第11話

 シャミナードが素晴らしい歓声と拍手のうちに終わった。アンコールに応えるてグルーンスリーブスが独奏され、誰もがその響きの美しさに涙した。


送られて東京駅に着いた神音を麗歌は見守っていた。

「夜道をくれぐれも気をつけてよ」

神音は頷いた。

「大丈夫。気をつけるから心配しないで」

八重洲口の軽井沢行のホームに向かう神音を雑踏に紛れて待っている人がいた。

詩織だった。


神音は立ち止まり、

「こんな人目に付くところにいてはいけないのではないですか」

驚いて、しかし少し嬉しそうに言った。

「構いません。神音さんにどうしても一つだけ伝えて置きたいことがあって。」

 詩織は続けた。

「私、あの日偶然神音さんの車の前に飛び出したんじゃないんです。

小さい時、父が庭師で神音さんのお屋敷のお庭の手入れしていて、その時お家に連れて行って貰ったんです。神音さんはお庭でフルートを吹いていて、その音色に誘われてのぞきこんだら、神音さん手を留めてほほ笑んでくれて。その日からずっと私の中では神音さんは楡屋敷のプリンスになりました。神音さんは覚えてないでしょうけど。

 軽井沢で会った日は、夫から逃れて家を出て死のうと思ったんです。でも幸せだったころの私のプリンスに一目でも会ってからと思って。気が付いたら軽井沢のお屋敷の近くに立っていたんです。」


静かに聞いていた神音は口をひらいた。

「僕もです。」

詩織は驚いて瞳を上げた。


「あの日、車の前に飛び出したあなたの瞳を見て、一目であの少女だとわかりました。庭の手入れをしていた緑の袖の服を着た少女。僕がアンコールの時にいつもグリーブスを吹く理由がわかりませんか」


詩織の瞳から涙が溢れでた。

「有難う・・その言葉だけで・・心が震えました。」

言うと陽炎のように雑踏の中に消えて行った。

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