第十一話 アバン子爵!これはいったいどういうことなんだ!

~ルナの父親グレイ当主視点~





 これは、私がストライク氏の偽物を見てしまう前にまで遡る。


「後40分程で予定の時間になるな。いささか早く来すぎただろうか」


 誰もいない応接室の中で、ポツリと言葉を漏らす。


 まぁ、私が遅刻をするよりかはマシか。今日はストライク氏とルナの初の顔合わせ。上手く行くことを心から祈っておる。


 客人の方のソファーに座り、当事者全員が集まるのを待つ。しばらくすると、アバン子爵とストライク氏が応接室にやって来た。


「おお、グレイ男爵が一番でしたか。待たせたようで済まない」


 部屋の中に入るなり、アバン子爵が軽く頭を下げる。


「アバン子爵、いえ、私も先程来たばかりです。それにまだルナがこの部屋に来てはいません。なので、寧ろ待たせているのは私たちの方です」


「女と言う生き物は、準備に時間のかかるもの。それにまだ予定の時間にはなっていない。取り敢えずは、時間まで待とうではないですか」


 アバン子爵が笑みを浮かべながら反対側のソファーに座る。


 さすがアバン子爵だ。女心と言うものを分かっておられる。


 心の広い彼に感謝するが、内心安心できない。何せ我が娘はこの婚約を嫌がっている。素直に来てくれるとは思えない。だけど娘には、あのメイドを監視役にしている。彼女から逃げられないことが分かっている以上、この屋敷からいなくなることはない。それは分かりきっていることだ。だが、あまり遅すぎると私が恥をかくことになる。


 ルナ、これ以上私を心配させないでくれ。


 アバン子爵と談笑をしつつ、内心穏やかではない状況の中、娘が部屋にやって来ることを望んだ。


 そろそろ時間になろうとしたころ、扉がノックされる音が聞こえる。


 お、ルナが来てくれたか。


「グレイ旦那様、私です」


 この声はルナの監視を任せていたメイドだな。娘を連れて来たのか。


「入りなさい」


「失礼します」


 扉が開かれ、メイドが部屋の中に入って来る。彼女はカップが乗ったトレーを持っていた。メイドの後にもルナの姿は見当たらない。


 これはいったいどう言うことだ! どうしてルナから離れ、呑気に飲み物を運びに来た!


「おや? ルナお嬢様はトイレですか? ストライク様」


 メイドがストライク氏に声をかけるも、彼は彼女の言っている意味が分かっていないようで、首を傾げていた。


「いったい何のことですか? 僕は父上たちと一緒にいましたが?」


 ストライク氏の言葉に、今度はメイドが首を傾げた。


「ご冗談を言っておられますか? さっき庭でルナお嬢様と話していたではないですか」


「庭? 僕は今日、庭には一度も訪れていませんが?」


 全然話しが噛み合って居らず『???』がこの場の空気を支配する。


 いったいこれはどう言うことだ? どうして2人の主張が食い違っている?


 思考を巡らせて考えるも、答えに辿り着かない。


「まさか! あの男が僕に成り代わってルナに近付いたのか!」


 ストライク氏が声を上げると、私もとある人物が脳裏を過った。


 まさか、ルナをたぶらかしたテオ・ローゼが、この屋敷に忍び込んだのか!


「今すぐに庭に向かうぞ!」


 咄嗟に声を上げ、私たちは急いで庭に向かう。


 外に出ると、そのまま庭に向かって走る。


 視界には赤い短髪に青い瞳をしており、顔立ちの整ったイケメンと、赤いクラシカルストレートの女性が映った。


 ルナと偽物のストライク氏だ。


「僕の偽物め! ルナから離れろ!」


 本物のストライク氏が声を上げ、偽物に向けて離れるように要求する。


 すると、偽物はルナの前に出て娘を庇うように対峙する。


「僕こそが本物のストライクだ。偽物はお前の方だ!」


「それはこっちのセリフだ! 早くルナから離れろ! でなければお前を倒す!」


「へぇー、この僕を倒す。偽物のくせに大きく出るな」


 ルナ側にいるストライク氏が強気でいると、こちら側のストライク氏が萎縮し始める。


 何だかこっちにいるストライク氏が、偽物のように思えてきたな。


「良いだろう! なら、この僕が本物であることを証明しようではないか」


 こちら側にいるストライク氏が、自分こそが本物であると証拠を示すと言ってきた。もし、それで本物だと証明されれば、私は全力で娘を取り戻しに行くとしよう。


 いつでも駆け出す準備を行い、こちら側のストライク氏が証明するのを待つ。


「我がアバン家は、表側では善人であるが、裏では動物実験をして動物をモンスターに変えることをしている。そして動物兵器を求めている他国に売り捌き、これまで莫大な財産を築き上げたのだ!」


「ストライク! それは禁句だ! グレイ男爵の前で言ってはならないだろうが!」


 ストラク氏のカミングアウトに、一瞬頭の中が真っ白になる。


 アバン子爵家が動物をモンスターに変えてそれを売り捌いていた。そんな話し、これまで一度も聞いたことがないぞ!


 それにアバン子爵の反応を見る限り、これは真実味を感じる。まさか、アバン家がそのようなあくどいことをしていたとは。


「その程度で本物面をするな! そのことくらい俺にも分かっている。しかもその販売先は他国だけではなく、魔族にも販売……いや、譲渡しているぞ! 我がアバン家は、金のためなら簡単に手を汚す貴族だからな。金のためなら例え絶滅危惧種の動物を実験動物モルモットにしても心を痛まない。あ、そうそう、グレイ男爵、本来にはあなたに番犬として用意していたキャスパークですが、諸事情によりお渡しができなくなりました。どうもすみません」


 続けて反撃とばかりに向こう側にいるストライク氏も、アバン家の闇を暴露する。


 頭が真っ白になる中、私は頭を抱える。


「これはいったいどう言うことなのですか! アバン子爵」


 頭痛を感じる中、アバン子爵に問う。すると彼は、苦虫を噛み潰したかのような顔をして2人のストライク氏を交互に見る。


「ストライク! これはどう言うことだ!」


「どう言うこと?」


「そんなこと決まっているではないですか?」


 こちら側にいたストライク氏が離れ、向こう側に歩いて行く。そして踵を返して私たちを見た。


「全ては舞台が整った状態で、アバン子爵の行いを暴露し、婚約破棄を成立させ」


「ルナさんを解放するためだ」


 瞬きをした瞬間、私は視界に入る光景を信じられずにいた。


 二人のストライク氏が消え、代わりにテオとメリュジーナと呼ばれていた女の子が立っていた。


「テオ君!」


 私だけではなく、ルナまでも彼がテオに見えているようだ。娘は男に抱き着き、目尻から涙を流している。


 これはどう言うことだ。急展開すぎて頭がついていかない。


 それに本物のストライク氏はどこに消えた。

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