あるプレイヤーは見た
はじまりの街、ファーティア近郊。
世間は夏休み寸前と言うこともあり、ファーティアに近い場所には大量のプレイヤーが跋扈しているのだが、そこから離れた人通りの少ない場所を一人の女が闊歩していた。
その女、キャラネームを「華火花」という。
これで「みつか」と読むことを初見で当てたプレイヤーは一人も居ないのだが、その話は置いておいて。
華奢な背丈に、凛とした歩き姿を見せる少女。それに加えて、深くかぶったフードから深紅の髪を覗かせていた。
それは通常のキャラクタークリエイトでは作成することのできない色彩で在り、彼女はその色彩を使用することを許されている。
すなわちそれは、彼女が特殊因子の持ち主であるという事実を示す。
彼女の保有する因子はL2FOの中でも希少性の高く、注目度も上昇している因子状態『魂ヲ喰ラウ者』。
通称吸血鬼の一人である彼女だったが、彼女自身はその事態を重く、マイナスとして捉えていた。
(目立ちたくないのに)
普段感情を表にだしづらい彼女だが、吸血鬼に向けられる奇異の視線には耐え切れず嫌悪感を滲ませる表情を見せることが多くなってきていた。
しかし、あるクエストを解決させる為このゲームを続けている彼女は、プレイヤーに関わるいざこざよりも少しモチベーションの方が勝り、この世界に居残り続けていた。
奇異の視線を向けてくるのはプレイヤーばかりで在り、NPCであればそこまで露骨に反応することがない。
なので、NPからのクエストにモチベーションの源泉がある彼女からすればプレイヤーなど本当に些細な事である。
「そろそろっ!!枯れろ!!」
さて、そんな彼女なのだが。彼女は非常に不運というべきなのではないだろうか。
「何、あれ」
『魂ヲ喰ラウ者』になってしまった事?否。面倒なクエストに頭を悩ませている事?否。
その答えは。目立つことを嫌う上に彼女が、この瞬間にこのゲームで一番奇怪な行動をしているだろうプレイヤー……『スタラ・シルリリア』に出会ってしまったことだ。
◇
掘れ!つかめ!掘れ!つかめ!場合によっちゃあダメージも可!死ななきゃいい!!
「そろそろっ!!枯れろ!!」
時には前転、時にはバク宙と非常にアクロバティックな動きを繰り返しながらスライムの粘液を素手で掴み取る女が一人。
まぁ、俺である。掴んで投げて掴んで……あっぶな!
スライムが超近距離で放った粘液の弾丸を咄嗟に右脚を軸に回転することで躱し、またひたすら粘液を採取し続ける。
状況を客観的に見れば鬼のような気迫でスライムを掘っている美少女、という余りに奇怪な場面ではあるのだが、この奇行にはそれはそれは深い理由があるのだ。
まぁ普通に刀で斬るよりも効率が良いというだけなんだけどさ……。
このビッガー・スライム、こんな図体をしておいて儚い生態をしていることが発覚した。
考えれば当たり前だったのだが、こいつは攻撃に自らの粘液を使用する。つまり、自らの体を構成するものを使用しながら戦っているってことだ。
限りあるリソースを消耗しているのだから、いずれ底をつく時が訪れる。それが、このスライムが枯れる瞬間だ。
「曝け!だせ!」
だがそれを防戦一方で待ってやれるほどやさしくはない。なら、どうすればいいのか。
そんなものもう行動で示している!俺の手で消耗を加速させればいい!
みるみる内に内容量が減っていくスライムを見ながら、そろそろ潮時だと口角を全力で引き上げる。
「これならぁ!!届く!!」
採掘に徹していた両の手を刀を掴み取ることに転用し、勢いよく抜刀する。
ぐにゃり、と気持ちの悪い感触が掌に伝わってくるが、行動を阻止できるほどじゃない。脚が大地にめり込むほど力を入れ、真っすぐに横一線の斬撃を!
そのまま、真っすぐ鋼の刀を振りぬいた。
決着は、余りにも呆気なくて。深緑の物体……恐らく核のような物体が破壊された瞬間に、粘液はポリゴンとなって消失する。
「……切り捨て御免」
勝った、勝ったのだ。体感数時間(多分現実時間数十分)の戦いに幕を下ろすことに成功した。達成感と気張っていた精神が解れたのが合わさり、全身の力が抜けて草のカーペットにへたり込む。
久しぶりのゲームと言うこともあり、精神にかかる負荷は中々のものだ。
『LvUp! 【???】→【???】!』
眼前に浮かんだ表示が達成感に僅かに影を落とす。何レベなのかも教えてくれないのかぁ……
『アイテム入手! スライムの粘液×25
破損したスライムの核×1
ビッガー・スライムの粘液×3』
『スキルLvUp! 「剣術(技)Lv1」→「剣術(技)Lv3」』
『スキル入手! 「弾きLv1」
「踏み込みLv1」
「急所狙いLv1」
「天空堕とし」
「採掘Lv1」 』
うん、日本っぽいスキルが多いなぁ、とか。天空堕としってかっこいいなぁ、とかいろいろ思い浮かぶ言葉はあるのだが。
そのどれよりも熱烈に、訴えたいことがある。
「あれで採掘スキル手に入るのかよ……」
◇
先ほど『華火花』は不運であると述べた。それは間違いではなく、目立つことを大の苦手とする彼女にとって、無意識に一番目立つ択を掴み取ってしまう『スタラ・シルリリア』はある意味の天敵だ。
しかし、それと同時に彼女は幸運でもある。その天敵は、自分の目標に合致する存在だったから。
「ねぇ、そこの人」
華火花の内心は不安と緊張で揺らぎに揺らいでいるのだが、『華火花』は感情を表に出すことを苦手としている。
そうして生み出された天然物のポーカーフェイスによって、傍から見れば彼女は淡々と言葉を告げているように見えるだろう。
「えっ!えぇっ……!いつから!?」
驚愕と羞恥に顔を頬を紅潮させるスタラを気にも留めず、彼女は深くかぶったフードを片手で持ち上げ、ある誘いを口にする。
「吸血鬼に、特殊因子の『魂ヲ喰ラウ者』にしか出ないクエストを手伝って欲しい」
「ええっっ!?」
曝け出されたその表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。……尚、彼女の特性のおかげでそうなっているものの、内心は喜びによって満面の笑みであることを伝えておく。
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