第四話 テオの出生後の話し①

 ~テオの母親視点~




「わ、分かった。俺はどうして橋の下で捨てられていたのかを知りたい。だから話してください。母さん」


 17年んぶりに再会した息子から母さんと呼ばれたわたくしは、思わず舞い上がりそうになっていた。


 つ、ついにテオちゃんがわたくしを母と呼んでくれたわ! ものすごく嬉しい! 今すぐにでも抱き付いて抱擁を交わしたい気分よ。


 でも、この国を統べる女王である以上、あんまり地を出す訳にはいかないわ。


「ゴホン。では、約束通りでお話をしましょう。そう、あれは今から17年前、テオちゃんが生まれてからまだ6ヶ月だった頃」






「それは本当なのですか」


「はい。間違いありません。魔王軍と名乗る魔族たちが、この城にハルト様の遺品があると言う情報を聞き付けたそうです。やつらは半日後にはこの城に来るでしょう」


 家臣の1人であるワールダークから報告をきき、わたくしは心臓の鼓動が早鐘を打っていることに気付く。


 この城に、ハルト様の残された魔道具があることは機密事項となっている。そのことを知っているのは、女王であるわたくしと信頼のおける家臣が数名。彼らが情報を漏らすことなど考えられない。


「ワールダーク、報告ご苦労様です。直ぐに兵士を集めなさい」


「ハハッ!」


 兵士を集めるように指示を出すと、ワールダークは玉座の間から出て行く。


 本当にどうして機密が漏洩してしまったの? こんなの、あり得ないわ。


 それに魔王軍は数百年前にハルト様が壊滅している。生き残った残党が集まって再結成したのかもしれないわ。


「女王様、申し訳ありません。テオ王子が中々泣き止んでくれないのです。やはり、母君であられる女王様のところが一番落ち着くようで」


「オギャア! オギャア! オギャア!」


 魔王軍の残党に機密が漏洩してしまい、どうしたものかと頭を抱えていると、扉が開かれて乳母がやってきた。


「そうですか。では、王子をこちらに」


「はい。女王様、お忙しい中申し訳ありません」


 謝罪する乳母から最愛の息子を受け取り、抱き寄せると顔を覗く。


「テオちゃんどうちたのでちゅか? ママがいなくて寂しかったのでちゅか? ママが側にいまちゅよ」


「きゃは! きゃは!」


 わたくしの顔を見た途端、テオちゃんは笑顔になって笑い声を上げる。


 本当に可愛らしい! 目に入れても痛くないほどだわ! それにものすごく顔立ちが良い。きっと旦那に似てハンサムになるかもしれないわね。


 でも、わたくしのテオちゃんは簡単にはあげないわ。わたくしが認める女性でなければ、どんなに爵位が高くても婚約を許さないのだから。


「よちよち。ママはこれから大事なお話しを、兵士の人たちにしないといけないから、少しの間だけ我慢してくだちゃいね。テオちゃんは強い子でちゅから、できまちゅよ」


「女王様はテオ王子を前にすると、威厳のかけらもありませんね。まぁ、それが初めての子を授かる母と言う生き物ですから、仕方がありません」


 テオちゃんを見て頬が緩んでしまったみたい。乳母に指摘されるまでは、全然気付かなかったわ。


「ゴホン。もう少しの間だけ王子をお願いできますか」


「はい。可能な限り全力を尽くします」


 テオちゃんをあやしながら乳母に子守りをお願いする。


「オギャア! オギャア! オギャア!」


 しかし乳母が抱き抱えた瞬間、テオちゃんは再び泣き始める。


 もう時間が残されていない。こうなってしまった以上、テオちゃんを抱いたまま会議を始めるしかないわね。


「テオちゃんは本当にママが大ちゅきでちゅね。大きくなっても、ママのことが大ちゅきのままでいてくだちゃいね。ん~チュ」


 テオちゃんのおでこに唇を当て、愛を注ぐ。


 さて。これからがわたくしの戦いよ。テオちゃんの前だと、つい顔が緩んでしまうから気を引き締めなければ。でも、テオちゃん可愛いい! 全世界で一番可愛いわ。同じ0歳児でも、テオちゃん以上に可愛い子はいないんじゃないかしら。


 親バカだと思いつつも、こればかりはどうしようもない。


 なるべくテオちゃんを視界に入れないようにしなければならないわね。






 それから暫くして、玉座の間にワールダークが呼んだ兵士たちがやって来る。


 テオちゃんを見ると、わたくしに抱かれて安心したのか、目を瞑って眠っていた。


 寝顔も可愛い! キュートすぎる! っていけないわ。今は家臣たちの前、女王らしく威厳のある態度でいなければ。


「みんな揃ったわね。王子がこの場にいることを許してほしい。先ほどワールダークから知らせが入ったのだが、この城に魔王軍の残党が押し寄せて来ている。やつらが来るのは約11時間後」


「11時間だって!」


「たった11時間で準備をしなければならないのかよ」


「それにどうしてそこまで近付かれるまで魔王軍の存在に気付けなかったんだ」


 事実を知らせると、兵士たちが動揺する。


 確かに彼らの言う通りよ。どうしてこんなに近付かれるまでに魔族の存在に気付けなかったの? 何かの魔法? それとも情報が隠蔽されている?


 どちらにせよ、今すべきことはこの場で悩んでいることではない。限られた時間の中で、如何にして被害を最小限に止めるかよ。


「女王の名において命じます。今直ぐに行動に出なさい。第一部隊は城下町を囲う城壁の外で撃退準備を行なってください。第二部隊は民衆の避難誘導をお願いします」


「ハッ!」


「了解しました」


 第一、第二の部隊長が返事し、部下たちを引き連れてこの場から離れて行く。


 残り時間はあまり残されていない。でも、女王としてやるべきことはしなければ。


「オギャア! オギャア! オギャア!」


 騒がしくしてしまったからか、テオちゃんが目を覚まし、泣き始めた。


 わたくしは臣下たちにこの場から出ていくように視線を送ると、彼らも玉座の間から出て行った。


「おーよちよち。せっかくおねんねしていたのに起こしてしまったわね。ごめんねぇ」


 テオちゃんをあやしながら、わたくしは覚悟を決める。


 最悪の場合、テオちゃんを逃さなければ。この子は希望の子、何せあのハルト様の生まれ変わりなのだから。

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