
ざらついた感覚が、ずっと首に纏わりついている。
何かが起こるという確信だけが、脳髄に纏わりついて離れなかった。そのまま、何かに弾かれるように彼女は鳥居の方へと視線を向ける。
「輝來、そっちは……」
「やばいっ、かも!」
荒げた声と、硝子が割れるような音が響いた。
前者は焦燥が込められた輝來の声だ。そして後者は、鳥居の中から届いた音だった。
鳥居の、その両端に聳り立つ柱の間。何もないはずのその空間が、ひび割れていた。初めは小さかったその亀裂は少しずつ、しかし確実に広がっていく。
「もう抑えきれん!突破されるぞ!」
「まじぃ!?」
ニドヅケが放った言葉は、口に出さずとも輝來とカリア以外の全員が思っている言葉だった。
魔物との戦いが優位に進んでいるとはいえ、それは四人全員で戦っているからこその状態だった。そこに援軍となれば……少なくとも、二人を守ることは難しくなる。
「っ……やるしか、ない」
前衛は抜けられない。後衛も、時間稼ぎには適さない。じゃあ、私が行くしか……
「任せた」
華火花はくるりと踵を返し、鳥居の方へと走り出す。彼女が進む速度よりも、鳥居が割れていくスピードの方が早い。
(間に合わせる)
黒色のエフェクトが全身に絡みつく。
特別な効果は特にない、速度強化スキルだ。しかし、黒色の光は確かに彼女の背中を後押しする。
「来るよ、華火花!」
「わかってる……!」
鳥居の空間に、致命的なヒビが入る。
空間が、砕けちる。
「……」
「多い、なぁ」
崩壊した空間のなかから、ぞろぞろと人影が現れる。暗い色彩で統一した衣装が昼間の青空と相まって、異様な存在感を発揮していた。
ざっと数えても十数人、雰囲気とタイミングからしてど〜せ精鋭だろう。
(温存してる場合でもないかな)
ここで手札を出し切って仕舞えば、次の困難が襲ってきた時に対応できない可能性も十二分にある。でも、出し惜しみして負けるぐらいなら、ここで使い切る。
「『因子共鳴:魂ヲ喰ラウ者』」
「なにそれ!?」
横目でちらりと華火花の姿を見ていた輝來から驚愕の声が上がる。確かに、輝來の前で見せたことはなかったか。
歯列が変化し、八重歯が伸びる。肩甲骨の辺りからおよそ人間に生えるものではない羽が生えてくる。
「HP削りきれても、知らないからね」
「……!?」
プロといえど、ここまで体が変化する相手は初めてだったらしい。驚愕に目を見開く相手を眺めながら、華火花は対人戦へと移行した。
◇
その隣の輝來はと言うと、こちらはこちらで追い込まれていた。隣に座ったカリアが、何やらぶつぶつ言いながら魔法陣を大量に展開している。
「厄介なことをしおって……!」
「どうなってるの?」
「簡単にいえば……中心部までに大量の壁が置いてあるというべきかの。単純じゃが、面倒臭い!」
灰莉は懐月街を外の世界から断絶した。その切れ目に干渉することでその問題は解決するのだが、そこに罠が仕込まれていた。
単純に、他の術師が触れないようにしたのだ。壁、と表現されたように絶対的に干渉できない、単純な魔力の障壁。それを突破するのは、糸通しを何百回もやらされるようなものだ。
カリアなら不可能ではないが、時間がかかる。
時間を取って仕舞えば、後ろで奮闘してくれているパーティーメンバーがどうなるかわからない。
「ねぇ、カリア」
「ふぅ、なんじゃ」
息も絶え絶えの様子で、カリアが返事する。
「壁があって、触れないんだよね?」
「うむ」
「じゃあさ……」
現在のカリアと輝來の関係性を整理しよう。
空間の断絶を繋げるという事象に対して、カリア単体のMPでは遂行が不可能である。なので、輝來の魔力を吸い取る形で借りている。こんな状況だったので、輝來はそれを思いついたし、行動に移すことができる。
「その壁を破っちゃうぐらい強い魔力があったら、終わらせれる?」
「理論上はそうなるが、だからなんじゃ?」
「ん〜?なら、出来るなって思って」
輝來はおもむろにインベントリを操作し、手元にポーションを召喚する。紫色に光るそれは、何ともいえない妖しさがあった。言葉を選ばなければ、すごく胡散臭かった。
「増強剤の類かの?」
「うん、買ってはいたんだけど使ったことなくてさー」
念の為、と買っていたアイテムだったが、輝來の火力が高すぎるのでこのアイテムを使う前に敵が倒れてしまう上に、MPの最大量もプレイヤーでもトップレベルな輝來なので使うタイミングがなかった。
「使うならここしかないよね〜」
ごくり、と音を立て、彼女の喉をポーションが通過する。あまりおいしくはなかったのか、輝來は顔を顰めた。
「しかし、まだ必要量には足りておらんの」
「ふふ、こっからだよ」
その言葉を合図に、彼女の体からいくつもの光が溢れ出す。魔力量が増加するスキル、魔法の出力が上昇するスキル……とにかく、魔法に関するスキルを一気に解放する。
七色の演出を纏いながら、彼女は目を細めてカリアに質問した。
「これなら、足りる?」
「……くかか、これは一本取られたのぉ。あぁ、十分じゃ。ぶち抜いてやろう!」
獰猛に魔法陣と向き合うカリアを横目に、輝來は誰にも見られない微笑みを浮かべた。
◇
ニドヅケは別に窮地に陥ってはいなかった。しかし、少しずつ追い込まれていることは確かだった。
「ぐっ……」
二刀流遣いであるニドヅケは、多数の点においてこの場に置いて非常に優位に立っている。一つの剣を持つよりも、二つの剣を振るった方がそりゃ沢山の敵を倒せる。
片方の刃が鈍色の光を纏ったと思えば、次はもう片方の刃が銀色の光を纏う。二刀流による多数を活かし、ひたすらに攻撃を繰り返すスタイルのため攻撃系のスキルを大量に習得している。
なので、クールタイムが終わるまで他のスキルを使うという荒技ができるのだった。
「きっつい!!」
それでも、辛いものは辛かった。
一体の魔物を倒したら次は三体来るといったイメージだ。そりゃキリもなく、体力も削れていく。
隣で戦っている紺示も頑張ってくれているものの、自分も、彼も限界であるようだった。
「ケイ!!お前も形態変化みたいなのないの!?」
「そんなかっこいいもんねぇよ!!働け!!」
「ひーん!!」
横目で見ていたが、華火花も輝來も唐突にかっこいい演出を発動させていて、ちょっと嫉妬した。やってるゲーム違うんじゃねぇか??
「ここで折れたらスタラちゃん助けれねぇぞ!!」
「うぐぅ!!」
一歩、ニドヅケが前に踏み出す。二つの剣を交差させるように振るい、数体の蜘蛛を蹴散らす。
「お前PVPで負けてんだろ!?」
「うっ、せぇ!!」
一歩、ニドヅケが進む。次は周囲を切り裂くように回転狩りを繰り出す。周囲でポリゴンが飛び散り、蜘蛛の体が弾け飛ぶ。
「いいとこみせろ!!だっせぇぞこのままじゃ!!」
「わかっ……てらぁ!!!」
ニドヅケが走り出した。一見乱暴に見えるその立ち回りは、実際のところ的確なものであった。弱点である頭蓋部分を的確に攻撃し、次々に敵を粉砕していく。
「輝來ちゃんのとこまではいかせねぇ!全力で行くぞニド!」
「応!!」
二人の親友は、推しのために刃を振るう。
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