倒れぬ土偶を斃す術
ゴーレムが進む。その巨体を支える両の脚が地面を蹴りつけるごとに床が抉れ、煙と土塊が吹き飛んでいく。一つ一つの動作こそ遅いものの、建物を破壊できるほどのパワーで、それもあの大きさで迫ってくるとなれば十分な脅威だ。
その脅威が、真っすぐに俺の背後を着いて来ている。
「俺、か」
三手に分かれたのだから誰かがこうなるのは当たり前だ。
きゅうべさんは魔法使い、華火花さんは暗殺者ということでどちらも前衛じゃないのだから俺に付いてきたのは幸運だというべきだろう。時間稼ぎという点に於いて、一番適しているのは俺だ。
「こっちだよ」
足の速度を少し緩める。全速力で走ればゴーレムとの距離が空いてしまうため、ヘイトが他の二人に行く可能性が出てしまうから。
最後まで……は言い過ぎだが最低でも二人の方になんか進展があるまで付き合ってもらうぜ!
『GAWWWW!』
「ふっ!」
ゴーレムの右ストレートを前転で回避する。巨大な拳によって巻き起こされた風が、俺の背中を押し出して一瞬体感が崩れた。
「規模がでかい……厄介だな」
逃げ回ってみた所感だが、ゴーレム自体の危険度はそこまで高くない。緩慢な攻撃モーションと、とろい移動速度。ある程度の俊敏性があれば回避も、逃走も余裕だろう。
しかし、今の俺に逃走は許されない。そうなると、このゴーレムは一気に厄介になる。
一つ、前提として倒れないってのはめっちゃ強い。HPが無限ってのはどういうことかわかるか?HPが無限ってことなんだ。
うん、そんなふざけたことは置いておいて、要するに相手は死なず、俺は一ミスが死に繋がってしまうどういう結論に至る。その上、戦闘時間が長くなればなるほど消耗しないというのは厄介どころの騒ぎではなくなってしまう。
二つ、さっきも言ったが規模がデカい。五メートルにもなるほどの身長から放たれる攻撃は、当たらずとも風を巻き起こし、地面を抉って土の弾丸として放つ。
単純に普通の攻撃が範囲攻撃になるってことだ。逃げるなら影響はないが、戦うなら面倒な要素になる。
「ふぅ……」
相手の情報を整理して、今一度ゴーレムの全貌を見る。強くはないが、厄介。それがこいつの総評だ。
「なら別に、どうとでもなる……か」
厄介、平たく言えばめんどい。
でも、それだけだ。対応できない範囲じゃない。だからこそ、俺は逃げ回っていたんだから。
走る、奔る。あるかも分からないある一点に向けて、走り続ける。攻撃を避けて、いなして、進む。それに追随してゴーレムが迫ってくる。
通路を走り抜ける。それでもまだ、見つからない。まだ、まだ……
「……着いた。じゃないな」
そうしてやっと、辿り着いた。
今まで、この建築物のほとんどは通路だった。通路の脇に部屋があったことはあったが、それも小部屋と言うべきものであって、戦いの場に選べるような広さはしていない。
だから、逃げるついでに探していた。俺がゴーレムと戦うのに十分な広場を。
そこは、円柱型の広場。外縁には柱が数本あるが、その中心にはほとんど障壁となるようなものはない。つまり
「ようこそ、ゴーレム君」
ここは、俺の狩場だ。
「倒せなくてもアイテムぐらい落とせぇ!!!」
◇
一方そのころ、華火花は。
「なんかの、機構とか?」
彼女が咄嗟に入った小部屋は、今までの光景に比べて異質なものだった。
これまでの遺跡を見た華火花の私見として、そこまで発達した文明ではないという印象があった。至る所に描かれた壁画、電気や蒸気の使われた形跡のない通路、あまり頑丈とは思えない建築様式など、事実を陳列したうえでそう感じていた。
しかし、それは間違っていた。
蒸し暑い蒸気で満ちたその空間は、止まらない駆動音が響いていた。歯車がかみ合い、何かの部品が稼働する。それは確かに、彼女が言ったように何かの機構であった。
「今も動いてる。何を動かしてるの」
恐る恐る、彼女はパイプ管のような部品に触れる。
「あっつい」
帰ってきたのは、指先に伝わる熱。
華火花にとってはそこまでの温度では無く、指先をお湯に入れたような感覚だ。けれどHPがジリジリと削れている所を見るに、ゲーム内設定的には中々の高温であるようだった。
ぱっと手を離した彼女は、その手を流れるように顎に当てる。
「この場所で稼働してたものなんて……。もしかして」
ぺたり、と彼女は床に触れる。それと同時に、一つの言葉をつぶやく。
「【魔力探知】」
その魔法は、魔力の有無や、それがどこに繋がっているかを探るものである。世界観的には魔力を知覚するために必ず必要なもので、魔法を使う職業はキャラクリをした瞬間に扱えるようになる超初歩的な魔法だ。
華火花は魔法使いでは無いが、
彼女の言葉に呼応し、純白の光が手元に集まってくる。
そして、彼女の視界に魔力の通路が映し出された。この部屋から始まって、何処か遠くまで続いていくその線は最終的に……人型の光として映っている。この距離で人型としてとらえられるのだから、実際は五mくらいの身長はあるのかもしれない。
「やっぱり。じゃああのデカブツの原動力は」
ここにある。
そう確信した華火花は、一度他の二人に報告するために走りだしたのだった。
◇
そしてもう一方、きゅうべは。
「……ふふ、ほんとに、ゲーム内の書籍の情報量じゃないな」
図書室のような一室にて、横道に逸れていた。
彼女が今手に取っている本は、実際のところゴーレム攻略に当たって何の効果ももたらさない文書である。いや、今回の遠征の目的である「エルフがこの遺跡を調べていた理由を探る」というのを果たすためには必要な行動なのかもしれないが、その立ち振る舞いと言いにこにこの笑顔と言い、仲間の為に何かしている様子では無かった。
単純に、この世界の文献が興味深いものであったらしい。
「現実世界じゃ再現できない構造……魔力の存在ありきのものだね。こういうのドワーフの範疇じゃ……いや、この世界にドワーフは居ないのか」
ぶつぶつと思考を垂れ流しにしながら、彼女はその手を止めることなくページを捲っていく。彼女にも罪悪感が無い訳では無いが、正直なところあの二人ならどうにかなるんじゃないかなという思惑があった。
だから本当に、彼女がその事実にたどり着いたのは偶然だった。
「……魔術式土偶の設計図?……おっと、ラッキーパンチかな」
そのページには、見開きで二つの設計図が描かれていた。一つは、先ほど見たゴーレムそのまま。そしてもう一つは、心臓のようなコアを真ん中に置いて作られた機構部。
「自立式の魔物じゃない、外付けの機構部分……成程、そりゃゴーレム攻撃しても倒れないわけだ」
自分たちが攻撃していたのは例えるならラジコンだったというべきだろうか。ラジコンをどれだけ叩いたって、操縦者にダメージが行くはずもない。その攻撃はラジコンの機体のみが受け止め、その傷は魔力によって修復されてしまう。暖簾に腕押しなんてことわざは、この時のような事態の為にあるのだろう。
「でも、そんな魔力が何処から来てる?無尽蔵に供給できるものじゃ……。いや、待ってよ?」
彼女の思考に、冷たい電流が駆け抜けた。
何故遺跡にゴーレムが配置されていたのか。その疑問に対し、彼女はこの遺跡に重要な何かが在るからだという予想をたてていた。
けれど、ゴーレムを継続させている魔力の出所を考えると、全く別の説をたてることができる。
「逆だったんだ」
遺跡の為にゴーレムがあるんじゃない。遺跡じゃないといけないから、ゴーレムがここに居るんだ。
「無尽蔵の魔力、勝利条件、地形を変えるほどの力を持った太古の魔物……」
獣人の里周辺の、歪み切った地形。それを作りだした魔物は、封印されたらしい。そして、その封印の場所は明らかになっていない。
それが、仮にここであるとするならば、全ての疑問に納得がいく。ゴーレムの稼働を維持し続けるほどの魔力も、地形を歪めるような力を持った魔物が居るなら供給できるだろう。
エルフがここを調査していた理由も、本当にここに魔物が封印されているのか確かめるため、とかなんだったら合点がいく。
「そうなるなら……」
彼女は一人、真相にたどり着いた。
「決戦の場所は、ここだ」
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